2021年12月に開催した第4回東京ドキュメンタリー映画祭では、連動企画として「批評ワークショップ」を行った。基礎講義ののち、長編コンペティション作品、中・短編コンペティション作品、人類学・民族映像部門コンペティション作品、特集、および特別上映作品の中から受講者が作品を選定してそれぞれ批評を執筆するという内容となる。その成果として完成された批評を順番にご紹介したい。
第2回はモイ服部さんの『#まなざしのかたち』(長編コンペティション作品)評。さまざまなアフリカ・アジア諸国を舞台に、日本人によって撮影された断片的な映像が次第に重なりを見せていく本作を、服部さんは三つの特徴に注目して論述していく。ただ、論点はばらばらのままには終わらない。最後には三つの特徴の根底にある、作品の幹について言及され、それがどのように現代社会に寄与するのかが説得性をもって語られる。単なる映画の批評ではなく、情報が氾濫する社会を生きるヒントとしても重要な指摘が含まれている。
(批評ワークショップ講師/neoneo編集室 若林良)
作品の冒頭は十九世紀から二十世紀にかけてフランスで活躍した作家マルセル・プルーストの有名な詩である「真の発見の旅とは、新しい風景を探すことではなく、新しい目で見ることなのだ」から始まる。彼の詩の意味をぼんやりと考えていると映像は西アフリカに位置するブルキナファソで撮影された食事の場面に切り替わる。そこでは男たちが楽しげに会話をしながら、大皿に盛られた料理を手づかみで口に運び食事をしている。突然の映像に呆気にとられていると、また映像は切り替わり、今度はどこかの空港で飛行機に乗り込む人々を映し出し、そして別の映像へと展開していく。『#まなざしのかたち』は世界各国で活動する日本人に同行し、その現場で撮影した断片的な暮らしの映像を組み合わせて作られたオムニバスドキュメンタリーである。
この作品の特徴を三つ取り上げたい。一つ目は、断片的な映像のモンタージュである。本作品は、劇作品のように起承転結といった作品の幹となるストーリーはなく、日本から遠く離れた外国の暮らしの様子を映し出した断片映像で構成されている。作品ではブルキナファソのクルアーン学校(こども達にイスラム教の知識を教える場所)で教師と生徒が仲睦まじく会話する場面や、伝統を大切にしながらも現代社会に適応するケニアのマサイ族を映し出し彼らの生活の様子を伝えてくれる。観客はそれらの映像を観ることで日本とは異なる世界を知るだけではなく、観客自身の持つ常識を解きほぐし新たな気づきや価値観に触れる経験ができる。
二つ目は余白のある映像である。映像には内容を説明する字幕やナレーションは少なく、映像を理解するための情報は最小限に抑えられている。そのため、観客は映像の中に無数に散りばめられた情報を集めながら、この映像が何を映しているのかを能動的に読み取ろうとする。その想像力を働かせて物を見る経験は、限られた情報から自分の考えを構築すると同時に、観客自身が物事をみる時の枠組みを客観視することにも奏効する。
三つ目の特徴は異なる視点からのナレーションである。本作品では撮影者が現地で感じたことを述べる主観的な語りと、映像を一歩引いた視点から感じたことを述べる客観的な語りがあり、異なる視点からの語りが交互に繰り返されながら作品は進んでいく。ナレーションには「~だろうか」と疑問詞で終わる言葉もあり、他の視点からの解釈が可能ではないのかとナレーションが観客の私に語りかけてくる。ナレーションの存在により観客は映像の世界に呼び戻され、一度自分が持った考えを保留し、新たな解釈ができないかと再び映像と対話を始める。その結果、観客が多角的な視点を養うきっかけが設けられる。
最後にソーシャルメディア社会における本作品の重要性について考えたい。FacebookやTwitterといったソーシャルメディアはその便利性から私たちの生活で必要不可欠な存在となっている。このメディアは利用者の興味関心に合わせて有益な情報を提供してくれるがその反面、利用者は同じ意見の人や偏りのある情報に多く触れることで特定の価値観に固定化される傾向がある。この固定化した価値観は間違った思い込みや偏見となり他者を傷つけたり、社会の分断を助長させることにつながる。それを防ぐためには、一つの物事に対して複数の角度から捉える多角的な視点が重要だと考える。
本作品は、余白のある映像と異なる視点のナレーション効果により観客が多角的な視点を養う機会を与えてくれる。この映像体験を通じて、観客は自分を縛りつける常識を見つめ直し、物事に対する多様な解釈の存在を自覚する。この一連の経験は、社会を見る「まなざし」が固定化しがちなソーシャルメディア社会において大切なことではないだろうか。
【映画情報】
『#まなざしのかたち』
(2021年/日本/ドキュメンタリー/124分)
監督:澤崎賢一
内容紹介:アフリカ諸国やアジアを舞台に、文化人類学者の清水貴夫と農学者の田中樹のフィールドワークから始まるロードムービー。学者としてのまなざしはいつしか撮影者や東京でモニターを見つめる編集者の目線と多重層的に交わり、世界の複合性を織り成す。雄大な自然のロングショットや現地の何気ない生活風景が心地よく流れる。
【執筆者プロフィール】
モイ 服部(もい・はっとり)
1990年代生まれ。映画好きの会社員。
バックパッカーとして外国を訪れた経験から、日本とは異なる文化で暮らす人々に強い関心を持つ。
現在は会社員として働きながら、異文化への理解を深められる作品を中心に映画を鑑賞しています。