HMD京都2013に提供された8ミリフィルムの一部
「ホームムービーの日」とは
皆さんは「ホームムービーの日」(Home Movie Day、以下HMD)をご存知だろうか。家庭に眠るホーム・ムービーとアマチュア映画を持ち寄り、地域の人々と楽しむ国際的祭典である。ユネスコが定める「世界視聴覚遺産の日」(10月27日)の前の、10月第3土曜日に世界中で開催されている。聞き慣れないイベントかもしれないが、2014年度には12回目を迎え、10月18日(土)を中心に国内じつに18会場で催された[i]。
ホーム・ムービーは、誕生日や家族旅行など特別な日に撮影される、家族による家族のための映画である。今ではデジカメが多用されているが、約30年前までは、富士フイルムのシングル8という規格の8ミリフィルムカメラでの撮影が主流だった。しかし、1977年以降のビデオの台頭により、フィルムや映写機は次第に押し入れの奥へと追いやられた。多くのフィルムが引越などの機会に捨てられてしまったであろう。
ホーム・ムービーは家族のごく私的な映画であると同時に、市井の視点から地域の記録をおさめた20世紀の文化遺産でもある。ホーム・ムービーの保存と活用の重要性を唱えるために、MoMAのケイティ・トレーナー氏をはじめとした映画保存研究者らがHMDを2002年に制定した。第1回HMDは、2003年にアメリカ、カナダ、メキシコ、日本で開催された。
東京都文京区にあるNPO法人映画保存協会(旧・スティッキーフィルムズ)が、初年度から日本でHMDの普及に努めている。映画保存協会理事の石原香絵氏は、2003年の春にアメリカの友人からHMDに誘われ、日本での開催を決めた。2003年度の開催地は、福岡と豊橋のみ。石原氏は豊橋の老舗ジャズ喫茶で、約20人の観客同士で持ち寄ったフィルムを見ながら、会話を楽しんだという。ここからHMDの活動に関心を持つ人々の輪が少しずつ広がっていった。第10回を迎えた2012年度には、世界17カ国95カ所、国内19会場で開催される規模にまで普及した。カフェ、教会、神社の境内や商店街のアーケードなど多様な空間で開催されている。また、神戸映画ドキュメンタリー映画祭や宝塚映画祭は地域に密着した活動の一環としてHMDを取り入れている。
(HMD京都2014の様子。「チルコロ京都」にて)
HMD in京都
HMD京都2012への参加をきっかけに、私は世話人の柴田幹太氏と知り合い、2013年度から主催に携わっている。柴田氏は2011年から京都会場の世話人を務めている。きっかけは、イタリアに留学していた2006年、サン・ジミニャーノで開催されたHMDの参加だそうだ。家庭映画国立アーカイブを持つイタリア独自のHMDに触れた柴田氏は、仕事で映画フィルムに携わりながら、2011年からHMDに取り組み始めた。2011〜2012年度は焼肉屋「いちなん」、2013年度は「いちなん」に加え、「立誠シネマ」、そして2014年度はコワーキングスペース「チルコロ京都」でHMDを開催した。
京都会場は、主に口コミによりフィルム提供者と出会ってきた。2013年度には、300本以上の8ミリフィルム(シングルとレギュラー)が集まり、撮影時期は1950年代後半から1980年代前半のものが多かった。多くがサイレントで、1960年代後半からカラーの比率が高くなった。フィルムの状態調査では、フィルムの経年劣化により酢酸臭がするフィルムもあったが、幸いほとんどが良好な状態であった。
HMDはあくまでもフィルム保存促進の活動であり、上映後すべてのフィルムを提供者に返却することを前提にしている。東京近代美術館フィルムセンターのように、何百年もの間フィルムを良質の状態で保存できる設備を持たない世話人が、ホーム・ムービーのコレクションを目指すべきではない。そのため、「フィルムを捨てないでください」というメッセージと一緒に、家庭でできるフィルム保存の方法を説明して、上映後は提供者にフィルムを返却する。同時に、HMD京都では、フィルムの内容を把握していない提供者のために、作品タイトルや撮影日付などの情報を記載した目録の作成も行なっている。
(大阪芸術大学の太田米男教授に提供された映写機。HMD京都2012にて)
HMD京都の上映作品について
カメラに向かっておどける幼少期の自分の姿を恥ずかしがるフィルム提供者。運動会にて裸足で駆け回る園児たちに感銘をうけるマラソン愛好家。梅小路機関区の最後のSLが走る姿に唸る鉄道愛好家。HMD京都では、3歳から70歳近くまでの観客の間に会話が生まれ、笑い声と静寂が心地よい映画受容空間が育まれる。
『ドリームランドの一日』(1973)では、奈良の遊園地での夫婦の様子が映る。撮影者であった夫の方を向いて、はにかみながら彼の演出に応える奥さんの姿が微笑ましい。水辺に並んで座る夫婦の背中を固定カメラで映す画に、「まるで小津の『東京物語』のようだ」と会場が盛り上がったのは面白い反応だった。
過去の京都の街並を映した作品は、若い世代の観客にとって現在の街並との興味深い差異を示してくれる。例えば、1978年以前の京都の街並を撮影した作品に路面電車が頻出すると、若い世代の観客は驚いた。また、景観規制が緩やかだった時代に祇園祭を撮影した作品から、四条通や河原町通の街並には大きな企業看板が多くあったことが分かる。
フィルムの修復とテレシネを専門にする吉岡映像の吉岡博行さんの協力により、音声マグネ付きであった『国立博物館 他』(1966)の音を再生することに成功した。父が撮影した作品に、幼い頃兄弟でアフレコした思い出を話す提供者から「とても懐かしかった。ありがとう」と言われたことは世話人として大きな収穫となった。
終わりに—HMDで広がる地域とのつながり
HMD京都の活動は地域とのつながりをも生み出す。龍谷大学の松浦さと子教授による「ふしみふかくさコミュニティアーカイブ ふかくさ町家シネマ」では、学生が深草や伏見稲荷地域から8ミリフィルムを集め、地域の人々に向けて上映会を開いている。古い映像と地域の思い出の共有を通して、若い世代の学生が歴史や慣習をより理解し、地域活性化を図る試みである。私たちHMDの世話人も学生との情報共有と交流を行なっている。
もちろん、HMDは家庭内でも行なうことができる。しかし、フィルムが撮影された地域の人々と共有することで、きっと新しい発見があるはずだ。皆さんも家庭に眠るフィルムを持って、ぜひHMDへ参加してみてはいかがだろうか。2015年度のHMDは、10月17日(土)に開催予定である。
[i] 国内開催地については映画保存協会のHPを参照。http://filmpres.org/project/hmd/hmd01/
【執筆者プロフィール】
久保豊 Yutaka Kubo
1985年徳島生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程在籍。日本学術振興会特別研究員DC1。関心分野はホーム・ムービー、日本映画(木下惠介)、クィア映画である。主な論文に、“The Function of the Semi-Private Sphere in Home Moviemaking and Exhibition”(CineMagaziNet!18号)、「ホーム・ムーヴィー史における映画作家と観客の相互生成論——横山善太監督『幸せな時間』(2011年)のテクスト分析」(CineMagaziNet!17号)などがある。