【Review】生涯の夢を追って―― 『掘る女 縄文人の落とし物』 text 藤野みさき

 いまから4年前の夏。2018年7月から約2ヶ月間にわたり、東京国立美術館の平成館では『縄文 1万年の美の鼓動』 という特別展が開催されていた。その特別展では、北は北海道から南は長野県まで、合計207点もの国宝を含む縄文土器、土偶らが一同に出展。なかでも、初の試みとなった、火焔型土器、「縄文のビーナス」ら全6点の国宝が集められたことは大きな注目となった。

 私は『縄文 1万年の美の鼓動』展に足を運んだ日のことを、いまでもよく覚えている。8月のお盆の終わる週末。その日の上野も、太陽が眩しく、よく晴れた暑い夏の日だった。平成館にはいると、そこにはたくさんの人々で溢れていた。私はその光景をみて、いかに縄文の文化が現代の人々の心を惹きつけ魅了しているのかを実感したのである。私はその特別展ではじめて、実際に展示されている本物の縄文時代の文化にふれた。国宝の「縄文のビーナス」、「縄文の女神」、「合掌土偶」をはじめ、かわいらしい模様の土器たちに、縄文人が着飾っていたとされるブレスレットやピアス……。なかでも、最も圧巻だったのは、美しくライトアップされた火焔型土器だった。ひとつの空間にずらりと並べられた火焔型土器の存在感と美しさは、4年経ったいまもなお、私の心に輝いている。
 その特別展から数年たった現在(いま)、縄文時代を主題とする1本のドキュメンタリー映画と出逢った。松本貴子監督が撮影された『掘る女 縄文人の落とし物』という作品である。この愛らしいドキュメンタリー作品を拝見できたこと、そして、4年前の縄文展を思い出しながら、本作の文章を綴れることが、私は素直に、とても嬉しい。

『掘る女 縄文人の落とし物』は、縄文文化に魅せられた女性たちの活動を3年間かけて描いた作品である。副題にもあるとおり、土深くに眠る「縄文人の落とし物」を発掘することを愛してやまない女性たちの姿が、実にいきいきとおさめられている。映画は、主に3人の女性たちを主軸として追いながら、彼女たちの縄文文化への溢れる愛情をはじめ、縄文時代に携わる職業に就いた理由や、現在どのような発掘をおこなっているのかを、インタヴューやナレーション、イラストやアニメーションを交えながら丁寧に描いてゆく。

 2019年6月。長野県長和町の山の中では、30年という時をかけた大規模な調査がおこなわれていた。そこは「星糞峠黒曜石原産地遺跡」と呼ばれ、かつて縄文人が生活に用いたとされる「黒曜石」を採掘するために掘った穴を、再度掘りおこし、地層を研究するというプロジェクトである。地層は上から黒色、茶色、黄色、そして縄文人が掘ったとされる、火山灰の混ざった白色の土にわけられる。現場を長きにわたり牽引してきた、調査員の大竹幸恵さん。大竹さんの仕事は、これらの地層を研究し、縄文人が掘り進めた足跡を記録をすること。地層の種類をスコップで叩き、慎重に削りながら、地層をなぞるように白い線を引いてゆく。専門的な知識と正確さが求められる、地道な作業だ。
 大竹さんがはじめて考古学にふれたのは、小学校六年生のとき。クラスの研究発表会で、近所でみつけた土器をレポートにまとめたことがはじまりだった。なかでも印象的だったのは、大竹さんがはじめて出逢った一冊の考古学の本『石器と土器の話』のなかで、作者の藤森栄一氏が綴られた文章である。
「私から聴いてわかったという知識は、実はなんの価値もない。自分自身で調べ解明することこそが、本当に価値がある。それこそが、『考古学』という学問なのである」と。高校時代、大竹さんはこの本に大変感銘を受け、一生をかけてでも探求することに憧れを抱いたという。大竹さんが考古学の道に進み、はや30年以上。藤森氏の『石器と土器の話』は、いまもなお彼女の心の原点である。

 二番目の舞台は、岩手県の最北端、洋野町にある「北玉川遺跡」だ。現場の主任を務めるのは、専門員の八木勝枝さん。八木さんが調査をする遺跡は、調査開始から1ヶ月と、大竹さんの現場とは対照的に、まだ始まったばかり。現場では主に八木さんが指示を出し、グループの女性たちが遺跡の発掘にあたる。現場は常に和気藹々(あいあい)とした空気が流れ、女性たちの楽しそうな声が聴こえてくる。この調査では、縄文人が動物を捕獲する際に掘ったとされる、「落とし穴」の足跡などをみつけることができた。「何かあることに越したことはないのですが、何もないことを証明することも大切なことなのです」と、八木さんは語る。
 八木さんの職場は、盛岡市にある公益財団法人岩手県文化復興事業団埋蔵文化財センター。職場の机の上には、手のひらにおさまるほどの可愛らしい土偶や、土偶の形をした消しゴム、土器など様々なグッズが、色とりどりに飾られている。八木さんが考古学の世界に魅せられたのは、大学生のとき。自身で縄文土偶を掘り当てていらい、すっかり縄文文化の虜になった。八木さんが発掘した土偶は同センターの貯蔵庫に大切に保管されており、「遮光器土偶(大橋遺跡)」という名前がつけられている。手のひらよりもやや大きめの土偶で、独特な渦巻き模様と、笑っているかのような表情が魅力的な土偶である。想像をしてみてほしい。もしも、自分が掘っている遺跡や土のなかから、縄文時代の土偶を掘り当てたらと……。きっと、驚きや喜びとともに、考古学の世界に魅了されるにちがいない。

 三番目の舞台は、栃木県栃木市。中根八幡遺跡では、2015年から毎年夏に一週間ほどの期間で遺跡の共同発掘調査がおこなわれている。この遺跡を掘るのは、國學院大學栃木短期大学と奈良大学の大学生たちだ。現場は大学生たちの活気で溢れ、今年も9月の暑さのなか、調査が始まった。ここ、栃木県栃木市の周辺は、かつて縄文人の大きな村があったのではと、研究者のなかでは考えられている。
「土を掘るのが好きですか?」
「はい、大好きです!」
 質問に元気よく答えるのは、國學院大學栃木短期大學の伊沢加奈子さん。いつも明るく、笑顔が眩しい伊沢さんは、学生たちのなかでもリーダー的な存在で、周囲からも頼りにされる女性だ。取材当初、卒業を間近にしていた伊沢さんは、無事に栃木県壬生町の壬生町立歴史民俗資料館に就職。弥生時代から展示が始まる展示室のなかで、「弥生時代の前に縄文時代の展示ができたらいいな」と夢を語る。

 多くの人々を魅了してやまない、魅惑的な縄文の世界。
 そんな縄文時代と現在の「架け橋」ともいえるナレーションを務めるのは、声優の池田昌子さん。『銀河鉄道999』のメーテル役で知られ、吹き替えでは、長きにわたり、オードリー・ヘプバーンの声を担当。いままでに何度、池田さんの声に魅了され、憧れを抱いてきたことだろう。私のなかで、最も美しく、優雅さと気品ある声をもつ女性である。池田さんのナレーション・解説は、まるで極上の音楽を聴いているかのようだ。劇中に登場する黒曜石や土偶を始めとする縄文文化をわかりやすく伝えながら、「泥臭くチャーミング」な本作に、「優雅さ」という名の華を添える。

 本作は、縄文文化を愛する女性たちを描くとともに、私たちが美術館や博物館で作品をみるまでの舞台裏を描いた作品でもある。展覧会に出展する際は、貯蔵庫から第一次選抜、第二次選抜と選定されて、研究員の方々が一点一点を大切に吟味し、私たちが足を運ぶ美術館へと並べられる。なかでも印象的だったのは、現在国宝として認定されている「合掌土偶」の逸話だ。1989年、青森県八戸市で発掘された合掌土偶は、ベテラン作業員の元沢秀子さんの仲間が発掘した。はじめは、左足がない状態で発見されたが、のちに左足も発見。修復をおこない、現在の合掌土偶の姿になった。どの遺跡にも、発掘するひとがいて、それらを修復するひと、大切に保管するひとたちがいる。たとえ、小さなかけらひとつであっても、遺跡のひとつひとつには多くの人々の人生が様々な形で携わっているということを、本作はあらためて私たちに思い出させてくれる。
 30年という大規模な調査の終りを目前とした「星糞峠黒曜石原産地遺跡」。「大変な作業なのでは」という質問に対して、大竹さんは、過去を振り返りながら答える。「亡くなった母の口癖が『一生続けられる夢をみつけられるといいね』ということだったのです」と。母のことばは、いまも、過酷な現場で作業をする大竹さんの人生の糧となっている。

 生涯の夢を追うことは、なんてすばらしいことなのだろう。
 男性の多い発掘現場の世界に、迷いもなく飛びこみ、第一線で活躍をする大竹さんや八木さんたち。ヘルメットをかぶり、滴る汗をぬぐいながらも掘ることに喜びを感じ、どんなに大変な夏の現場でも、彼女たちはいつも笑顔を絶やさない。何よりも、縄文文化を愛し、掘ることが大好きなのだ。その「好き」という想いは、様々な壁を越えてゆける。逞しい彼女たちの生き方は、私たち、いまを生きる女性たちに大きな励ましと勇気を与えてくれるだろう。本作は、縄文文化を愛する出演者の方々をはじめ、好きという想いを胸に夢を追う、すべての女性たちへ捧げられている。

※黒曜石は「黒耀石」という表記もあるものの、本稿では「黒曜石」で統一した。

【映画情報】

『掘る女 縄文人の落とし物』
(2022年/日本/カラー/DCP/111分)

監督:松本貴子(『氷の花火 山口小夜子』『≒草間彌生 わたし大好き』)
ナレーション:池田昌子
撮影:門脇妙子、金沢裕司
音楽:川口義之(栗コーダーカルテット)
音楽プロデュース:井田栄司
編集:前嶌健治
タイトル文字・イラストレーション:スソアキコ
アニメーション:在家真希子、岸本萌
考古学監修:堤隆
オンライン編集:石原史香
音響効果・整音:高木創

出演:大竹幸恵、八木勝枝、伊沢加奈子ほか
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
製作・配給:ぴけプロダクション
配給協力・宣伝:プレイタイム

画像はすべて©2022 ぴけプロダクション

公式サイト:https://horuonna.com/

8月6日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

【執筆者プロフィール】

藤野 みさき(ふじの みさき)
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ映画批評・ライター講座第二期後期受講生。
映画のほかでは、美容・自分磨き・お掃除・断捨離、洋服や靴を眺めることが趣味。古典映画・ダグラス・サークなどのメロドラマが好きです。この映画のなかに出てきた壬生町にある、壬生町立歴史民俗資料館にとても興味を持ったので、いつか足を運んでみたいなと思います。