2月24日の記者発表に集まった、コンペティション部門に入選した台湾人監督たち
第10回台湾国際ドキュメンタリー映画祭
コンペティション部門ノミネート作品発表
「現代的なテーマに根ざし、ドキュメンタリーの新境地を拓く」
第10回となった「TIDF台湾国際ドキュメンタリー映画祭」は、2月24日、各コンペティション部門にノミネートされた作品を発表した。本映画祭は、台湾文化部影視及流行音楽産業局の指導のもと、財団法人国家電影中心の主催によって行われるもの。2か月に渡る一次選考を経て、インタナショナルコンペティション、アジアインサイトコンペティション、台湾コンペティションの各部門のノミネート作品が選ばれた。文化部の禚洪濤副局長があいさつに立ち、同時に、台湾部門でノミネートされた監督に証書が授与された。
ノミネート作のうち、黄亜歴監督の『日曜日式散歩者』(Le Moulin)と陳界仁監督の『残響世界』(Realm of Reverberations)は目を見張る表現で、インタナショナル部門と台湾部門に同時ノミネートとなった。両監督は非伝統的なドキュメンタリー映画の監督で、黄監督は実験映画を、陳監督は現代アートとの関わりが深い。
また、蘇弘恩監督の『霊山』(The Mountain)と郭亮吟・藤田修平監督の『湾生画家—立石鉄臣』(Wansei Painter Tateishi Tetsuomi)はアジアインサイト部門と台湾部門に同時ノミネートされており、後者の作品はTIDFがワールドプレミアとなる。
一次選考委員だった詹正徳氏は、会見の中で、ドキュメンタリー映画は社会の重要な財産であり、長期的な積み重ねによってこそ、台湾映画にさらに影響をもたらしていくと述べた。
現代的なテーマに注目し、新境地を拓く
〜インターナショナルコンペティション部門・アジアインサイト部門
インターナショナル部門にノミネートされた15作品はすべてアジアプレミア。これらの作品では、形式的な美しさだけでなく、叙事詩的な観点から豊なイマジネーションにあふれ、内容にも多様な社会の現実や人々の境遇が反映されている。
オランダからの出品作『Those Who Feel The Fire Burning』では、ヨーロッパの難民問題に焦点をあて、海に落ちた難民の身体的な感覚や視点から出発する実験的な手法で、難民の命という政治的に新たな視座を切り開いた。
『Covered with the Blood of Jesus』では、ナイジェリアの石油を扱う多国籍企業が現地に及ぼす影響に焦点をあて、弱肉強食ともいえる現代のグローバル経済において、弱者がどのように社会階級のループを突破していくかをきっちりと描く。
『A Family Affair』は、反ファミリー映画ともいえるファミリー映画だ。監督は95歳の祖母にカ向け、家族の間での愛憎を探り出し、撮影者と傍観者という瀬戸際の倫理に挑戦している。
アジアのドキュメンタリー映画は、その複雑な歴史・文化や殖民地という文脈と素朴な制作環境から逃れがたいが、映し出される映像は魅力と生命力にあふれている。ノミネート15作品のうち、東南アジアと南アジアの作品は4作品。潜在的なパワーが漲る作品は、軽視などできない。
『Murmurs from the Somber Depths of Sta. Mesa』では、フィリピン社会の周縁を見つめながら、人の境遇へのケアにかすかなポエトリーが醸し出される。
『Cities of Sleep』(中文題:夜寐之城)では、辺境の町にフォーカスしつつ、眠る場所を探すホームレスからはインドの底辺にある生命力、さらにその境遇と情緒を現している。
中国の張贊波監督の新作『大路朝天』(The Road)では、高速道路の建設現場で起こった作業員の事故、争い、闇組織の介入によって、中国発展の夢という時代の寓話を垣間見せる。
『Welcome to Playhouse』は韓国の女性監督が、子どもっぽくも粋な手法で、若い世代の女性が伝統的な女性像と向き合う際に起きる衝突と不適応の本質を描く。インターナショナルプレミアとなる。
※編者注:この他、日本からは小田香監督『鉱』(あらがね =yidff2015で上映)、小林茂監督『風の波紋』がノミネート。
郭亮吟・藤田修平監督『湾生画家—立石鉄臣』=アジアインサイト部門と台湾部門に同時ノミネート
歴史を振り返り、国境を越えた作品が己を突破する
〜台湾コンペティション部門
台湾コンペティション部門への参加作品は200近くに上り、厳しい争いとなったが、最終選考で15作品がノミネートされた。バラエティに富んだ作品は、環境、国家や民族の歴史、アート、文化といったそれぞれの題材にかかわらず、全体的に細やかに描かれている。
黄亜歴監督の処女作となった長編ドキュメンタリー『日曜日式散歩者』は、フィルムを撮影したもので、大量かつ何度も刻まれたテキストなど実験的な手法を通して、日本統治時代の台湾で創立された超現実主義の「風車詩社」の辿った、花火のような運命を再構築している。
郭亮吟・藤田修平監督の作品『湾生画家—立石鉄臣』では、現代的な目線で、植民地と戦争が台湾の現代アートと文学に与えた影響を振り返り、広い視野から湾生というテーマを打ち出す。
生態記録のスペシャリスト、柯金源監督の最新作『海』(Ocean)では、30年を費やし、よく知られるニュースをドキュメンタリーという形式を通じて、台湾の海洋問題を詩的な探求へと脱皮させている。
李念修監督の『河北台北』(Hebei Taipei)と李立劭監督の『南国小兵』(Southland Soldiers)は、忘れられた歴史や戦争における苦難の記憶、また国家や民族への望郷の念を抱く人の姿に迫る。
ビデオ機材による作品の多いアーティスト、陳界仁監督の作品『残響世界』は、楽生療養所を題材とし、国家や社会が入居者の身にもたらす暴力を、映像という目に見える形へと変化させた。
『挖玉石的人』(Jade Miners)は趙徳胤監督がミャンマーのルビー鉱山労働者の境遇に注目し、彼らの姿を誠実に描いた作品で、民族の記録映画に近い。グローバル化によってもたらされたマージナルな人の日常の苦しみと痛みが映し出される。
呉耀東監督の『戲台滾人生』(Rolling on the Stage, Rolling for Life)は、台湾の民族戯曲の世界に入り込み、現代国家文化の政治的なパワーにおかれた歌仔劇の劇団の盛衰を記録している。
黄信堯監督の『雲之国』(Cloud Nation)では、日本の沖縄県与那国島をレンズに収め、島とそのすべてが織りなす美しい映像詩が生み出されている。
ドキュメンタリー映画によって真実を明らかにし、社会的な思考を続けてきた李恵仁監督は、『蘋果的滋味』(The Taste of Apple)で、台湾の発展における過程で伝統メディアの問題を整理し、台湾メディアの生態を映し出した。
ベテランのドキュメンタリー監督勢は新作で社会への関心を示しつつ、ドキュメンタリーの新たな地平を表しており、さらに新進気鋭の若い監督もノミネートを果たした。
林婉⽟監督の『台北抽搐』(TPE-Tics)では、実験的な手法によって被撮影者である黄大旺のもつ独特の魅力を引き出している。
廖建華監督の『末代叛乱犯』(The Last Insurrection)は密度の濃いインタビューや歴史、文学をひも解きながら、90年代に発生した「独台会事件」を再現する。
盧彦中監督の『就是那個声音』(Once Upon A Time When Robin Hood Grew Old)では、「義賊廖添丁」の物語を伝え、台湾数百万人のリスナーを魅了したパーソナリティー、呉楽天を主役に、かつて戒厳令を経験し、それに抵抗した前の世代への敬意が表されている。
李珮毓監督の『有⼀天都要説再見』(Still Life)では、年齢による成熟を超えたところでの、肉親の愛とその死の暖かな記録である。
蘇弘恩監督の『霊山』は、今では見ることの少なくなった、こだわりのフィルムによって、長年、原住民部落に暮らしてきた祖父に始まる、同じエスニックグループの広がった島の歴史と文化が撮影されている。
これらは、台湾の若き制作者が、家族や国家、歴史に向き合い、内省し、解釈を加え、また人の心に宿るかすかな何かにも丁寧に配慮した作品ばかりだ。
第10回「TIDF台湾国際ドキュメンタリー映画祭」は2015年末に応募が締め切られた。117の国と地域から届けられた作品は1,700本に及び、過去最高となった。
今回の一次選考では、台湾の映画界、ドキュメンタリー映画界を代表する映画人をはじめ、学者、映画評論家、映画祭の代表など計16人が参加した。選考委員は以下、王君琦、林明⽟、洪淳修、呉俊輝、奚浩、陳佳琦、陳斌全、陳俊蓉、陳亮丰、黃建宏、黃奕瀠、詹正徳、孫松栄、鄭秉泓、呉凡、林木材の各氏。
評価や選定のポイントは、ドキュメンタリー映画の美学における新境地を試みているか、またテーマの深さやオリジナリティをもった視野であるかどうか、という点である。
審査委員によれば、「今年ノミネートされた作品は難民の流入、資本主義のグローバル化、弱者へのケア、反政府への革命などの現代的なテーマを扱っている。作品としての美学的な新境地も拓かれ、本質的で斬新な思考と定義がなされている。伝統的なヒューマンヒストリーや歴史ドキュメンタリーとは相対していても、観る人を明るいほうへと向かせる表現がある」とコメントしている。
映画祭は5月6日〜15日まで、台北の新光影城、光點華山映画館などで開催される。詳しくは公式サイトへ(http://www.tidf.org.tw)。
(訳=田中美帆)