【自作を語る】カネミ油症の被害者たちに出あって―『食卓の肖像』制作記 text 金子サトシ


皆さんは、「カネミ油症事件」をご存知でしょうか。1968年、福岡、長崎をはじめ、西日本一帯で、カネミ倉庫株式会社が製造した食用油、「カネミライスオイル」を食した人たちが様々な健康被害を訴えたものです。被害者数は実態調査自体が行われてきていませんので正確には分かりませんが、当時、保健所などに食したと届け出た人だけでも1万4千人におよんでいて、戦後最大の食品公害事件と言われています。

私は、このカネミ油症事件の被害者の人達を取材し、『食卓の肖像』という作品にまとめました。この『食卓の肖像』が、4月6日(土)より、新宿の映画館、K’s cinemaにて、モーニングショーで上映されることになりました。連日、午前11時から一回きりの上映。何週、上映されるかはまだ決まっていませんが、最低でも3週間は上映される予定です。

私がカネミ油症の被害者の人達の聞き取りを始めたのは、2000年です。東京で開催された、あるNGO団体が主催の、カネミ油症被害とはなんだったのかを考えるシンポジウムに参加し、何十年も前に起こった食品公害事件の被害がいまだに続いていることを知り、衝撃を受けました。そして、そのNGO団体の人達が、カネミ油症の被害者が多い現地である長崎県五島列島に行き、自分達で被害の実態を調査する「自主検診」を行なう予定であることを聞き、思わず、飛び入りのボランティアで参加させてくださいと言ってしまったのです。私がそのように申し出た理由は、ひとつにはこのカネミ油症事件の被害の実態を自分自身で知りたいということがありましたが、それ以上に、この「自主検診」の調査団の団長が、長年、水俣病の患者の人達を診てきた医師、原田正純先生であることを聞いたからです。原田先生は、ドキュメンタリー畑の方なら、あの土本典昭監督の一連の水俣病の映画にも出演されている医師としてご存知なのではないかと思います。実は、もともと私がドキュメンタリーの道を志すようになったのは、大学生の時に、土本典昭監督作品の連続上映に通い、日本のドキュメンタリーにはこのような凄いものがあるのかと驚いたからです。それまではドキュメンタリーよりも劇映画のほうをよく見ていたのですが、土本監督の作品を見たことから、ドキュメンタリーにも関心を持つようになり、自分もドキュメンタリー映画(映像)をつくれないかと思うようになっていったのです。なので、原田正純先生が団長の調査団と聞いたことは、それならぜひ参加したいと思わせる理由として私にとっては充分すぎることだったのです。

そして、2000年8月、その「自主検診」調査団の一員として五島列島へ行きました。私は、全く飛び入りで参加したので、撮影できるか否かも分からなかったのですが、小さいデジタルビデオカメラをカバンに入れて行きました。そこで、自らも被害者であり、被害者救済運動を中心になってされてきた矢野忠義さん、トヨコさん夫妻と知り合い、とりわけトヨコさんの豪快な人柄に強烈な印象を受けました。撮影は不可の被害者の方達もいたのですが、矢野夫妻はどんどん撮りなさいという感じでしたので、撮影しました。このようにして撮影がはじまったのです。

当時、事件発生から長い月日がたち、この食品公害事件のことは世間からはすっかり忘れられているようでした。しかし、被害者たちは、様々な全身症状でずっと苦しみ続けていたのです。また被害者の子どもや孫といった次世代にも健康被害が起こっているという話でした。そうした話を聞き取った私は、この題材をどうやって作品としてまとめるかと考えるようになりました。

とはいえ、その後、しばらくは他の仕事が忙しかったこともあり、取材はずっと続けていたわけではないのですが、2005年頃、カネミ油症の集会に再び参加し、矢野夫妻とも再会し、撮影しました。実は、この題材に取り組み出した当初は、矢野トヨコさんを中心にした映画をつくろうと思っていたのですが、再会した頃にはトヨコさんの病状はかなり悪化されていて、入退院を繰り返していました。なので、トヨコさんを中心に追いかけるのは考え直し、とにかく他の被害者の人達のインタビューを進めていくことにしました。それで、2006年頃から、知り合った被害者の方々の自宅にまで伺い、ビデオで聞き取りをするようになっていきました。

その頃は、あくまでカネミ油症の被害についてに絞った作品をつくろうと思っていました。しかし、インタビューをしていくと、被害の話だけでなく、被害にあってからどのような人生を送ってきたかなど、いろいろな話が取材した人達の口から出ました。それを聞き直してみると、こうしたそれぞれの人生の話はカネミ油症と別のこととしてあるのではなく、それぞれの方の中で結び付いてあるのではないかと思えて来て、こうしたいろいろなエピソードを盛り込んだ方がより立体的にカネミ油症被害とはなんであるのかも浮かび上がらせることになるのではないかと思えて来ました。特に、カネミ油症を体験したことによって、食生活や食に対する意識がどのように変わったかを語る被害者の方達の話は、食品公害とは被害者にとってどういうものなのかを示唆しているもののように思えて来ました。そこから、カネミ油症とは決して過去の問題ではなく、今に繋がる身近な食の問題なのかもしれないと考えるようになりました。そうした視点を入れてまとめたのが現在の『食卓の肖像』という作品です。

最後に、土本典昭監督に間接的に関わることをもうひとつ、付け加えておきます。『食卓の肖像』の製作中、メインの出演者のひとりである、カネミ油症の未認定被害者、重本加名代さんが、福岡県から東京に、国会議員などに訴えるために上京してくることがありました。その様子も撮影したのですが(完成した作品にはこのシーンは使っていませんが)、この重本さんの上京の際、いろいろと段取って頂いた方が、水俣病の支援活動をされてきた堀傑さんでした。この堀さんに、自分は土本監督の水俣病の映画を見たことがきっかけになり、ドキュメンタリー映画を志すようになり、いま、このカネミ油症の作品を制作しているという話をしたところ、堀さんは、私は、土本監督の助監督をしていたと言われたのです。堀さんは、『水俣 —患者さんとその世界—』の助監督をされていた方で、その後、水俣病の支援活動をずっと現在まで続けている方だったのです。私は、間接的にですが、土本監督とのご縁を感じ、体が震えました。もちろん、こちらの一方的な片思いなのですけれども……。

 

 【作品情報】

『食卓の肖像』
103分/デジタル/2010年

製作・監督:金子サトシ 
撮影:内野敏郎/金子サトシ/福本淳 
整音:伊藤裕規 
スーパーバイザー:土屋豊/Our Planet-TV
協力:カネミ油症被害者支援センター/原田正純ほか

証言者:真柄繁夫/真柄ミドリ/渡部道子/矢野忠義/矢野トヨコ/重本加名代/重本澄代/中内郁子/中内孝一/中内健二/公文喜久恵/矢口哲雄/高山美子

配給:『食卓の肖像』上映委員会/オムロ

【公開情報】

2013年4月6日(土)より新宿、K’s cinemaにてモーニングショー
(連日、午前11時より)上映!

 公式HP:http://www.shokutaku.ne.jp

 【監督プロフィール】

金子サトシ
1965年生まれ。大学時代に、早稲田大学シネマ研究会に所属し、8ミリ映画制作を始める。卒業後、記録映画監督でシナリオライターの浅野辰雄氏に師事し、多くの自治体の文化財記録映画やPRビデオ、企業のPRビデオなどに助監督として就く。2000年より『食卓の肖像』を自主製作でつくる。現在、日本記録映画作家協会事務局長、カネミ油症被害者支援センター運営委員、「被爆者の声をうけつぐ映画祭」実行委員、日本映画復興会議幹事。独身。