【Review】…そしてサッカーは続く『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』text 清水 亘

アメリカ領サモアの弱小チームがW杯ブラジル大会予選で初勝利を目指す
典型的な“感動の実話” がそれでも熱く観られる理由とは?

『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』はアメリカ領サモアのサッカー代表チームを追ったドキュメンタリーである。

原題は”Next Goal Wins”で、つまりは「じゃあ次に点取ったチームの勝ちな」という草サッカーなんかで宣言される適当なルールのこと。まあこんな言葉をかけてあげたくなるくらい、ハンパなく弱いサッカー代表チームの姿がこの映画にはあった。どこか滑稽であり、悲愴でもあり、勇敢でもあるこのチームの姿は、サッカーの本質そのものであり、いつのまにか僕はこのチームに引き込まれ、気付けば涙を流していた。

サッカーに興味なんてない、サッカーなんて嫌いだ、ワールドカップの大騒ぎはもう勘弁してくれ・・という人も多いだろう。僕は熱心なサッカーの観戦者だが、レプリカユニフォームを着たり、大声を出しながらみんなでテレビを見たり、渋谷のスクランブル交差点に近寄りたいとは思わない。だから、ああいった日本の狂騒がある種の人々をサッカーから遠ざけているだと思うと、少し寂しい気持ちになる。集団的、非日常的な熱狂はサッカーの一部ではあるが、全部ではない。サッカーには熱狂とはほど遠い日々の営みと、ゲームの積み重ねと、ほんの少しの勝利における高揚感がある。世界中で蹴られるボールの多くは、スーパースターもスポンサーも関係なく、もっと慎み深く、静かに人を楽しませている。だから、サッカーが好きな人はもちろん、そうでない人にもこの映画が届くといいなと思った。

この映画の主人公、「アメリカ領サモア」の代表チームが戦うのも、ワールドカップ本大会の華やかさとはかけ離れた、オセアニア地区の予選だ。オーストラリア代表がアジア地区に異動した今、オセアニア地区は事実上ニュージーランドの1強であり、そのニュージーランドにしても大陸間プレーオフで南米、北中米、アジアの予選の敗者である強豪チーム(今回の相手はなんとメキシコだった)に勝たねば本大会に進むことは出来ず、まあ言ってしまえばどれだけ頑張ろうが、最初からほぼワールドカップ本戦に進むことは絶望視されている地区予選だ。

その中でもFIFAランク最下位で、2001年にはオーストラリアに0対31で負けているという断トツの弱さを誇るチームがこのアメリカ領サモア代表チームだ。正直この映画を観るまで、「サモア」と「アメリカ領サモア」の違いも知らなかったし、いくらFIFAには国だけでなく「地域」でも参加出来るとはいえ、5万人ちょっとの人口で「代表チーム」があるというのは驚きだった。しかし政治的にはアメリカ合衆国の一部であっても、「アメリカ領サモア」としてチームを作ることの意味が、おそらくは存在しているのだろう。それは「イギリス」というサッカー代表チーム存在せずにイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドそれぞれのチームがあるのと同じく、「国家」とはまた違うレイヤーの帰属心に関係する。

映画の中のアメリカ領サモア代表チームはとにかく弱い。国は貧しく、有望選手は島外に働きに行ってしまう。当然全員がアマチュアであり、練習は仕事が終わってから。しかしアメリカサッカー協会から派遣されてきたプロフェッショナルな新監督は、チームを強くするために思い切った策をとる。そして地区予選での初勝利を目指す・・・というのが映画の内容だ。

映画はとにかくあざといほどに感動的だ。なんの見返りもなく、ただ純粋にワールドカップ予選の出場という名誉のために走る選手たちはみなキュートでカッコいい。

ポリネシアの「第三の性」に属するジャイアは女性として振舞う男性で、素晴らしい持久力と反応力を持ったディフェンダーでもある。米軍に所属しているのに、有給休暇を使ってチームのために帰ってくる若き名選手、おじいちゃんがサモア出身というだけで代表チームに加入するセミプロ、アメリカでの仕事を放り投げてチームに戻ってくる伝説のゴールキーパー。皆良い顔をしている。カメラはそれを余す所なく撮影している。オランダ人監督が話す個人的なエピソードも涙を誘う。美しいスローモーション、転がるボール、流れる汗・・・まるでCMのように爽やかな映像が否応無しに僕らを感動させる。

・・・それはそれとして、だ。優れたドキュメンタリーは自らが語ろうとすること以上のものを語ることがある。この映画にしても、文部省推薦ならぬFIFA推薦的なサッカーの素晴らしさの宣伝映画的側面と、そこからは外れてしまう影のような部分が垣間見える。

現代の十分過ぎるほどに商業化され、研究された「サッカーチームのつくり方」はこの映画を雛形として様々な規模のチームに応用出来る。それはつまり、優秀な人集めや金集めの能力が、チームの強化に直結するということだ。どれだけ綺麗事を並べようが、現実的には、底辺にいるチームほどそういった強化策は即効性があり、目に見えて強くなる。僕らが涙する「感動」も、現実的な方法論とその実践によって実現された「成果」だったりする。

同時に「ドキュメンタリー映画のつくり方」としても、見事なまでに本作は当たりくじを引いている。製作者たちは「世界記録の大差で敗れたチーム」というキャッチーさからカメラを回し始めた。そして、ジャイヤをはじめとした極めてユニークなプレイヤーたちと熱血監督という、演出されたかのようなチーム構成。カメラは素直にそれをキラキラと映し出す。そしてその輝きは同時に、第三の性を持つことで海外で苦労したジャイヤ、軍隊に行かざるを得なかったFW、監督業で決して華々しい成果をあげて来られなかったオランダ人監督らの過去、そしてアメリカ領サモア自体の貧しさも丁寧に拾い上げ、見る側に「影」の部分も強く意識させることに成功している。

だからこそ考えてしまうのだ。そもそもこの一連の「感動ストーリー」の発端はなんだったのか?と。それは0対31の敗戦ではなく、2009年に発生したサモア沖地震だった。傷ついた島を癒すため、アメリカ領サモアサッカー協会はアメリカサッカー協会に援助を求め、その要請を受けてプロの監督であるトーマス・ロンゲンがやって来る。逆に考えると、津波の被害がなければアメリカサッカー協会が、この貧しい島に援助をすることなど無かったのでは?と思ってしまうのはひねくれ過ぎだろうか。(更に言うならば、サッカーが巻き起こす熱狂はしばしば、国が都合の悪いことを隠す格好の装置としても機能する。まあアメリカ領サモアの場合は規模が小さすぎてその心配は無さそうだけど・・・)

しかし、その「好機」を彼らは掴みとった。資金難で潰れるチームもあれば、大富豪がオーナーになって突如としてビッグクラブになるチームもある。この場合、アメリカ領サモアのサッカー協会は、津波という天災への見返りとして、アメリカ協会の援助という好機を得たのだ。2013年にやってきた千載一遇のチャンス。それは、負け続けたけれどもやめなかった者たちだけが掴めるチャンスだった。

だから、どんなにひねくれて穿った見方をしようが、やはりこのチームの物語は人々を感動させ、勇気づけるだろう。なぜあれほどまでに屈辱的なゲームが続いても、彼らはやり続けたのか、その本質に触れたくなるだろう。現実はどこまでも間接的にサッカーを支配するが、最終的なゲームの行方だけはコントロールすることは出来ない。99%負けると思っていても、100%でない限りやる価値はある。そう言い聞かせながら、10年以上国際試合で負け続けたこのチームは、それでも試合をすることをやめなかったのだ。FIFAワールドカップ2014 本大会、そのピッチにアメリカ領サモア代表は余りにも遠い。ただ、そこには断絶ではなく「遠さ」のみがある。「遠さ」であれば、いつかは近づけるかもしれないという希望の言葉。それがこのチームが語りかけてくるものだった。

オセアニア地区一次予選。終了間際、相手チームの決定的なシュート。それをブロックするために、脚を伸ばすディフェンダー。その一瞬、映画館のスクリーンに向かって息を飲むような瞬間が訪れる。それはおそらく今年6月にブラジルで見られるであろうスター選手たちのスーパープレイや、渋谷の街の狂騒とは似ても似つかない、静かで、しかし荘厳な瞬間である。そしてその両者には、断絶ではなく、距離と相似の関係がある。そう信じているから、どのチームも全力で予選を戦っている。

そしてサッカーは続く。どれほど負け続けても、”Next Goal Wins”の内なる声を聞きながら、また次のゲームへと向かい、次のゴールを狙う。サッカーは人生のようだ、という喩えは陳腐すぎるが、それ以上の喩え方を知らないのもまた事実だ。そのようになぞらえでもしない限り、この、どうしようもなく酷いことが起きたり面倒くさかったりする人生をやり過ごす術はない、と多くのサッカーファンは考えている。Next Goal Wins. なんとまあお気楽で、希望にあふれた言葉ではないか。それがいかに現実から遠く離れた言葉だとしても、そのような言葉は、負け続ける人がいる限り有効である。

映画の中に、印象的なシーンがある。招聘されたオランダ人監督が、アメリカ領サモアのなかで一番高い(と言っても多分標高数百メートルくらいの)山に登るシーンだ。辺境の島が世界の中心になる瞬間。美しい海を眼下にして誇らしげな彼の姿は、世界の王様にでもなったようだった。どんなに低い山であっても、頂上に登りたいと思わなければそこに立つことは出来ない。「世界最弱」のチームを率いる彼の顔はとても凛々しかった。

 

【映画情報】

『ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』
(2014年/イギリス/英語、サモア語 /カラー/98分/原題:NEXT GOAL WINS)

監督:マイク・ブレット&スティーブ・ジェイミソン 
出演:アメリカ領サモア サッカー代表チーム、トーマス・ロンゲン監督
配給:アスミック・エース

写真はすべて©Next Goal Wins Limited

5月17日(土)より 角川シネマ新宿ほか全国順次ロードショー

公式サイト:nextgoal.asmik-ace.co.jp

【執筆者プロフィール】

清水 亘(しみず わたる)

会社員。たまに映画レビューを書いたりもしています。
FC東京サポーター。