【Review】夢なるものの本質性——『夢は牛のお医者さん』 text 皆川ちか

©TeNY

大ヒット上映中!まっすぐに夢を追った少女の 26 年間に密着したドキュメンタリー叶う?叶わない!? 感動の物語から見えてくる、「夢」の意味とは?

人間は「物語」を求めずにはいられない。

小説や映画、マンガに音楽、TVドラマといったフィクションはもちろん、歴史的事実すなわち史実や事件・事故、ニュース、そしてドキュメンタリーといったノンフィクションからも、私たちは「物語」を求めずにいられない。

物語とは、言い換えれば「人生」である。

私たちは自分の生を一度しか持つことができない。そのために、もしかしたらあり得たかもしれない別の人生を疑似体験したくて物語を求める。実在の人物を対象としたドキュメンタリーの場合、ノンフィクションであるだけに、そしてその対象者の人生を追っているだけに、物語性はより強まる。本人が望もうとも、望まなくとも「物語」がひとり歩きしてしまう危険さえ孕みつつ。

本作品はその題名が示すとおり、牛のお医者さんになる夢を抱いた女の子の物語だ。

彼女が小学3年生、9歳の頃から撮影がはじまり、小学校卒業、大学受験、獣医師国家試験合格、就職、結婚、そして現在と、四半世紀もの年月をかけて、カメラは彼女の人生の節目節目を追い続けてきた。

もともとは映画ではなく、彼女の地元である新潟県のテレビ局、テレビ新潟でのローカルニュースの継続企画だった。過疎化の進んだ山間の小学校が、牛をクラスメートとして入学させたという出来事。もうあと数年したら廃校になるかもしれない。「ならば、廃校まで密着していこう!」(プレス資料「監督のことば」より)。その狙いで立てられた企画が、いつしか彼女の夢の方へシフトしていったというわけだ。

それには原因が、そうならざるを得なかった理由があるはず。

当時、監督は児童たちに将来の夢を訊ねていた。ある男の子の夢は「おもちゃ屋さん」。ある女の子の夢は「サルまわしの調教」(個人的にここ、ぐっときましたな~)。そして彼女の夢は「獣医さん」。

地方都市の、いずれ廃校になる学校へ通う農家の子ども、それも女の子が獣医師になりたいという夢。

©TeNY

それを聞いた人ならば、監督だけでなく、だれもが思ったことだろう。

その夢は叶わない。

小説や映画、マンガに音楽、TVドラマといったフィクションにおいて夢を扱った作品ではあまり明かしていないけれど、実のところ、夢は叶えにくい。

環境やタイミングなど不可避的なものごとが、本人の頑張りではどうしようもない困難さが、夢には常につきものだ。

実際、私たちは夢を見る前に、まず現実に直面し、多くの夢は叶えられることなく、ひっそりと葬られていく。本作の冒頭で、土の下から掘り起こされるタイムカプセルのように。

彼女の夢も遠からず、葬られるだろう。

監督だけでなく、だれもが(このニュースシリーズをリアルタイムで見ていた視聴者も)そう思ったはずだ。

だからこそ、彼女の夢が叶うことを願った。

私たちは「物語」を求めずにはいられないから。

夢は叶わないということを、物語が成立することの難しさを、私たちは知っているから。