【鼎談】原將人×原まおり×金子遊 『焼け跡クロニクル』から探るもうひとつの“クロニクル”

『双子暦記・私小説』日常が映画になる瞬間

『双子暦記・私小説』

金子:『双子暦記・私小説』では原さんとまおりさんが離れ離れに暮らしていましたが、あの遠距離の関係性というのはどんな感じだったんですか。原さんは京都にいましたよね。

:双子が生まれたので、まおりが故郷の大分・日田に帰っていたんです。僕は京都に残ってアルバイトをしていた。だけどどのバイトも3か月でクビになって(笑)、撮影もできずに悩んでいたのですが、奈良の月ケ瀬というところで測量のバイトが見つかった。それが唯一、撮影オッケーのバイトだったんです。僕が映画を撮っているといったら、「iPhoneで撮るくらいなら良いよ」と言ってくれて。

金子:『映画になった男』では、出産の前日に京都に行って、まおりさんにお会いして原さんにインタビューしました。ちょうど『双子暦記』の前の時代を『映画になった男』が補完している形になりますね。

:僕が京都の老舗旅館で宿直のバイトをして、朝に水を撒いているシーンが映っているもんね。僕のブラックバイトのシーンが映っているのは『映画になった男』だけですよ(笑)。

金子:あれが2013年くらいですね。おふたりにとって一番大変だった時期でしょうか。そうしたら2015年にポレポレ東中野で『あなたにゐてほしい』上映が決まって。『映画になった男』は『あなたにゐてほしい』上映を終えて、双子ちゃんたちが少し大きくなって、京都のライブハウス拾得でライブをするシーンで終わるんです。

:その時期を撮った『双子の星』は、まだ完成してないんですよ。双子3部作は、双子たちの0歳と4歳の時期を撮った『双子暦記』があって、次に5歳になった『焼け跡クロニクル』が来て、最後に1歳から3歳までを撮った『双子の星』という順番になります。

金子:時代順にならべると『双子の星』、『双子暦記』、『焼け跡クロニクル』になるんですね。『双子暦記』では原さんがタクシー運転手や測量まで、色々なアルバイトをしながら、まおりさんとご家族のいる大分に通っている。京都から大分に車で行く途中、高速道路で事故を起こしてしまうシーンもあって、そんなトラブルまでしっかり撮影している(笑)。僕としては、原さんが90年代の感覚を思い出しながらセルフドキュメンタリーを撮り始めたなという感じがあって、非常に面白かったです。普通の人も、もちろんわが子の姿は撮影するのですが、おふたりの撮影は度を越えているというか(笑)それを作品にするんだということで、日頃から撮影をなさっている。自分たちの生活の様子が、いつか編年体に近い形のドキュメンタリー映画になっていくというのが、無意識のうちにあるんじゃないかなと思うのですが、自分たちの暮らしをカメラで撮影しているというのはどういう営みなのですか。おふたりで申し合わせがあるのですか。

:いや、ないですないです。撮っておかないと気持ちが悪いというか、生理になっているのかな。

まおり:私は、日常が映画になる瞬間があると思っていて。自然にカメラが回ります。

一家を襲った突然の火事から『焼け跡クロニクル』に至るまで

『焼け跡クロニクル』

金子:『焼け跡クロニクル』の前に、2020年の東京ドキュメンタリー映画祭で準グランプリを受賞した『焼け跡ダイアリー』がありました。『焼け跡クロニクル』は『ダイアリー』を再編集して、新たに生まれ変わらせたものですが、同じ素材を全然違う形で編集し直す、家族の映画にしていくということに関しては、どういうプロセスをたどっていったのでしょうか。

:火事の直後にネットで義援金の募集を呼びかけてくれたneoneoのスタッフの熱意に応えようと、まおりの撮った記録映像を僕が編集して『焼け跡ダイアリー』を作ったのですが、撮っている人の意図を分からずに切っちゃった部分もあったんです。でも火事の映像に関しては、撮った本人がちゃんと見て編集した方が良いのではないかと思って、まおりに任せたんです。僕は焼け跡の瓦礫の下から掘り出した8ミリフィルムの映像を効果的にインサートさせてもらえれば良いということで、共同作業に踏み切ったのですが、火事に至るまでの始まりの部分も『ダイアリー』と『クロニクル』ではだいぶ違っていて、それも含めて良くなっていると思います。『ダイアリー』では、当初『双子暦記』シリーズの流れで捉えていたこともあって、長男の鼓卯のシーンは結構削っていたんですね。例えば、まおりが僕に東京の実家に火事のことを電話したか聞くシーンがあって、僕がしてない、と答えると、鼓卯が「子どもより先に親が死ぬなんて親不孝なこと、ありえんからね」って言う。まおりが、僕を撮ったあとに鼓卯にカメラをパーンして、鼓卯が何をしゃべろうかと考えている所をずっと撮っているんです。それであのセリフがパッと出てくる。それがすごくいいシーンになっているんですよ。あと、火傷で入院した僕の事を鼓卯が「ミイラ男」だと言うシーンとか、そういう所がまおりの編集で復活して上手く生かされていて。家族の映画として成立しましたね。

金子:ドキュメンタリーのカメラって、ありのままの現実が映るのではなくて、カメラがそこに介在していることを意識した人たちが、無意識的かもしれないけど、演技が混じっているような、独特の現実を映し出しているんですよね。まおりさんは火事の現場に駆け付けたところからカメラを回していて、それは原さんと同じように、撮るという事が日常的な行為になっていたからだと思うのですが、そうして撮ったものを、いざ見返して映画にしよう、となるまでは、やはり時間がかかるものなのでしょうね。

:時間がかかりますね。僕は火事の記憶から目を背けようとして鬱になっていたので、鬱の原因となった火事にもう一度向き合って、僕がしっかりと受け止められるようにと、まおりがビューワーを何台も、リールを何本も買って、庭先に編集台を作って、燃えた8ミリフィルムと向き合う準備を全部してくれたんです。そして編集台の前にカメラを構えて、フィルムを持ってくるようにと言われて。それで僕は、ようやく焼け跡から救ったフィルムを見る気になったのですが、いざ観てみると、焼けたフィルムがカメラを通さず火事の熱を直接受けて変形して、思いがけない美しいエフェクト効果が生まれていた。火事そのものの映像がなければ映画としては成り立たない、と思っていたのですが、フィルムそのものが火事そのものを直接映していたということが分かって、これなら映画になる、と。このフィルムを映画に使うことで編年記、年代記になるから、『焼け跡ダイアリー』でなく新しいタイトルにしたほうが良いと思って『焼け跡クロニクル』と名付けました。

まおり:最初、私は撮影したものを見る気はなかったんです。人生において一番ドン底の、家族の不幸、家族の一番辛い時が記録されている悲惨なシーンを撮影したものを見る勇気がとてもなくて。それで、原に編集をお願いしたのですが、完成した『焼け跡ダイアリー』を観て何か違うな、と感じました。だから、自分で撮影した記録映像とちゃんと向き合ってみようと思って、実際に見てみると、悲惨なだけじゃなかったんですよ。鼓卯が冗談を言っていたり、不幸のなかでもなんとか生きていこうとしているたくましい姿も映っていて、それを見てびっくりしたんです。ああ、火事の記憶は、辛いだけじゃなかったんだ、と驚きでしたね。それは、自分にとって、スゴイ発見でした。なので、自分で撮影した映像を、自分の手で、編集してみたいと思いました。

金子:『焼け跡クロニクル』では、火事の後の家族を撮った映像をまおりさんが編集して、時折挟み込まれる8ミリフィルムの映像を原さんが編集している。その焼けたフィルムに家族の姿が映っている、二重の構造になっているのが見事に原將人映画である、と思わされますが、あれはどういうフィルムなんですか。

:鼓卯が保育園に行っていた頃なので、『MI・TA・RI!』の後の8ミリフィルムですね。『MI・TA・RI!』で8ミリを回していた習慣がその後もずっと続いていて、鼓卯が小学校にあがるくらいまで8ミリで映していた。

金子:富士フイルムのシングル8ですね。

:ギリギリフィルムを作っていた最後の時期ですね。フィルムが1本1000円で現像が880円で、1000円台で3分撮れたからね。でも単なる子供の成長記録なので、作品には出来なくてそのまま保管していた。未編集のフィルムは家の隅の方に追いやられていたので、火事の時も焼け落ちてきた屋根瓦に守られて焼けてなかったんです。『MI・TA・RI!』とか『初国』とか、ちゃんと編集しているフィルムは、いつでも取り出せるように棚の上の方に置いてあったから、全部燃えてしまったのにね。家族の記録としての8ミリフィルムは、作品にならないと思ってたけど、十数年たって火事になることになって、ついに作品になった。映画として成立する素材になったんです。

金子:僕が映画のなかで泣いたのは、原さんの8ミリフィルムが焼けて、より美しくなった姿でスクリーンに現れたときです。「うぉー、原將人映画だ」と思って泣きました。見事におふたりの個性が合致して、一本の映画になってしました。
原さんは映画を撮り続けるという日常を生きているのですが、それがまおりさんに伝播して、まおりさんも映画を撮る人になった。僕も原さんにインタビューして、バックバンドとして演奏しているうちに、いつのまにか原將人ワールド、映画を撮る日常を生きる人間のひとりになった。原さんのまわりにある大きな映画ワールドの一メンバーになっていたのかなと、振り返って思います。
今回『焼け跡クロニクル』という、原さんひとりでなく家族全員の物語となる良い作品が出来て劇場公開され、『20世紀ノスタルジア』と『初国知所之天皇2022デジタルリマスター版』と、なかなか全国で見ることができなかった『双子暦記』、そして僕が、原さんが撮っていなかった時期を埋めるような形で撮っていた『映画になった男』の4作品を合わせた特集上映が実現した。原さんと一緒に大阪、京都など舞台挨拶で回れるのかなと思うと、感無量というか、ほんとうに嬉しいなと思います。最後に一言ずつお願いします。

まおり:今コロナで、私たちは、予想もしなかったすごい世相を生きているんですけれども、その閉塞感を打開する力が『焼け跡クロニクル』にはあると思ってます。逆境に負けない映画の力が、宿っているから。コロナ予防をしっかりとして、映画館に来て映画を観てください。『焼け跡クロニクル』は、今まで見たことのない新しいスタイルの映画だと思います。「映画っていいな!」と思ってもらえように、ありったけの映画魂を込めて作ったので、そんな気分になりたい方は必ずいらしてください。お待ちしています。それから、特集上映されている金子遊監督作品『映画になった男』や、『焼け跡クロニクル』以前の家族の時間を、原將人が一人称で描いた『双子暦記・私小説』も、併せてご覧いただくと、さらに面白い映画体験になりますので、ぜひドキュメンタリー映画の更なる面白さを味わってください。

:映画の神様が作らせてくれた。この映画、『焼け跡クロニクル』を作るために火事になったんだと思えるような作品になりました。火事でフィルムが全部焼けてしまって、それからの3年間というのは本当に辛かったのですが、『焼け跡クロニクル』で、まおりとコラボレートして、すごく良い作品に仕上がって、火事の喪失感を全部払拭してくれました。ぜひ大勢の方に見て頂きたいと思っています。

『焼け跡クロニクル』

【登壇者プロフィール】

原 將人(はら・まさと)
1950年、東京生まれ。1999年より京都在住。1968年、麻布学園高校在学中に『おかしさに彩られた悲しみのバラード』(以下『バラード』)で第1回フィルムアートフェスティバル東京においてグランプリ・ ATG賞をW受賞。10代で松本俊夫監督の『薔薇の葬列』助監督、大島渚監督『東京战争戦後秘話』脚本・予告編の演出を手掛け、天才映画少年と称される。
1973年に発表した『初国知所之天皇』は独自のスタイルで、新しい映画の地平を切り開き、インディーズ映画の傑作として語り継がれる。瀬々敬久、大森一樹、犬童一心らが「監督を志したきっかけは『バラード』と『初国知所之天皇』」と公言し、『バラード』は村上龍の小説「69」にも登場するなど、多大な影響を及ぼした。
1997年、広末涼子映画デビュー作『20世紀ノスタルジア』で、日本映画監督協会新人賞を受賞。2002 年、デジタルプロジェクター1台と8mm映写機2台による、3面マルチ投影のライブ作品『MI・TA・RI!』が第1回フランクフルト国際映画祭観客賞受賞。63歳で、双子の姉妹の父になる。
その他の作品に芭蕉の「奥の細道」を追った『百代の過客』(93・山形国際ドキュメンタリー映画祭95コンペティション作品)、『あなたにゐてほしい~SOAR~』(13・ゆうばり国際ファンタスティック映画祭渚特別賞)、『双子暦記・私小説』(18・第1回東京ドキュメンタリー映画祭長編部門グランプリ)などがある。

原 まおり(はら・まおり)
1973年1月1日、大分県日田市出身。荒井晴彦初監督作品『身も心も』に炊事班として参加。湯布院映画祭で原 將人と出会い、結婚。第1回 フランクフルト国際映画祭で観客賞受賞した『MI・TA・RI!』では、夫である原に師事し、撮影、編集、 脚本、出演など映画全般を学ぶ。戦後の昭和30年代を舞台にした『あなたにゐてほしい ~SOAR~』では主演の渚を務め(観音崎まおり)、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭にて、渚特別賞を受賞。火事後、自己肯定感を取り戻すために、慶應義塾大学文学部通信課程で勉強中。

金子 遊(かねこ・ゆう)
映像作家、批評家。『ベオグラード1999』(09)『ムネオイズム』(12)『インペリアル』(14)の3本の劇場公開したドキュメンタリー映画がある。原將人監督特集上映にて、長編4作目『映画になった男』が公開中。5作目『森のムラブリ』が3月19日より全国順次公開。
著書『映像の境域』でサントリー学芸賞を受賞。ほかの著書に『辺境のフォークロア』『異境の文学』『ドキュメンタリー映画術』『混血列島論』『光学のエスノグラフィ』ほか。共編著に『クリス・マルケル』『ジャン・ルーシュ』『アピチャッポン・ウィーラセタクン』『映画で旅するイスラーム』など。
ドキュメンタリーマガジンneoneo編集委員、東京ドキュメンタリー映画祭プログラム・ディレクター。

【映画情報】

『焼け跡クロニクル』
(2022年/日本/カラー/16:9/5.1ch/84分)

監督:原まおり、原將人
撮影・編集:原まおり、原將人
製作:原正孝
プロデューサー:有吉 司
出演:原將人、原まみや、原かりん、原鼓卯、原まおり、佐藤眞理子
音楽:原將人
タイトル音楽:原まみや
エンディング音楽編曲・演奏:遠藤晶美
整音協力:弦巻裕
グレーディング:上野芳弘
技術:アシスト
配給・宣伝:マジックアワー

公式サイト:https://www.yakeato-movie.com

『焼け跡クロニクル』画像はすべて©2022『焼け跡クロニクル』プロジェクト
『20世紀ノスタルジア』画像は©Office Shirous

シネスイッチ銀座 にて公開中 全国順次公開