【Report】ベルリン国際映画祭〜近年の傾向とヨーロピアン・フィルム・マーケットの現在 text 植山英美

ベルリン国際映画祭メイン会場

ベルリン国際映画祭に行ってきた。海外にドキュメンタリー映画を紹介、販売するという仕事をしているので、年初のロッテルダムやベルリンではじまり、カンヌから、秋は釜山、東京とアジアのマーケットと、世界を巡る映画祭サーキットで、顧客や映画祭プログラマーと面談するのは何よりも重要。ベルリン併設の映画見本市の取引高や参加人数は、2ヶ月後に開催されるカンヌに及ばないが、映画祭本体の来場者数は世界一。社会派の作品を重視する傾向がある。

今年のベルリン国際映画祭コンペティション部門にて最高賞にあたる金熊賞を受賞したのは、イタリアのジャンフランコ・ロージ監督によるドキュメンタリー映画『FIRE AT SEA(英題)』だ。ドキュメンタリーが強いとされるベルリン、昨年の受賞作品『Taxi』はドキュ・フィクション。ロージ監督は、2013年度のベネチア国際映画祭で70年の歴史上初めてドキュメンタリーとして金獅子賞を受賞した経歴を持つ。

今年は『FIRE AT SEA』と米国のアレックス・ギブニー監督作『Zero Days(原題)』の2本がコンペに選ばれ、パノラマ部門では17本、フォーラム部門では実に19本のドキュメンタリー作品が上映された。子供映画を対象としたジェネレーション部門では7本、料理映画を対象としたキュイナリー部門においても14本と、その存在感は大きく、ドキュメンタリー専門のセールス会社にとっても大きなビジネス・チャンスの場となっている。

金熊賞を取った『FIRE AT SEA』は、イタリア最南部、アフリカ大陸とイタリア本島の間に位置するランペドゥーザ島に、大勢の難民たちが押し寄せ混乱が深刻化している様を描いた作品。短編部門でも台湾に渡ってくる経済難民問題を扱った作品がアウディ特別賞を受賞、銀熊賞にはパレスチナ難民を描いた作品が選ばれた。

2015年度のカンヌ映画祭の最高賞にあたるパルムドールも、難民が主役の映画『ディーパンの闘い』が取った。ヨーロッパではやはり身近な難民問題。作り手は賞のみを意識して選んだ題材ではないだろうが、映画祭のトレンドとして求められているトピックには違いない。

また福島を題材としたドイツ映画『フクシマ・モナムール』が「国際アートシアター連盟賞」と優れたドイツ映画に贈られる「ハイナー・カーロウ賞」をダブル受賞。一方日本から福島や東北大震災を扱った作品は上映されておらず、現地の批評家から「日本はもう忘れてしまったのか」と聞かれることもあった。

ベルリン国際映画祭併設の映画見本市・ヨーロピアン・フィルム・マーケット(European Film Market)内に、ヨーロピアン・ドキュメンタリー・ネットワークという非営利団体が大きなコーナーを占め、製作者と映画祭とのマッチング、世界中の様々な配給会社を呼んでのパネル・ディスカッション、VOD の勉強会などを主催。毎夕にカクテル・パーティも行われた。

映画祭・マッチングでは、アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭や、コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭、HOT DOCS と3大国際ドキュメンタリー映画祭を始め、世界四大映画祭のひとつであるモスクワ国際映画祭などの大御所も参加し、製作者が直接ミーティングを申し込み作品を売り込んだ。ただし1人3度しか正式なアポイントを取ってもらえないシステムなので、あとは先方の隙をついて面談に持ち込む。ハードルは低くないが、各映画祭の傾向を直接知るいい機会であった。

国際ドキュメンタリー映画祭のプログラマーたちにとって、年間相当数製作されている日本の作品には興味がある。特にフード映画の需要が大きくなっている今、それらを扱った長編が待たれているが、あまり応募がないそうだ。ロシアのドキュメンタリー映画祭のプログラマーが「昨年の日本からの応募本数は5本だった」と言う。「なぜ海外に出てこないのか」とたくさんの映画祭担当者に聞かれたが、なぜだろう。ある程度国内で需要があるというのも理由の一つかもしれない。自身明確な答えを返せなかった。

配給会社の代表を招聘したパネル・ディスカッション

海外配給会社のパネル・ディスカッションも興味深かった。ドイツのFirst Hand filmsや 仏のCat &Docs などのドキュメンタリー作品一筋のセールス会社と、『チョコレート・ドーナッツ』などを保有する、Celsius Entertainment という英国のセールス会社が壇上でやり合う場面があった。Celsius はフィクションを多く扱い、ドキュメンタリーに重きを置いていない会社。「どの映画祭に出すのがいいですか?」との司会者の質問に「サンダンスが最も重要で、続いてトロント、カンヌ」とセールス担当が答え、それには「カンヌで上映されたドキュメンタリー映画が、高価で売れた話は聞いたことがない。サンダンスを重要視するのは北米だけ。あなたは市場をわかっていない」と、ドキュメンタリー業界では一番の老舗であるCat &Docs の代表が噛み付いた。

かようにドキュメンタリー映画業界は特殊で、映画祭の優先順位はフィクションと全く違う。またヨーロッパと米国の市場が重要視する映画祭も違う。米国ではサンダンスが最も重要だが、ヨーロッパでは断然アムステルダムだ。

別の日程では、仏のwide house、英のDogwoof など近年販売実績を大きくしているドキュメンタリー配給会社の代表が登壇した。

「今やトレンドは4K、5.1チャンネル。それ以外は販売しない」と言い切る。ミニシアターの経営が圧迫されている現状は何処も同じで、今日映画祭で評価されても劇場での興行は厳しく、TV放映やVOD(ビデオ・オン・デマンド)を含めての契約が主流だ。その中でも日本の市場はまだまだ魅力的のようで「劇場向けドキュメンタリー作品を高額で販売できる余地があるのは日本だけ。ただしPR費が高く付くので、採算が取れる作品を選んでもらうのは難しい」との声が出た。大手が買い取れば、相場の何倍かで売れることもあるそうだ。

ミニシアター興行が振るわない中で、どの国の独立系作品のセールスも年々厳しさを増すが、それでもドキュメンタリーは「キテる」と映画人が口を揃える。劇場は同様でもVOD市場では圧倒的に優位で「作品収集に腐心している」と、当のVOD会社のバイヤーが漏らしていた。「2年前まではいかに子供映画を集めるかを競ったが、今はドキュメンタリー」『アクト・オブ・キリング』や『二郎は鮨の夢を見る』など、ヨーロッパや米国を舞台にした作品のみならず、アジアをテーマにした作品が近年ヒットしたこともあり、幅広いジャンルに広げてこそビジネス・チャンスがあると見込んでいるようだ。「作品を集めるために”オンライン映画祭”を主催し、そこで出会った作品に声をかける」。より多くの作品をラインナップすれば、ヒットする作品に出会う確率も広がると考えている。そのためには手段をいとわない。

日本の作品も多く上映されるフォーラム部門に異変が起きている。先鋭的な作品を上映する部門で、インディペンデント系を好むと言われているが、前衛すぎる作品も上映されるため、「この部門で上映された作品の市場価値が落ちている」と配給会社がささやき合っていた。映画祭に出品させ、価値を高めて価格を上げたい海外セールスにとって、独立したテイストを持つこの部門を避ける傾向がある。果たして各映画祭のトレンドを汲み取り、販売してくれるセールス会社は映画作品にとって不可欠な存在だが、日本では一般的に認知が薄く、ここは当事者である我々が結果を出して啓蒙していくしかない。

ヨーロピアン・フィルム・マーケットでは、ついにバイヤー登録者数が昨年を割り、例年の2割程度も少なかったという。ベルリンの人気に陰りが出ているのか、それともオンラインでの取引が主流になってきているのか。

実際面談しても、作品はネットを利用して閲覧してもらう場合がほとんどだ。9ヶ月前のカンヌ・マーケットではまだまだDVDサンプルを求められたが、今回に至っては、ほとんどの会社や映画祭でDVDがNG。この傾向はますます加速していくこととなるだろう。こちらの荷物も軽くなって助かるが、いよいよ映像マーケットそのものの存続も怪しくなってきた。

ダイナミックな時代の移り変わりの間にいるのは間違いない。

図書館を利用。美しいヨーロピアン・フィルム・マーケット(EFM)の内部

【執筆者プロフィール】

植山英美 Emi Ueyama
兵庫県出身。20年以上を米国ニューヨーク市で過ごし、映画ライターとして多数の国際映画祭にて取材。映画監督、プロデューサー、俳優などにインタビュー記事を発表するかたわら、カナダ・トロント新世代映画祭のプログラマーを務める。2012年日本帰国後は、映画プロデューサー、海外セールスとして、国際映画祭における日本映画、ドキュメンタリー映画を紹介、販売するなどの海外展開を手がける。

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