【Review】俳優とエキストラの躍動『U-Carmen eKhayelitsha』 text 井澤佑斗

 『U-Carmen eKhayelitsha』は2005年に南アフリカのケープタウンで撮影された映画だ。同年のベルリン国際映画祭では金熊賞を受賞した。プロスペル・メリメの『カルメン』を原作にした映画は、カルロス・サウラによる同名の作品が代表的だが、半世紀前から現在にかけて欧米に数多く存在する。その中で南アフリカ共和国で撮影された本作は、アフリカで撮られたから出色なのではない。俳優を全て素人で起用してミュージカル形式にするという大胆な構成の上でも、臨場感と日常感に溢れる映画が作れると示したことに、本作の価値が存在する。

 本作は、冒頭で主人公となるカルメンの顔をアップして撮っていく。その後には、南アフリカの町のストリートビューを逆再生して映す。ケープタウンの街のショットが13回にわたって映される。そしてカルメンが歩くショットが入る。カルメンは中肉中背でお尻がふくよかだ。紫のピチピチのシャツを着て、同じくサイズギリギリのジーンズを履いている。背中に回るようにオレンジのシャツを巻くが、このシャツに「Gypsy」と書いてある様子が数秒だけ映る。これは、原作のカルメンがGypsy、すなわちさまざまな地域を渡り歩く人間であることを反映している。本作は、原作に極めて忠実である点が特徴だ。

 街のショットを5つ以上映す。男の警官複数人がフェンス越しに歌いながら歩く。歌の内容は、「街行く女性たちを品定めしてお尻を順位づけしたい」というようなものだ。警官たちは「タバコ工場」と呼ばれる、女性たちが紙巻きたばこを手作業で作っている平家へ行く。歌が流れる。ちょうど一曲分が流される間に、女性たちや子供、街の男たちが箒で掃除する様子が、細かな10以上のカットで映される。本作は、台詞や脚本は曲に任せて、街の住人の様子はエキストラの自然な表情に任せている。エキストラの一番良い表情だけを、それぞれ5秒程度で映し出していく。

 本作においては、俳優を素人で起用した際の弊害である「セリフの棒読み」と言った芋くささがまったく存在しない。肝心のセリフは、プロの声楽家たちが事前に録音した音源を用いてオーバーラップさせているからだ。むしろ、エキストラの自然な感じが抽出されて、アフリカの街の雰囲気や匂いがよく伝わってくる作品に仕上がっている。

 カルメンが『ハバネラ』をタバコ工場の前で歌う。エキストラが何十人も彼女の前を囲む。カルメンに睨まれて、むしろ男たちは楽しそうだ。カルメンが自分の腰を男の体に擦り付けて、お尻で男を突き放す。ある女が「彼女と付き合いたいならこのコンドームを使うことね」と警官の車の中に品物を放り投げる。このように、やや野蛮とも思える女性たちの言動は、原作の『カルメン』が野蛮なジプシー達を描いた意図にそっくりである。

 警官のジョンギは、ジョンギの母親が彼に会いたがっていることを伝えられる。記憶の風景のショットが挟まれる。記憶のシーンはややオレンジがかった田園の風景で、ジョンギがいるコンクリートのガレージと大きく対比させている。ここでも撮影の巧みさを実感する。

 タバコ工場の女たちとカルメンがナイフを持ち出して喧嘩をする。警官がカルメンを車に押し込んで手錠をかける。カルメンは警官がバラを胸に指している様子を見て「魅了されたわ」と誘惑する。歌が流れる。車での移動中に警官はカルメンが好きになり、途中でカルメンを下車させて逃してしまう。カルメンは手を顔の横にやって指を動かして警官をからかう。これも原作に忠実な雰囲気に見える。

 高速道路にかけられた橋を牛が横切る様子を見て、男が昔を思い出す。母親が死に、残されたネックレスを持ってニューヨークで音楽を学び、歌手となったストーリーだ。

 カルメンは上下白いパンツスタイルで、歌いながら踊る。20人程度のエキストラがいて、各々が楽しそうに腰を振る様子が細かくカットされる。子供が親につられて踊る様子もカットされる。歌によって狂宴のようにテンションが上がる。警察が乱入して銃を構える。再びカルメンが捕まる。警官が「セックスの代わりに全部忘れてやる」とカルメンに言って、カルメンがコクコクとうなずく。このように汚職や売春をテーマにしているのは、原作の意図とは異なる。とはいえ、原作はGypsyに対する嫌悪感を強調した作品だが、本作は権力の腐敗を告発する社会的なシーンを加えたため、価値観のバランスが良い。

 カルメンは麻薬の取引現場にいる。彼らが去り、ジョンギが入ってきて、ビリヤード台に腰掛けてカルメンに好きだという。そこに9人ほどの住人たちが入ってくる。住人たちは手を叩いてハミングする。カルメンはビリヤード台の上に乗って踊る。

 このように『U-Carmen eKhayelitsha』においては、エキストラの集合はストーリーの展開を直接的に変える力を持っている。エキストラが乱入して、一曲を歌い始めれば、それでストーリーの方向は変わってしまう。警官はカルメンに指輪を渡す。ロマンチックな歌が流れる。しかし、突如として歌は悲劇的な曲調に変わり、ジョンギは「警官を見捨てるという不名誉は恥だ」と言う。その後、再び陽気な歌が流れ、「一番大事なことは自由」とエキストラとカルメン全員が歌う。その様子を背景にして、ジョンギの顔がクローズアップされる。

 カルメンは夜に仲間たちと歩く。カルメンは占い師に指輪を占ってもらったことを思い出す。そのシークエンスの中で、手鏡にカルメンの悲しそうな顔が写る。占いはカルメンに死が迫っている内容だ。

 翌朝、街のエキストラのショットがいくつか挟まれる。ジョンギに、母親に死が近づいていることが伝えられる。彼は母親に会いにいく。母親はベッドの中で動かない。

 住人たちは祈りの言葉を述べた後に牛を殺す。カルメンたちは踊りだす。このようにアフリカの文化を描写したシーンが随所にちりばめられている点も、本作の貴重な良さだ。

 カルメンたちは真っ赤な服をきてコンサート会場にいく。ジョンギが会場の後ろで見ている。カルメンが追いかける。「終わったと言わないでくれ。もはや私を愛していないのか」と詰め寄るジョンギ。コンサート会場の熱狂がモンタージュされる。次のカットではカルメンはジョンギに首を刺される。もはや息をしていない。カルメンの死体に赤い布がかけられてPOLICE(立ち入り禁止)のテープが貼られる。そのまま画面はクローズダウンして、コンサート会場を空撮していることがわかる。

 このように、本作の良さはエキストラの細かなカットを多用することで、アフリカの雰囲気を脚色なく、かつ生々しく伝達した点にもある。エキストラのカットを細かく多用できるのは、すでに録音したオペラによって台詞の骨格が堅牢に作られているためである。また、原作の『カルメン』はジプシー女という素行が悪い人間を物語の軸にしている。本作は、あえて素人にすることで、かえって洗練された役者の演技とは違った良い意味での「荒々しさ」を出している。

 本作は南アフリカ共和国という、ヨーロッパから遠く離れた地において『カルメン』を忠実にコピーしたからすごいのではなく、アフリカという地においてどのように『カルメン』の精神を継承するか、映画を作る準備が的確だったからこそ、傑出した作品となりえたのである。

 

【映画情報】

『U-Carmen eKhayelitsha』 
(2005年/南アフリカ/カラー/コサ語/120分) 

監督:Mark Dornford-May
脚色:Mark Dornford-May、Andiswa Kedama
製作:Mark Dornford-May、Camilla Driver、Ross Garland
音楽:Georges Bizet、Charles Hazlewood
出演: Pauline Malefane、Lungelwa Blou、Andile Tshoni、Andiswa Kedama、Noluthando Boqwanaほか

 

【執筆者プロフィール】

井澤佑斗(いざわ・ゆうと)
1990年東京都新宿区生まれ。
大学在学中に、植物を傷めずに植物表面へ任意の画像を印刷する技術を特許取得し、井澤特殊花社として経営している。