【Review】「アンバランス」な愛と法 text 丸山友美・中山裕貴 (コミューンプラス)

マイノリティや社会的弱者を社会の一員として認めるよう呼びかけるドキュメンタリーが日本では大半を占めるなか、戸田ひかるの『愛と法』は、弁護士夫夫(ふうふ)の日常を映して、彼らの感じている日本社会の息苦しさと生きづらさを実直に描いている。同性婚を法律で認める国が増える一方、日本は、2015年6月にようやく東京都渋谷区で同性カップルにパートナーシップの証明書を発行する条例が成立したところだ。それは、条例レベルのものではあったが、日本でやっと公的に同性カップルの存在が認められた瞬間だった。本作が国際映画祭で数々の栄誉を受けているのは、そこにたどり着くのすら容易ではない、日本社会の複雑さを赤裸々に見せているからだろう。マイノリティに対する理解や法整備が急速に進んでいる社会から見れば、日本の歩みは亀よりも遅い。本作は、日本社会がそうした動きに追随できない理由を正面から映している。

本作の主人公である弁護士夫夫の南和行(カズ)と吉田昌史(フミ)が、他者と対話する場面は見ものだ。カズが講師をつとめる「憲法カフェ」で、血縁関係あるいは法的な根拠がない同性カップルは、「家族」ではないと受講者に断言されるシーン。弁護する依頼人の相手方家族に、「国籍はなんですか」と問われ、フミがその差別的な言葉に声を荒げるシーン。こうした弁護士としての二人の日常から透けて見えるのは、彼らと面と向かって対話しようとしない日本社会の姿勢であり、どのようにして彼らが社会の周縁に追いやられているのか考えようとしない、想像力の欠如した日本社会の実情だ。

そのことに気づかされるのは、互いを支え合い「家族」としての二人の日常がスクリーンに表れる時だ。温かい食事を支度し、傷ついた心を癒すように背中をそっと撫で、今日の出来事を報告しあう束の間の時間。それはとても穏やかな、生活者としての二人の日常である。けれど、二人の築いた「家族」の形は、現在の日本の法律では認められていない。では、目の前のスクリーンに映し出された二人の日常をどんな言葉で名指したらよいのか。本作は、弁護士と生活者という二人の日常を見せることで、社会の周縁に追いやられた人々の生きる現実に迫っている。

本作には、彼らが弁護する「君が代不起立裁判」や「ろくでなし子裁判」、「無戸籍者裁判」の経過がそれぞれ記録されている。この三つの法廷闘争は、思想の自由、表現の自由、基本的人権の保障について法的な境域を議論しているという意味で、現代日本の重要な記録である。とりわけ、「君が代不起立裁判」で不遜な態度を貫いた裁判官に対し、カズとフミが憤る姿を映した場面は、この作品の魂そのものだ。二人はそこで、司法に不信感を募らせながら、それでも法律に期待せずにはいられないのだと語る。その姿から示されているのはおそらく、法という「枠組みから外れた個人の権利は、守られなくて当然」だとする当たり前に対し[i]、法の境域や解釈について対話を続けるかぎり、何度でも当たり前を修正できる、「のりしろ」のある日本社会への期待だろう。

このように意義ある映画だからこそ、いくつかの部分を補うと作品の主題がもっとよく理解できるようになるように思う。

戸田は、この映画で「『基準』とされるところから少し外れると、とたんに生きづらくなってしまう、日本社会の現実」を描こうとしたという[ii]。そのような意図で撮られた作品を見ているうち、二人がなぜ「弁護士夫夫」という生き方を選んだのか知りたくなった。なぜ、二人は生きづらい日本社会に愛と法の両方が必要だと思ったのか。このような部分を丹念に描くことによって、作品の主題である日本社会の息苦しさや生きづらさにもっと迫れるはずだ。そうすると、それぞれの生き方と社会のしくみとの間でもがき苦しんでいる人たちが、弁護士夫夫に助けを求める理由も見えやすくなる。

二人が弁護士夫夫になった経緯は、すでに、書籍『僕たちのカラフルな毎日』(2016年、産業編集センター)に綴られている。だからあえて描かなかったのかもしれない。その結果として、本作のタイトルは「愛と法(Of love & law)」としているが、二つは「&」と簡単につなげられるようなものではなく、「アンバランス」なものであることを露呈させている。

この映画をぜひたくさんの人に見てもらいたい。そして、映画を見た人に聞きたい。本作のテーマである「愛と法」はどのようにつながることができるのか。そして、カズとフミはなぜ弁護士夫夫になったのか。私たちにいま足りないのは、互いを尊重した「対話」なのだから。

※この原稿は、丸山と中山が二人で話し合ったものを、丸山が文章にし、それに中山が目を通し、修正してまとめたものである。

写真は全て © Nanmori Films


[i] 「ゲイ弁護士カップルを追った3年間—ドキュメンタリー映画「愛と法」が描く日本の生きづらさ」『yahoo!ニュース』(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170102-00010003-bfj-soci&p=3; 2018年9月19日閲覧)

[ii] 「ゲイ弁護士カップルを追った3年間—ドキュメンタリー映画「愛と法」が描く日本の生きづらさ」『yahoo!ニュース』(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170102-00010003-bfj-soci&p=3; 2018年9月19日閲覧)

【映画情報】
『愛と法』
(2017年/94分/日・英・仏/DCP)
原題:Of Love & Law

監督:戸田ひかる

プロデューサー:エルハム・シャケリファー 撮影監督:ジェイソン・ブルックス 編集+アソシエイト・プロデューサー:秦 岳志
音楽:前田雄一朗 共同プロデューサー:エステル・ロバン・ユウ 音響:ヴァネサ・ロレナ・テイト
製作:Little Stranger Films/Hakawati
製作協力:Chicken & Egg Pictures/Les films du Balibari/Postcode Films
出演:南 和行 吉田昌史 
   南 ヤヱ カズマ ろくでなし子 辻谷博子 井戸まさえ 山本なつお

9/22(土)より大阪 シネ・リーブル梅田、9/29(土)より東京渋谷 ユーロスペース
ほか全国順次ロードショー

公式HP
http://aitohou-movie.com/

【筆者プロフィール】

丸山友美(まるやま・ともみ)
専門は、メディア文化史研究。現在執筆している博士論文では、占領期から現在までのNHK大阪や在阪民放の営みに注目している。2017年、オモローをテーマにした研究者コミュニティ「communeplus」を設立。
HPは https://communeplus.themedia.jp

中山裕貴(なかやま・ゆうき)
専門は、メディア文化史研究。現在執筆している博士論文のテーマは、日本のバラエティ史。国際映像プロデューサーとしても活動中。2017年、オモローをテーマに研究者コミュニティ「communeplus」を設立。
HPはhttps://communeplus.themedia.jp