【Review】台湾のマージナル――『私たちの青春、台湾』 text 荒井敬史

前代未聞の議会占拠

2014年3月に起こった台湾のひまわり学生運動のムーブメントは、学生たちが立法院(国会)占拠に成功したという耳を疑うようなニュースが流れたことで世界の注目を集めた。その背後には、果たしてどのようなネットワークのつながりがあったのか外国人の私には分からなかったが、ニュースが流れた後、たちまちにして立法院の周囲を無数の学生たちが取り巻き、あたかも風雲急を告げるかのような慌ただしさと、新しい時代がもしかすると本当に起きるのではないかという、そわそわするような、少しはうきうきするような不思議な空気が台北を支配するようになったのだった。

彼らが要求する中国とのサービス貿易協定の撤回が今日、法律的にどのような扱いになっているのかはよく分からない。元外交部の職員で、現在は台湾大学の教師をしている友人に質問しても「多分、ペンディングしている」とのことで、法手続き上、台湾の国内法で成立したのか、しなかったのかということさえ、よく分からない。同様に、サービス貿易協定の内容を正しく説明できる者などいただろうか。既に台湾と中国の間にはECFA(両岸経済協力枠組協議)と呼ばれる自由貿易協定が存在し、台湾は着々と中国の経済圏に取り込まれつつあったから、今さら新しい貿易協定がどのような意味を持つのか、それに関する納得できる説明を聞いたことは今日に至るまで無い。それでも学生たちは、サービス貿易協定の発効だけは必ず阻止すると誓い、行動した。結果として協定は今も発効されていないのだから、彼らの目標は達成されたと言ってよいのかもしれない。同時に、時の政権がダメ押しのつもりで構築した新協定は、反対派がメッセージを世界に発するまたとない好機になったと言えるだろう。

当時、私は輔仁大学という宋美齢(蔣介石の妻)の肝いりで作られたことで知られるカトリック系の大学に所属していた。この大学は台北の西側の郊外に位置しているため、首都の喧騒のようなものとは若干距離があったものの、ニュースを知り、やはり現地の状況をこの目で見ておくことにした。現場は議論する学生たち、世界中から集まったメディア、治安部隊、果たしてどちらの側についているのかよく分からない大人たちなどで入り乱れていた。一応カメラを持って行ったが、メディアパスを持たない私がカメラを持ち歩く姿はまるで、私服警官のように見えたかも知れない。

三人の青春とその終焉

『私たちの青春、台湾』というドキュメンタリーは、そのようにして全世界が台湾の立法府周辺を注視していたとき、建物の内側では何が起きていたのかを私たちに見せてくれる貴重な作品だ。監督の女性の傅楡氏はこの運動の当事者であり、カメラの視線は単なる傍観者のものではなく、当事者が後に検証するために、或いは忘れないために撮影しているという切迫した思い、また息づかいを見る者に伝えてくる。

この映画には主人公が三人いる。学生運動のカリスマ的なリーダーであった男性の陳為廷氏、中国からの留学生で熱心な運動参加者である女性の蔡博芸氏、そして残りの一人は撮影者の傅楡監督だ。人間的愛情で結ばれているはずのこの三者の、複雑な引力の作用によって均衡を保つ、まるで天体のように互いに影響しあう様がカメラによって記録され続けた。当時を知る者としては、なるほどこのようなことがあの時起きていたのかと驚き、彼らの真直ぐな眼差しに胸を打たれずにはいられない。特にカリスマ的人気を誇った陳為廷氏の発散する輝きは、確かに若き革命家のような無限の魅力に満ちているように見えた。それは記録者である監督が彼に対する愛情を持ってカメラを向けていたからではないだろうか。

しかし状況は、彼らを永遠にその青春の中に閉じ込めておくことを了としなかった。立法院の外で待ち続ける学生たちは中で何が起きているかを知りたがり、内と外との意思疎通の必要性を訴えたが、格下扱いを受ける。本来は平等であったはずの学生たちの間で派閥ができてゆき、運動が長期化するに従い、情熱以外の基盤を持たない彼らの不協和音が響き始めてゆく。

ひまわり学生運動は、行政院の占拠を目指した学生たちに対し治安部隊が実力での排除に臨んだため流血の事態となり、その映像が世界に配信され、国民党への批判が沸き起こった。立法院の占拠はやがて終わったが、学生たちは政治的な目的を達成したと言えるかも知れない。

勢いに乗る陳為廷氏は故郷の選挙区から立法院への立候補を表明し、優秀なスタッフたちが彼を支える体制が整えられたが、それが彼の絶頂期だった。陳氏には痴漢をした過去があったということが暴露される。陳氏は記者会見を開き、後悔の念を述べ、それにより火消しは成功したかに見えたが、会見後、実は彼の罪はその一件のみに留まらず、痴漢の常習犯であったことが暴露される。スキャンダルの波状暴露はしばしば釈明の矛盾を招く。陳氏は進退窮まった。スタッフは解散し、立候補は取りやめになる。全てが終わり帰宅した陳氏は小銭を握りしめ、不敵な笑みを浮かべながら「アメリカへ行く」「人々は神を失った」などとのたまう。このように、墜ちたばかりの偶像がまだそれを実感できていない痛ましい様も容赦なく撮影されている。

もう一人の主人公の蔡博芸氏は、自らの問題意識のための主戦場を所属する大学に求め、自治会に立候補するが、大学行政側からは国籍を理由に立候補させまいとするなどの妨害に遭い、インターネットでは中国人であることを理由にした彼女への誹謗中傷が渦巻いた。蔡氏の戦いもこのようにして終わりを告げてゆく。台湾を愛してやまないと言明し、実際に行動し続けてきた彼女が、中国人であるがゆえに台湾人から誹謗中傷される皮肉な様相を監督は告発しているように私には思えた。

数年を経て三人が集まり、心境を語り合う。陳為廷氏は少し痩せ、目にはかつての眼力は宿っておらず、どこにでもいる平凡な会社員のような表情をしていた。蔡博芸氏は、もはや運動になんらの関心も持ってはいないようだった。それぞれが、それぞれに新しい人生を生きようとしているが、三人は変わってしまったのだという現実に打ちのめされるようにして監督は号泣した。監督が観察者ではなく当事者であるということの重みに観客が気づく一瞬であると言えるかも知れない。

狭く、複雑で、測りがたい台湾

映画の冒頭で監督が自らのアイデンティティを明らかにしていることは、この映画がどのような性格の映画なのか、何を訴えたい映画なのかを明らかにしていることにそのまま結びつくのだと、映画を見終えてから私は気づいた。傅楡監督は台湾生まれだが両親ともども華僑(海外で暮らす中国人の総称)であり、本省人(先祖代々台湾で暮らす漢民族の人々のこと。1945年以降、中国大陸からわたってきた人々を外省人と呼ぶことで区別される)ではない。台湾は狭く、それだけに人間関係は極めて複雑で、外国人からは容易に測りがたいものがあり、その輪の中に飛び込んで行くことは時に予期しない困難の深みへとはまり込んで行くことがある。彼女は台湾生まれでありながら本省人ではないという立場であるが故に、時には鋭い観察者として、時には翻弄される当事者として台湾人社会を見つめ続けてきたに違いない。この映画は、監督の実感にもとづき、台湾とはどのような社会なのかを躊躇することなく観衆に突きつける作品だと私には感じられた。

【映画情報】

『私たちの青春、台湾』
(2017年/台湾/カラー/DCP/5.1ch/116分) 

監督:傅楡(フー・ユー)
出演:陳為廷(チェン・ウェイティン)、蔡博芸(ツァイ・ボーイー)
製作・出品:七日印象電影有限公司 7th Day Film
プロデューサー:洪廷儀(ホン・ティンイー)
主題歌:《我們深愛的青春 Our Beloved Youth》詞 /曲 / 演唱 : 楊彝安(ヤン・イーアン)
原題:我們的青春,在台灣-Our Youth In Taiwan
後援:台北経済文化代表処台湾文化センター
日本語字幕:吉川龍生
台湾語協力:劉怡臻
提供・配給・宣伝:太秦

公式サイト:www.ouryouthintw.com

画像はすべて©7th Day Film All rights reserved

【執筆者プロフィール】

荒井 敬史(あらい けいじ)
近現代史研究、台湾研究、中国語。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同政策メディア修士。新聞記者を経験した後、退職して台湾に留学。輔仁大学の修士課程に入学し、翻訳学修士を取得。同比較文学博士課程に在籍しつつ日本史及び日本語の教師として講師を務めた。現在は帰国し、博士論文を執筆中。YouTubeにて「Keiji Arai」名義で情報発信をしている。