♪今日は会社の月給日
お金もたくさんもらったし
芸者かおうか 女郎かおうか
嫁に相談してどやされた
ストトン ストトン
みどりのなかをゆっくりとくぐり抜け、一軒のつつましい宅老所にわたしたちはたどり着く。にぎやかな唄声が聞こえている。93歳の千代さんを囲んで、笑いまじりの「ストトン節」の合唱が、画面いっぱいに響いている。
大宮浩一監督の新作『季節、めぐり それぞれの居場所』(以下『季節、めぐり』)は、介護のイメージを一新した前作『ただいま それぞれの居場所』(以下『ただいま』)のおよそ2年後を描いた続編。前作にも登場した木更津の宅老所「井戸端げんき」や、坂戸の民間福祉施設「元気な亀さん」、また津波の被災地である宮古のNPO法人「愛福祉会」など、5つのケアの現場を訪れている。これらはいずれも、利用者個人こじんに向き合う「小さな介護」の理念のもとに運営されている。カメラは、彼らの活動とその思考を、丹念にすくい取ってゆく。
©大宮映像製作所
前作『ただいま』は、介護保険制度が定着しつつあった2010年、その制度からこぼれてしまう人びとに向き合う若い介護職たちとその「それぞれの居場所」を記録し、平成22年度文化庁映画賞・文化記録映画大賞を受けた。目を留めてほしいのは、大宮監督がそのあいだに2本の作品を作っていることだ。『ただいま』のスピンオフというべき『9月11日』(2010)では、若い介護職たちが広島で開催したトークライブを記録し、つづく『無常素描』(2011)では、3月11日の地震発生からおよそ1ヶ月半後の被災地をたずね、瓦礫の山と化した風景を素描した。この2本は撮影からおよそ2カ月後には完成し、すぐさま公開するという異例のスピード上映でも注目された。
わたしはこの4本を「ケアと居場所をめぐる4部作」としてとらえている。『ただいま』から始まるこの一連は、まさに「季節、めぐり」、ふたたび彼らの場所へと帰ってくる、ひとりの映画作家の《旅》のようにも思える。この《旅》の過程で、大宮監督はあるものに避けがたく向き合い、それを抱え、今度の新作にすべて注ぎ込んだのだと思う。それは「死」だ。観念的なものでは決してなく、きわめて具体的で、個別的な「死」。
『ただいま』にもある老人の死が描かれてはいたが、ここではまだひとつのエピソードに過ぎなかった。その意味で次作『9月11日』は、前作では「語られる」側にいた介護職たちがみずから「語る」側に立った映画なのであり、そこで彼らは介護中の避けがたい「死」について、「責任」ということばとともに実直に語っていた。いわば『9月11日』は、介護の現場の人間たちからの、『ただいま』へのひとつの回答としてある。そして『季節、めぐり』の制作中に起きた震災は、やがて作家に『無常素描』を作らせ、僧侶の鎮魂の祈りとともに数多くの「死」に向き合わせた。
©大宮映像製作所
そうして完成したこの新作において、『9月11日』での現場のことばや、『無常素描』での「無常ということ」に対し、今度は大宮監督自身が応えようとしている。2年という短いあいだに、前作に登場していた人たちが何人も亡くなっている。その事実に向き合う介護職や家族たちの思いをていねいにすくい取る秀逸なインタビューの数々に、この作品における大宮監督の「死」への並々ならぬ思いを感じずにはいられない。
それでいて、この映画はおどろくほどの明るさにあふれている。個人こじんに身の丈で向き合う彼らの介護の場所には、いつも笑いがあり、そこにはいつもまぶしいくらいの光が差し込んでいる。冒頭に流れるにぎやかな「ストトン節」は、介護中に亡くなった千代さんを送る唄にもなった。作中では言及されないが、大正から昭和初期にかけて流行したというこの俗曲は、関東大震災後に作曲され一気に広まったものだという(*)。「震災後」という時間が、ひとりの女性の生死を貫いて、あたかも現代の日本に響いている。
終盤、いまはいない父母のことを話す若い姉妹。ふたりの声のうしろで、急にがらんとした部屋をカメラがゆっくりすべってゆくと、睦まじげな父母の写真がつつましく映し出される。画面のなめらかな連続のうちに4人の家族全員が収まるこの息をのむショットは、大宮監督の《旅》のひとつの答えのようにも思われてならなかった。
あらゆる制度やテクノロジーの限界が露呈しつつあるいま、それぞれの人間がそれぞれの日々を生き抜いていかなければならない。そのためには他者の生と死への想像力が不可欠なのだと、ケアと居場所をめぐる大宮浩一監督の《旅》は静かにおしえてくれる。
*「俗曲の部屋」(アクセス2012/4/24)
【執筆者プロフィール】 萩野亮(はぎの・りょう) 1982年生れ。映画批評。立教大学大学院現代心理学研究科修士課程修了。「フレデリック・ワイズマンのすべて」、「王兵レトロスペクティブ」カタログ作品解説など。ドキュメンタリーについての編著を近刊予定。