今年の「北京独立映像展」のポスター。前年の中止の告示がデザインされている。
以前から、このワールドワイドnowでも何度か中国のインディペンデント系映画祭が政府の圧力によって中止に追い込まれたという記事を書いているが、今回はその続きである。
中国では今年の政府指導者交代の前後から、言論に対する取り締まりが強くなっており、ネットで一言政府に悪態をついただけで逮捕されたといった事例がいくつも起きているが、映画の上映に対しても締め付けが厳しくなっている。
昨年の11月、中国で最大のインディペンデント映画祭である南京の「中国独立影像年度展」が開幕前日に中止を発表した。今年3月には雲南省昆明市の「雲之南紀録影像展」が、やはり直前になって中止になった。いずれも、公式な中止理由は「会場の問題」といったあやふやな表現だが、わかる人にはそれだけで表立って言えない理由であることは理解できる。
「雲之南」に参加予定だったある監督は、開催数日前に中止の連絡を受けたものの、他の監督たちがとりあえず行くと話していたため、昆明へ向かった。実は「雲之南」が中止にされたのはこれが最初ではなく、2007年もある作品が原因で開催できなかったことがあったのだが、その時はゲストたちを近くの大理市へ移動させ、身内だけで上映会を開いていた。そのため、今回のゲストたちも同様に別会場で上映が行われることを期待していたようだ。実際、主宰者たちはゲストを連れてまた大理へ移動した。しかし、その間もずっと当局の人間が付いてきて監視を続け、映画上映は1本たりとも許さないという姿勢だったため、結局ゲストたちは1週間一緒に遊んだだけで終わったそうだ。
この2つの映画祭は、会場が南京大学や雲南省図書館といった政府機関であり、主宰者も公立の大学や研究機関に務めるいわば公務員である。なので、作品選びも慎重で、政府が目くじらを立てそうな作品は最初から選ばれない。だからこそ10年間も続いてきたのである。しかし、以前と同じことをしていながら、ここに来て急に圧力が強まった。
かつて私が在籍していた栗憲庭電影基金がやっている北京独立影像展(昨年の北京独立電影展から改名)は、2011年から政府に中止させられるようになり、その都度地下上映に切り替えて続けてきた。当然今年も開催が難しいことが予想されていたし、事実、作品募集を始めた春頃から当局の呼び出しを受け、開催させないと言われ続けていた。それでも8月に強行開催した。ほかと違って強引にでも開催できてしまうのは、この電影基金が純粋な民間組織で、いわば失うものが無く、会場も自前の上映室なので余計な気遣いをする必要がないからである。作品も艾未未(アイ・ウェイウェイ)の作品を選ぶなど、かなり確信的で、挑発的でさえある。
もっとも、彼らも政府と正面衝突したいとまでは考えていないので、初日は開幕式だけで、上映はしないことにした。電影基金のアートディレクターである王宏偉(ワン・ホンウェイ)氏によれば、開幕日は特に政府側から中止命令などは出なかったという。しかし、来場していた中国人客の一人が、上映が行われないことを知ると、ネットの英字メディアに「中国インディペンデント映画が死んだ」などと書いたため、日本でもツイッターなどで広まっていたようだ。これについて王宏偉氏は「記事は正確ではない。我々は取材も受けていないし、誰かが勝手に書いただけだ。当日、政府の人間は来ていたが、ビデオカメラを持って現場の撮影をしていただけで、特に何も言われなかったし、非常に順調だった」と話していた。
彼らは映画祭2日目から、事務所内に設けられた2ヶ所の上映室(うち1つは新設された、わりと本格的な上映ホール)ですべての作品を上映し、予定通り全日程を終えた。ただ、やはり大っぴらにイベントを行うことはできず、あくまでも身内の上映会という形式である。当局の人間も入って来て偵察はしているものの、特に何も言わなかったらしい。
この映画祭ではドキュメンタリー部門、フィクション部門、実験映像部門があり、今年はそれ以外にインドネシア映画とイラン映画の特集があった。イランの女性ドキュメンタリー監督もゲストとして訪れている。ドキュメンタリー部門には賞が3つ設けられており、今年の受賞作は艾未未監督の『平安楽清』、『馬先生の診療所』で知られる叢豊(ツォン・フォン)監督の『地層1:来客』、呉文光(ウー・ウェングアン)のワークショップでドキュメンタリーの撮り方を習った農民の賈之坦(ジャ・ジタン)監督の『一打三反在白雲』の3本が受賞している。それぞれ日本円にして数万円の賞金が出たとか。
ひっそりと内部イベントとしてやっているだけなら、艾未未が授賞式に参加しようが、政府も見て見ぬふりをするらしい。ただ、このようなイベントでは観客も年々少なくなっており、もはや映画祭と呼べるかどうかは微妙である。それでも監督の旅費などで総額300万円ほどの予算を使ったというのだから、なんとも勿体ない話である。
個人的には、このような内輪のイベントをするより、もっと多くの、それも新しい観客を呼び込むことが重要だと考えている。例えば私は昨年11月から今年5月にかけ、日本のインディペンデント映画の上映イベントを中国8都市で開催した。11月といえばまだ領土問題に端を発した反日デモの影響が強く、街を走る日本車が車体のマークにガムテープを貼って隠していた時期だったが、政府から中止要請を受けることもなく(どの会場にも必ず当局から監視は来ていたが)、大勢の観客に来てもらって、無事に全日程を終えることができた。これまで上映活動をするグループがいなかった都市でも、このイベントをきっかけに毎月インディペンデント映画の上映会が開催されるようになり、今では同じ都市にライバルグループまで出現したという。こういう話を聞くと、北京で地下上映をすることより、外に出ていって新たな可能性を広げることのほうが有意義である気がする。
ただ、やり方には気をつけなければならない。北京独立影像展は、全国9ヶ所の会場で各地の自主上映グループと共同開催することを発表していた。栗憲庭電影基金が各都市の自主上映グループに呼びかけ、同じプログラムを同じ期間に上映することにしたのである。栗憲庭電影基金にしてみれば、同時多発テロのように各都市で一斉に上映すれば、知名度も上がり、政府の注意力も散漫になるとでも考えたのかもしれない。ただ、政府が許さないと警告しているイベントを他の都市でもやると宣伝すれば、政府としてはそれを取り締まらないわけにもいかない。
結局、成都などの都市では、会場となっていた店に当日警察が押し寄せて、中止させられてしまった。ここ数年間、何の支障もなくインディペンデント映画の定期上映会をしてきた地方都市の若者たちのグループが、これがきっかけで今後の活動まで難しくなってしまったのである。一方、多くのグループを巻き込んだ栗憲庭電影基金の方は、予定通りの内部上映をひっそりやっただけである。これでは、地方のグループが栗憲庭電影基金の政治パフォーマンスに利用されたと言われても仕方がない。
いずれにせよ、南京、昆明、北京と、これまで主要だったインディペンデント映画祭はどれも中止か地下に潜るかに追い込まれるかしており、今後数年間はこのような状況が続くだろう。2007年から5回続いた重慶の映画祭も、昨年は開催されなかった。ただ、小さな上映会や、1本ずつ定期的に上映するようなイベントは、むしろ地方都市で増えてきている。また、インディペンデントな映画をプログラムに混ぜつつ、メジャーな作品と一緒に政府の金でやる派手な映画祭も出てきている。個々の作品にとっては、上映の機会は以前よりむしろ増えてきていると言えるだろう。独立映画祭の主宰者たちは、如何にして自分たちのポリシーを守りつつ多くの観客に映画を届けるかという難題に直面している。
【執筆者プロフィール】
中山大樹 なかやま・ひろき 中国インディペンデント映画祭代表
近年は中国で生活しながら、日本や中国のインディペンデント映画の上映活動をしている。現在、11月30日からオーディトリウム渋谷で行われる「中国インディペンデント映画祭2013」の準備のため、日本に一時帰国中。
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【期間】2013年11月30日(土)-12月13日(金)
【会場】オーディトリウム渋谷
【公式サイト】http://cifft.net/
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