【自作を語る】この世の記録/あの世と企画 『アリ地獄天国』text 土屋トカチ(本作監督)

11年ぶりの新作長編『アリ地獄天国』が、この秋に都内で劇場公開される。これまで名古屋、大阪、横浜で公開されてきたが、コロナ禍による影響もあり大幅に遅れていた。

本作は、理不尽な労働環境に置かれた30代の正社員が個人加盟の労働組合に加わり、会社の改善を求めて闘った3年間の記録だ。2019年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映され、大きな反響を得た。2020年には、ドイツ・ニッポンコネクションで新設された第1回ニッポン・オンライン賞(観客賞)を受賞。第2回米・ピッツバーグ大学主催の日本ドキュメンタリー賞グランプリも受賞した。この機会に是非ご覧いただきたい。
 
主人公との出会い

2015年9月、のちに本作の主人公となる西村さんと出会った。場所は労働組合・プレカリアートユニオンの定期大会。当時、私がディレクターを担当していたインターネット番組に彼の出演が決まっており、どんな方なのか事前に会っておきたかったのだ。

その頃の彼は、営業職からシュレッダー係へと不当に配転された後、会社から懲戒解雇を受けていた。「罪状ペーパー」と呼ばれる書面も全支店に掲示されていた。さぞ悲しい顔だろうと思っていたら、終始明るい様子で、会場入口に「罪状ペーパー」を拡大コピーして貼り付け「これ見てくださいよー」などと、組合員に声をかけまくっていた。私は「すごい人だ。肝がすわっているのか、とんでもなく鈍感なのか、どっちなの?」と観察した。

「恫喝動画」と掲示物

同月9月半ば、西村さんの懲戒解雇が撤回され、10月1日から職場復帰することが決まった。前日9月30日には、厚生労働省で記者会見が行われることになった。プレカリアートユニオンからの依頼で、私は会見を撮影した。翌日の昼休み時には、ユニオンによる抗議行動があると知り、予定が空いていた私は応援がてらにカメラ持参で向かった。

抗議行動当日、会社の経営者らに「足を踏んだやろ」と私は絡まれ、カメラも叩かれた。彼の労働環境を、まざまざと見せつけられた。昼休み中に行ったインタビューに「消されるかも」とつぶやいた声が耳から離れなかった。その晩、私は「恫喝動画」を作成しYouTubeにアップ。西村さんに並走する決意をした。それは、あたためてきた企画をスタートさせる意味でもあった。

山ちゃんとの別れ

ここから先はネタバレです。ご注意ください。

『アリ地獄天国』には、もう一人の主人公「山ちゃん」がいる。映画の中では詳細を省いているが、本作を企画したのは彼だ。

2012年10月28日。親友の山ちゃんが自死した。享年41歳。大学時代、私は新聞奨学生をしながら大学に通っていた。販売店が用意した寮で、一緒に住んでいたのが山ちゃん。一つ年下の後輩だった。毎日一緒にメシを食べ、銭湯に通い、酒を飲み、バカ話をたくさんした。
20代で結婚し、3人の娘を授かった山ちゃん。彼が亡くなった際、長女はまだ小学5年生。娘たちはとても幼かった。

派遣社員ながら、工場の工程責任者だった山ちゃん。長時間労働やサービス残業はあたり前。職場のロッカーで金銭を盗まれ、私物が頻繁になくなるといったいじめも受けていた。しかし、派遣先からも派遣元からも「警察に届けるな」とダメ押しされた。やがて、うつ病を患い、酒量は増え、長い電話が私にかかってくるようになる。「職場が地獄すぎて、家が天国みたいですわ。そのギャップに引き裂かれそう」と、仕事の愚痴が多くなった。

数年後、私が薦めた労働組合に山ちゃんは加入した。その際「ぼくの争議、撮ってくれません?『フツーの仕事がしたい』みたいに。ダメですかね?」と提案された。

理論で失ったもの

『フツーの仕事がしたい』とは、私の長編デビュー作。今作と同様の労働争議を題材としたドキュメンタリーで、最長で月552時間働いていたトラック運転手の争議を追ったものだ。
「ドキュメンタリーは過程が撮れないと映画にならない。山ちゃんとは付き合いが長いから、身内ビデオにしかならんし。労働組合は必ず守ってくれる。大丈夫」と伝えた。結果的にドキュメンタリー理論を親友にぶつけ、争議に関わることを避けてしまった。

山ちゃんの葬儀に参列した際、ビデオカメラを回した。「争議」を撮らずに「葬儀」を撮影している私。クソだ。激しい自己嫌悪に陥った。49日の前、山ちゃんが提案した「争議を撮る企画」を実現したくなった。3日間一睡もせず、泣きながらプロットを書きあげた。あとは無茶苦茶な労働環境を強いる会社と、争議する主人公に出会える時を待つだけ。
―― 3年後の2015年、西村有さんに私は出会った。

山ちゃんの死から8年。お金のことで、仕事のことで、命を犠牲にする社会はもう終わらせたい。そんな思いを本作には込めている。

【映画情報】

『アリ地獄天国』

とある引越会社。社員は自分たちの状況を「アリ地獄」と自嘲する。長時間労働を強いられ、事故や破損を起こせば、会社への弁済で借金漬けになるからだ。本作の主人公、西村有さん(仮名)は34歳の営業職。会社の方針に異議を唱え、一人でも入れる個人加盟の労働組合(ユニオン)に加入した。するとシュレッダー係へ配転させられ、給与は半減。さらに懲戒解雇にまで追い込まれた。ユニオンの抗議により解雇は撤回させたが、復職先はシュレッダー係のまま。会社に反省の色は見られない。
西村さんは、「まともな会社になってほしい」と闘いを続け、次第にたくましく変わってゆく。本作の監督・土屋は、仕事で悩む親友の自死を防げなかった後悔とともに、3年にわたる闘いに密着する。生き残るためのロードームービー(労働映画)。結末はいかに!


監督/土屋トカチ『フツーの仕事がしたい』
取材協力/プレカリアートユニオン
ナレーション/可野浩太郎
主題歌/マーガレットズロース「コントローラー」
撮影・編集・構成/土屋トカチ
構成/飯田基晴 整音/常田高志 企画/小笠原史仁・土屋トカチ
広告デザイン/信田風馬(創造集団440Hz)
制作/映像グループ ローポジション・白浜台映像事務所 配給/映像グループ ローポジション
日本/2019/98分/デジタルファイル/DCP
上映

10月24日(土)~終了日未定 渋谷・ユーロスペース http://www.eurospace.co.jp/
11月1日(日)~11月30日(月)  北区・シネマ・チュプキ・タバタ https://chupki.jpn.org/
11月7日(土)・8日(日)福井映画祭14th(オンライン映画祭) https://fukuifilmfestival.jp/

公開時期調整中
横浜シネマリン(アンコール上映)https://cinemarine.co.jp/
京都みなみ会館 https://kyoto-minamikaikan.jp/
神戸・元町映画館 https://www.motoei.com/
ほか

【監督プロフィール】

土屋トカチ(つちや・とかち)
1971年京都府舞鶴市生まれ。母子家庭に育ち、新聞配達・書店員・工場請負作業員・日雇い労働等を経て、99年より映像制作を開始。00年映像制作会社に就職。02年会社都合により解雇。06年、映像グループ ローポジションを飯田基晴、常田高志と設立。監督デビュー作「フツーの仕事がしたい」(08年)が、英国・第17回レインダンス映画祭、UAE・第6回ドバイ国際映画祭において、ベストドキュメンタリー賞を受賞。3分間ビデオ集「経年劣化」(13年)発表。監督最新作「アリ地獄天国」(19年)が、第16回山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映。同年、貧困ジャーナリズム賞を受賞。20年、第20回ニッポン・コネクションにて第1回ニッポン・オンライン賞受賞。第2回米国ピッツバーグ大学日本ドキュメンタリー映画賞グランプリ受賞