後編:女性監督の活躍とそれぞれの“越境”~注目作品紹介
前編では、大阪アジアン映画祭(以下OAFF)とその変遷について触れ、OAFFの特色や他映画祭にはない試みを紹介してきた。
特別招待作品部門、コンペティション部門のアジア最新映画や、インディ・フォーラム部門のアジアインディペンデント作品など、製作規模、製作国、現地での上映状況も多種多様なアジア映画が網羅されたOAFFの10日間。Q&Aやトークセッションでは映画製作の裏話や各国映画業界事情が語られ、大阪にいながらにして、アジア映画の潮流をまさに肌で感じる日々だった。まずは、今年のOAFFに密着した中で、女性監督の活躍、越境の視点で注目した作品を取り上げる。次に、個人的に印象に残る3本(『裏話 監督が狂いました』、『卵と石』、『GF*BF』をご紹介したい。
■リー・ユー監督(中国)をはじめとする女性監督の活躍
映画祭開催前までは意識しなかったものの、いざ始まってみると女性監督の活躍ぶりが例年以上に体感できる年となった。1人目は中国のリー・ユー監督だ。2011年の深田晃司監督特集に続き、「リー・ユーの電影世界」と題して特集企画が組まれた。上映作品は、初めてファン・ビンビンとコンビを組んだ『ロスト・イン・北京』、コンビ2作目で2010年東京国際映画祭最優秀女優賞(ファン・ビンビン)、最優秀芸術貢献賞を受賞した『ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅』、コンビ3作目にして中国で興行収入15億円のヒットとなった最新作『二重露光~Double Xposure~』の3本だ。
有名監督の大作にも出演しているファン・ビンビン。私は美人女優という印象しか持っていなかった。しかし、『ロスト・イン・北京』で都会の片隅で生きる化粧っ気のない下町娘を奔放に演じるファン・ビンビンを目の当たりにし、これまでの彼女に対する私の印象はガラリと変わった。リー・ユー監督作品では、濡れ場も辞さず、等身大女性の生々しい表情を見せるのだ。
ファン・ビンビンの演技がさらに冴えわたるのは、『ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅』。大学に行かず、親ともうまくいかない若者3人組は、元京劇女優の家で下宿をしはじめる。刹那的に生きる若者と、息子を失い、孤独の闇にいる女性の魂が交差する秀作ヒューマンドラマだ。額でビール瓶をかち割ったり、女同士でキスをして見せるファン・ビンビンは、希望の持てない現代を生きる若者のありあまるエネルギーを体現した。一方、香港の名女優シルヴィア・チャン演じる孤独を背負った女性像が、真実味をもって胸に迫る。主人公たちが向かう聖地ブッダ・マウンテンへの旅は、やみくもに走り続ける私たち現代人に、一度立ち止まって人生を見つめなおす意義を教えてくれた。
※『ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅』は、(※9月28日(予定)から渋谷ユーロスペース、K’s cinema、他全国順次公開)
日本初上映の『二重露光~Double Xposure~』は、非常に野心的な作品だ。前半はサスペンス調で、ファン・ビンビン演じる主人公が恋人に裏切られ、追い詰められた女の狂気を露わにする。後半は一転し、自身の幼少時代のトラウマに向き合い、父親と対峙する「旅」へと向かっていく。過去2作以上にファン・ビンビンにひたすらキャメラを向け、愛憎や封じ込めた過去に苦悩する内面の感情を全て引き出し、凄味を感じる作品だった。
孤独な女性の生きざまに焦点を当てながら、公安に過激と指摘される性表現や、拝金主義、生活格差などの社会問題をブレずに描き続けるリー・ユー監督は、中国の今を一番赤裸々に映し出すフィクション作家と言えるのではないだろうか。
紹介したい女性監督の2人目は、初長編作品『親愛』が見事グランプリを受賞したリー・シンマン監督(中国)だ。『親愛』は企画から完成まで4年を費やし、リー・シンマン監督が脚本も担当している。中国残留日本人孤児の養母亡き後、ユー・ナン演じる主人公の前に、中国農村部から出てきた実の母と名乗る老婆が突然現れる。仕事が多忙で育児もままならない主人公の焦りをよそに、息子はどんどん老婆と親しくなっていく。生活水準の全く違う、怪しい老婆を目の前に孤軍奮闘するユー・ナンの苦虫を噛み潰したような表情が、少しずつ変化していき、静かな感動を呼ぶ。女性監督ならではの繊細な表現で、血のつながりを超えた「母性」の物語を端正に描いた作品。日系企業勤務という設定のため、ユー・ナンは日本語のセリフを披露している。また、家族ですし屋に行き談笑するシーンもあり、日常レベルで日本との関わりを感じさせる情景が織り込まれていたのが新鮮だ。中国映画で中国残留日本人孤児問題に触れること自体珍しく、親日的とも取れる内容だが、中国で5月3日から劇場公開が決定した。OAFFで世界初上映を果たし、グランプリを受賞した中国映画が、本国でどんな評価を受けるのか注目したい。
3人目は、ABC賞と来るべき才能賞(主演女優ホアン・ペイジア)の2冠に輝いた『ポーとミーのチャチャ』のヤン・イーチェン監督(ジム・ワン氏と共同監督、台湾)だ。うり二つの双子女子高生が恋やクラブで自身のアイデンティティー探しにもがく青春ストーリー。オーディションで「体力がある」と抜擢された新人ホアン・ペイジアの一人二役ぶりや、好きな子が好物のメロンパンを日々机に差し入れる台湾男子のアタックぶりなど、等身大高校生の姿が映し出されているキュートな作品だ。私自身が日本一似ていない双子の親なので興味津々だったが、両親があまり話に絡んでこなかったのが少し残念(超個人的な視点ながら…)だった。
※『ポーとミーのチャチャ』は、5月17日(金)25:34~朝日放送にて放送<関西圏のみ>
4人目は、インディ・フォーラム部門で来場したホアン・ジー監督(中国)だ。プロデューサー・撮影・編集、そしてプライベートでもパートナーの大塚竜治氏と来場。作品については後程触れるが、赤ちゃんと3人で舞台挨拶に臨む姿に、育児をしながらでも映画を通じて世界と関わりを持ち続ける女性映画人の逞しさを肌で感じ、非常に嬉しく思った。これらアジアで活躍する女性監督に加え、パン・ホーチョン監督に見いだされ、観客賞受賞作『恋の紫煙2』、『低俗喜劇』で小説家から脚本家に転身したジョディ・ロッ・イーサムさんと、『低俗喜劇』に主演した香港女優、ダダ・チャンさんの来場が、大阪の春を華やかに彩ったことも追記しておきたい。
■それぞれの“越境”
インディ・フォーラム部門の今年のテーマとなった“越境”は、OAFF他部門にも通じるテーマとも言える。製作国という視点では、今年初めてキルギス映画とイラン映画が上映され、プログラムに新たな広がりをもたらした。
特に『誰もいない家』は、主人公の少女がキルギスの田舎からモスクワ、パリと自分の居場所を求めて転々とする、まさに“越境”を地でいく物語だ。少女は不法労働、養子縁組を目的とした出産など、生きるために手段を選ばず、一人で人生を切り開いていく。いわゆるいい人、助けてくれるような人は全く出てこない。乾いた映像の中、苦境を乗り越える主人公の屈強さと不敵さに驚かされるロードムービー。どこを彷徨っても居場所が見当たらない空虚な若者たちの姿が、鮮烈な印象を残す。撮影中のヌルベク・ユゲン監督に代わり来場した脚本のエカテリーナ・ティルダトヴァ氏は、舞台挨拶で本作に秘められたテーマは「心の中が空っぽになってしまった人」だと語っている。若者たちが心満たされず生きにくい世の中になっているのは、もはや世界的な風潮なのだと痛感する作品だった。
他にもリム・カーワイ監督(マレーシア)は、香港、ソウル、大阪のミナミと3つのロケ地で、5か国語が飛び交う、無国籍大阪映画『Fly Me to Minami~恋するミナミ』を作り上げた。また、昨年OAFFで来るべき才能賞を受賞したNamewee監督(マレーシア)は、香港のン・マンタと台湾ベテラン歌手カオ・リンフェンをキャスティング。持ち前の音楽センスと映像センスを存分に発揮し、パンチの効いた音楽格闘技ムービー『カラ・キング』で会場を沸かせた。同じくマレーシアのバーナード・チョウリー監督は、自身初の海外ロケ作品となる『イスタンブールに来ちゃったの』を製作、ほぼ全編をトルコで撮影している。トークセッションでチョウリ―監督が語った「家族とのつながりが強いため滅多に一人旅をすることのないマレーシアの女性にエールを送る作品に仕上げた」という製作エピソードから、マレーシアの文化や女性が置かれている状況を垣間見ることができた。
■注目作紹介
『裏話 監督が狂いました』
原題は“Behind the camera”。本来カメラの後ろにいるはずの監督が映り込んでいるこの作品は、「『短編映画を撮影する』映画を作る」という設定のみが決められた疑似ドキュメンタリーである。撮影現場に着いた出演者やキャストは、「イ・ジェヨン監督はLAに滞在し、Skypeのテレビ電話を通じて遠隔から指示を出す」と聞かされ、「え~、うそ~~~!」と場内騒然。監督がいないことをいいことに皆好き放題言うわ、応援に来た監督たちからも「ありえない」的な言葉が飛び出し、全くもって穏やかではない。監督不在に怒りと諦めが入り混じる撮影現場の生々しい様子は、仕組まれたコメディーより断然面白い。一方、劇中劇で撮影された映像が編集して挿入され、ドキュメンタリーの中にフィクションを重ねていく。観客は、俳優たちの「演技をしている表情」と、「劇中劇の演技をしている表情」、そして「演技をしていない表情」の境界線を行き来する。この時点でもう頭の中が混沌としてくる。幾多の危機を乗り越えたラストは劇中劇、Skypeを通した映画撮影、そしてそれらを全て映しているメイキング映像のトリプルカット(撮影終了)という離れ業をみせ、「なんだかスゴイ!」と鳥肌が立った。上映後のQ&Aで、イ・ジェヨン監督は「17台のキャメラを使用し、延べ撮影時間は270時間に及んだ。撮影は3日間だが、編集期間は8ヶ月に及び、(脚本準備期間がない代わりに編集に時間がかかる、)普通の映画とは逆のプロセスを踏んでいる」と語っている。また、「出演者の中には、本当に映画が完成するのか疑心暗鬼で、こちらから連絡をしてもしばらく連絡が取れなかった人もいた。映画の完成後ようやく連絡がとれたが、そういう俳優との信頼回復に努めるのが大変だった」と実験作ならではの苦労があったことも明かした。監督とは一体どういう存在なのかを確認するため、自らにカメラを向けてみせたユニークな着眼点と、未来の映画作りを見据えたかのような試みはフィクション作家ならではのドキュメンタリー風作品を極めていく予感に満ちている。
『裏話 監督が狂いました』“Behind the Camera”
(2013年/韓国/85分)
監督:イ・ジェヨン(『スキャンダル』)
出演:ユン・ヨジョン、キム・ミニ、キム・オッピン、パク・ヒスン、カン・ヘジョン
http://www.oaff.jp/2013/program/compe/02.html
『卵と石』
冒頭から、少女がトイレで物も言わずじっとあるものを見つめている姿に、私はただならぬ気配を感じた。女性監督ならではの表現で、少女に起こった体の大きな異変と重大な秘密がいきなり突きつけられる。母が出稼ぎへ行くため、少女は一人叔母夫妻の家に預けられる。もう7年間一人ぼっちで、助けを求めたくても相談できる相手もいない。少女の孤独な葛藤をじっとキャメラが捉え、私は少女のやり場のない心情を掴みとろうとする。『卵と石』は、まるで観る者が映画と対話をしているような深淵な作品だ。上映前の楽屋でお会いした前述のホアン・ジー監督(中国)は、自身も8歳の頃農村に預けられて暮らしたという。「幼少時代に受けた性的虐待を映画的に表現することで、(自身のトラウマに)向き合うことが本作を作る動機」と語った。世界中で消えることのない性的虐待を描くため、徹底的に少女の内面に向き合い、中絶シーンも目をそらさず描く。静かな作品に秘められた勇気に圧倒される。また少女の内面や隔離された農村生活を、ワンカットワンシーンで丹念に描写。暗いトーンの映像から、少女が暮らす田舎の閉塞感が痛切に伝わってきた。「時に、人間の心は卵のように温かく、石のように硬くなる」と変化しやすい少女の心情に置き換えて表現したというホアン・ジー監督。そのふんわりとした愛らしい雰囲気からは想像できない強い意志と、個の体験を掘り下げて普遍的な世界を表現する姿勢は、これから制作予定の農村女性三部作にも引き継がれていくことだろう。
『卵と石』“Egg and Stone 鶏蛋和石頭”
(2012年/中国/101分)
監督:ホアン・ジー
出演:ヤオ・ホングイ、シャオ・ピンガオ、リウ・シャオリン
http://www.oaff.jp/2013/program/indie/index.html
『GF*BF』
1985年戒厳令下の高校生時代から現在までの約30年間に及ぶ3人の男女の恋と闘いの日々を瑞々しく描いた大人のラブストーリー、『GF*BF』は今年のOAFFでも大人気を博した。本当に恋する相手はホモセクシュアルで、自分のことは友達以上に思ってもらえない悲しい恋のヒロインを演じた主演のグイ・ルンメイ。20代後半の彼女だが、ショートヘアで男子と悪ふざけする高校生時代から、ぐっとファッショナブルになった大学生時代、そして大人の表情を見せる社会人とそれぞれの時代を象徴する女性像を違和感なく演じきった。まさにその時代に生き、恋をし、涙を流した大人女子が、かつての自分を重ねたくなるような存在なのだ。共演のジョセフ・チャンはグイ・ルンメイ演じるヒロインが高校時代から想いを寄せ続ける男子役で、ホモセクシュアルな男性の悲哀を見事に表現し、観る者を大いに惹きつけた。
3人の一方通行な恋を描くにあたって、背景となっている各時代の社会的な出来事を丁寧に物語に反映させており、台湾の自由への闘いの歴史の一端を垣間見ることができる。1990年といえば、日本ではバブルが成熟期を迎えており、私も社会人になりたてでその恩恵を少なからず受けていた頃だ。しかし本作で描かれている台湾の1990年のエピソードでは、日本の学生運動がピークに達した1960年代後半の風景のように、大規模な学生運動のシーンが盛り込まれている。警官隊が取り囲むなか、大学前に大勢の学生が集まり、緊張状態が高まる。学生運動団体がスピーカーで自由を叫び、警官隊と一発触発になる光景が繰り広げられ、正直驚いた。1997年のエピソードではホモセクシュアル同士の華やかな結婚パーティーが盛り込まれ(当時実際に話題になったそう)、急速な自由を手にした台湾の変貌ぶりが見て取れる。そして、2012年のシーンでは女子高校生になった主人公の娘たちが「制服のスカートは履きたくない!」と自由を求めて立ち上がっている。時代を超えて台湾人の“闘う遺伝子”を表現するところに、ヤン・ヤーチェ監督の強い意志を感じる。
台湾人としてのアイデンティティーを大事にしながら、ハリウッドや大陸映画の大作にはない持ち味を映画という手法で表現するヤン・ヤーチェ監督に出会えたことは、今年のOAFFに携わった中でもうれしい出会いの一つだった。
※5月開催の『アジアンクィア映画祭』@シネマート六本木にて上映予定。
『GF*BF』“GF*BF 女朋友。男朋友”
(2012年/台湾/105分)
監督:ヤン・ヤーチェ
出演:グイ・ルンメイ、ジョセフ・チャン、リディアン・ヴォーン、チャン・シューハオ、レナ・ファン、ティン・ニン
http://www.oaff.jp/2013/program/screening/05.html
【執筆者プロフィール】
江口由美(えぐち・ゆみ)
映画ライター、Webライター。兵庫県加古川市生まれ、現在宝塚市在住。大阪ヨーロッパ映画祭(08~10)、大阪アジアン映画祭(09~)でボランティアスタッフを務める。10年より「シネルフレ」ライターとして活動中。
関連記事:【Report】アジア映画の潮流を肌で感じる10日間@第8回大阪アジアン映画祭(前編)text 江口由美