【Review】「特別でない」ことこそが――『はちみつ色のユン』 text 土居伸彰


©Mosaique films – Artemis Productions – Panda Media – Nadasdy Films – France 3 cinema – 2012

世の中には様々な種類の事実が存在して、それがドキュメントとして記録されていくやり方も色々ある。近年隆盛のアニメーション・ドキュメンタリーはその新たな候補として登場したもので、それが捉える事実は、どちらかというとあまり定まってはおらず、頼りないものが多い。アニメーション・ドキュメンタリーがこれまで多く取り上げてきたのは、カメラが記録しなかった(できなかった)、歴史的偉人でもなんでもないちっぽけな人たちの過去の回想や、その時々にその人物が内的に感じた印象だ。

大雑把な分け方であることを承知で言えば、アニメーション・ドキュメンタリーの特徴は、客観的というよりも主観的な事実を扱い、それを記録するというより再構成・再創造することである。だから同じ出来事を描いた他の証言が登場したとき、それと一致しなかったり、もしくは単純に認識のミスであることが簡単に証明されたり、そういうことが起こる可能性も大きい。しかし、ある人物が出来事をどのように生き、自らのうちにそれをどのように記録していったのか、それはその出来事が実際にどのようなものであったかという事実との一致・不一致とは関係なく、その人物にとっては疑いようもなく真実なのだ。アニメーション・ドキュメンタリーは、そういった種類の主観的な事実、頼りないが他のどんなものよりもその個人の内側に深く根付いた事実を記録する。

『はちみつ色のユン』は、朝鮮戦争後の韓国で社会問題となった国際養子の問題を扱うドキュメンタリー・アニメーションだ。現在マンガ家として活躍するユンは、1960年代から70年代にかけて養子として韓国から世界中へともらわれていった子供の一人である。この作品は40歳を過ぎて初めて「母国」の地に足を踏み入れる彼の様子を実写で捉え、また一方で、ベルギーで養子として育っていった彼の過去を、(少しばかりの)ホームビデオの実写映像と3D2Dなどの多彩なアニメーション技法で描いていく。

この長編ドキュメンタリー・アニメーションは、ユンが描いた同名のバンドデシネを原作としており、アニメーション・パートの背景も彼が担当している。アニメーション・ドキュメンタリーが「誰かにとっての」主観的事実(とその回想)を描き出すものだとすれば、この作品はまさに「ユンにとっての」世界を見せることになる。

©Mosaique films – Artemis Productions – Panda Media – Nadasdy Films – France 3 cinema – 2012

バンドデシネやグラフィック・ノベル原作の長編アニメーション作品も、アニメーション・ドキュメンタリー同様に、アニメーション制作がデジタル化することによって増えてきたジャンルである。ただ、『はちみつ色のユン』は、他の同様の長編アニメーションと比べると、なんというか、ビジュアル的に「濃い」ものではない。他のバンドデシネ/グラフィック・ノベル原作もので顕著であるような、マンガ家の絵のスタイルをそのまま移植することで帯びることになるスタイリッシュさのようなものが、ここでは存在しないのだ。それは、ユンというマンガ家がどちらかといえば地味なグラフィック・スタイルの作家であることも関係しているだろうし、もしくは、キャラクターのデザインが3DCGでモデリングされたものであるがゆえに、ある種の平準化を被っているからかもしれない。

しかし、そういった独自色の弱さのようなものは、この作品の根本の部分に関わって別の意味を担わされている感じもある。『はちみつ色のユン』はマンガ家の自伝である。しかし、ユンがマンガ家であるという事実に、この作品はほとんど焦点を当てないのだ。もちろん、彼が子供の頃から絵を描くことを愛し、それが自分自身の置かれた現実の状況からの重要な逃避の手段となっていたことや、彼の将来的なキャリアにとって決定的になるであろう出会いは断片的に物語られてはいる。しかし決して、それは作品全体の軸にはならない。そういったディテールが、ユンの何かを決定していくという感覚が、ここにはないのだ。

この作品の中でのユンは、ある意味で徹底的に「無名」である。『はちみつ色のユン』の主人公は、「どこに行っても旅人」と自ら語るように、アイデンティティの不確かさ、根無し草的な感覚に常につきまとわれ、悩みつづける。彼は同じような状況に置かれた人々のなかでロールモデルとなりうるような特別な誰かであるというよりは、朝鮮戦争後の国際養子という社会問題の当事者の一例であるだけで、匿名のうちのひとりであると言っていい。

©Mosaique films – Artemis Productions – Panda Media – Nadasdy Films – France 3 cinema – 2012

どことなくボンヤリとした感覚と匿名性。それはこの作品の語りにも浸透していく。ユンの幼年期から思春期にかけてのベルギーでの過去の生活、そして初めて韓国を訪れる40代の現在のユンの様子が交差するかたちで描かれるこの作品には、軸となるエピソードは存在しない。様々な出来事、様々な家族との関係が、ある意味でランダムにピックアップされていくだけなのだ。韓国を訪れても決定的なことは起こらない。逆に、両親の存在や生年月日、なぜ孤児になったのかといったような自分の根本をなすような情報が、ますますボヤけていく。ユンのアイデンティティは余計に崩れ去り、常に自分につきまとっているように感じていた異邦人としての感覚は、ますます強まっていく。

『はちみつ色のユン』にはユーモアも皮肉もある。しかし、煮え切らなさ、留保、揺らぎの感覚も同じくらいに強い。それは、この作品で語られる数々のエピソードや、彼やその家族が抱える悩みが、国際養子であるという「特別な」事情に必ずしも由来するとは限らないところにも表れる。ユンをめぐるイザコザは、親と子のあいだに、兄弟姉妹たちともあいだに、(国際養子に限らず)同じような状況に置かれた人たちのあいだに、一般的に起こりうるものだ。もちろん彼の「特別な」状況へとはみ出していく瞬間もある。しかし多くの場合において、彼の状況は一般の子供たちのそれと大きく重なりあい、ユンは特殊と一般のあいだを揺らいでいく。

そしておそらく、『はちみつ色のユン』の強さは、特殊と一般のどこらにも完全に振り切れることのない微妙な立ち位置にこそある。ユンの悩みを、ユンは決して自分の特殊な環境のせいにできない。私たちはユンの抱く悩みの大部分を共有できてしまう。この物語はかなりの程度、「ヤンチャな子供」の物語の枠内に入ってしまうからだ。それはある意味、アイデンティティを揺らがす一つの原因にもなるだろう。彼と同じように国際養子としてベルギーにやってきた人たちの人生の苦悩は、ユンの妹の悲劇的な死も含め、後半で不意に表面化するかたちでのみ語られる。自分の人生の様々な瞬間の原因を自分の特殊性に完全に委ねることができないという立ち位置、養子ではない人たちと同じような部分を多く持っているというその事実が、彼らの苦しみを余計に強いものとしている印象がある。

©Mosaique films – Artemis Productions – Panda Media – Nadasdy Films – France 3 cinema – 2012

前述した通り、この作品は、ユンがマンガ家という特殊な人物へと「なる」物語ではない。むしろユンは、他者との関係性のなかで、または自分の心持ちの状態によって、人生のそのたびごとに違った何者かで「ある」だけだ。彼は、ベルギー人であり、韓国人であり、マンガ家であり、悩む普通の人間であり、本当の息子であり、愛おしい兄弟であり、逆に、そのどれでもなかったりする。『はちみつ色のユン』は、当座の結論のようなものは出す。妹や母親の言葉を通じて、自分が紛れもなく家族の一員であることを実感すること、それはクライマックスのようなものとして提示されている。しかし、それが胸を打つのは、彼が最終的にどこか確かな場所に辿り着き、ハッピーエンドを迎えたからではない。ユンが現在に至るまで自分の立ち位置の揺らぎに悩みを抱えているからこそ、母をはじめとする家族との関係性において、自分に対する他者の思いをストレートに受け入れ、自分の立ち位置を見出すことができたその稀な瞬間が、輝くように思える。ユンは今でも悩み、異邦人としての感覚は消えることはないだろう。しかし、その揺れつづける状態こそが、ユンにとっては紛れもない事実なのであって、自分の根本に深く染み込んでいる。『はちみつ色のユン』は、アニメーション・ドキュメンタリーとして、それをこそドキュメントするのだ。

©Mosaique films – Artemis Productions – Panda Media – Nadasdy Films – France 3 cinema – 2012

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【作品情報】

『はちみつ色のユン』

(2012/フランス・ベルギー・韓国・スイス/75分/HD/16:9/アニメーション×ドキュメンタリー)
監督:ユン、ローラン・ボアロー
製作:モザイク・フィルム(フランス)、アルテミス・プロダクシオン(ベルギー)、フランス3シネマ(フランス)、バンダイメディア(韓国)、ナダスディ・フィルム(スイス)
配給:トリウッド、オフィスH 後援:フランス大使館、ベルギー大使館、駐日欧州連合代表部
©Mosaique films – Artemis Productions – Panda Media – Nadasdy Films – France 3 cinema – 2012
公式サイト=http://hachimitsu-jung.com/ 

★12月22日(土)より、ポレポレ東中野、下北沢トリウッドにて新春ロードショー!
★ユン監督舞台挨拶決定!!
 ◆ポレポレ東中野
   12/22(土)、12/23(日) 両日とも 13:00の回上映前/15:00の回上映前
   ※13:00の回のみ上映後にサイン会も実施!
 ◆下北沢トリウッド
   12/22(土)、12/23(日) 両日とも 15:35の回上映後/17:10の回上映後
   ※どちらの回もサイン会実施!
★先着来場者プレゼント!
 12/22(土)、23(日)にご来場頂いた両館それぞれ先着20名様(計80名)にフランス版ポスターをプレゼント!

【執筆者プロフィール】

土居伸彰 どい・のぶあき
アニメーション研究・評論。日本学術振興会特別研究員、東京造形大学非常勤講師。ユーリー・ノルシュテイン作品を中心とした非商業系短編アニメーションの研究を進める傍ら、自主レーベルCALFなどを通じて世界の優れた短編アニメーションを紹介する活動を行っている。共著に加藤幹朗編著『アニメーションの映画学』(臨川書店)、訳書にクリス・ロビンソン『ライアン・ラーキン やせっぽちのバラード』(太郎次郎社エディタス)など。