【Interview】『特集、ドキュメンタリー。』新宿K’s cinema 酒井正史さん、家田祐明さんインタビュー

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都内でドキュメンタリーを定期的に上映する劇場として、「ポレポレ東中野」や「オーディトリウム渋谷」、「UPLINK」と並ぶ存在である「新宿K’s cinema」。いま「特集、ドキュメンタリー。」と題して、これまで「K’s cinema」で公開されたドキュメンタリー映画22本が一挙に上映されている。
ドキュメンタリー映画を目当てにいろいろな劇場に通ってきた私も、この劇場には、気がつくと自然に足を運ぶ機会が増えた、という感じだ。着実に良質のドキュメンタリーをみせてくれる、そのプログラミングの鍵はどこにあるのか。支配人の酒井正史さん、企画担当の家田祐明さんに話を聞いた。(取材・構成 佐藤寛朗/neoneo編集室)

——まずは「K’s cinema」の成り立ちをお聞かせいただけますか。

酒井  もともとは同じ場所に「新宿昭和館」という映画館がありまして、建物の老朽化で建て直さなければならなくなったのです。新しいビルを建てるにあたり、テナントを入れたのですけども、それまで映画館をずっとやっていましたから、やはり映画館も入れたい、ということで劇場を作ったんです。「新宿昭和館」は名画座っぽい感じだったんですけども、建物を新しくしたのを機に、単館ロードショーを始めることになりました。2004年のことです。

——「新宿昭和館」は、任侠ものをやる映画館ということで、有名な存在でしたよね。

酒井  でも、いかんせん建物が古かったので、事故があってはまずい、ということで閉館せざるを得なくなりました。私自身は、もともと「中野武蔵野ホール」にいて、その後は「新宿武蔵野館」で働いていたことがあったので、開設時に同じ町内の「K’s cinema」の経営者に声を掛けてもらいました。

家田 僕ももともと「中野武蔵野ホール」にいて、5年ほど前に、酒井に誘われてこの「K’s cinema」にきました。中野武蔵野ホールはラインナップに独自の個性があった劇場なので、同じような雰囲気を持った企画ができればいいね、という話を、今でも酒井とはよくしています。

—–中野ブロードウェイのそばにあった「中野武蔵野ホール」(2004年閉館)は、数少ない単館系、ということで、日本のインディーズ映画を中心に、独自の上映企画を展開していましたよね。私も『追悼のざわめき』(1988、監督:松井良彦)や『犬猫』8ミリ版(2001、監督:井口奈己)などを観にいった記憶があります。

酒井  あの頃は単館があまり無かったので、メジャー以外のものは、なかなか劇場でかかりづらい状況がありましたからね。ところが、様々な映画館ができて、単館は渋谷に行こう、というような流れができて、その役目を終えたところがありました。

——でも「中野武蔵野ホール」では、ドキュメンタリー映画を上映するというイメージはありませんでした。それが「K’s cinema」では、ドキュメンタリーを多く手掛けるようになりましたね。

酒井   正直、「K’s cinema」で、こんなにドキュメンタリー映画を上映することになるとは思っていませんでした。開設当初、映画館の色をどうつけるか、ということを考えた時に、ここは新宿なので、色はお客さんにつけてもらえればいいかな、と個人的には思っていました。いろいろな映画をやってみて、その中でヒットを出せれば、だんだん色がついていくだろう、と。ドキュメンタリーをメインにしようと常々思っているわけではなくて、時代がドキュメンタリーを求めていれば、それを反映しましょう、という方針です。最近ですよ、ドキュメンタリーが多くなったのは。

——ということは、お客さんを意識する時に、まず新宿という地域性を考えるのですか。

酒井   それは強くありますね。全てがある、というのが新宿の特徴ではないかと思っています。サラリーマンの方もいれば、バンドをやっている男の子もいる。演劇をやっている女の子もいれば、年輩の方もいるし、ファミリーもいる。渋谷と比べると、街を歩く人の幅が広い感じがします。なおかつ交通の便も良くて来やすい。客層的には、ほんとうに全部いる。そこが魅力です。

メインのものもあれば、ちょっとマイナーっぽいのもあるし、全部ひっくるめて新宿という街の空気が作られている。映画でも、シネコンのメジャーな作品がドーンとありつつ、そこからこぼれたものを拾っていけるのが新宿であり、「K’s cinema」ではないのかと。メインがちゃんとあることが実は重要で、メジャーなシーンがしっかりしていれば、脇も面白く見えてくるんですね。両方を対比して観るのも面白いですし、何より1日で観て回れますしね。メインだけを観る人、脇だけを観る人もいますけど、映画館というものは、メインと脇と、両方あった方が良いのかな、と個人的には思います。

駅から遠いと、劇場は「お客様を呼んでこなくちゃ」と知恵を絞りますけれど、うちは新宿駅から近いので、逆に「こういうものをやっていれば足を運びやすいだろう」という観点で幅広く手掛けよう、という気持ちでやっています。ですから、あまり色をつけたくないというか、「こんな映画をやりたいです」と言われた時に、「うちのカラーには合いません」という事は絶対に言いません。「面白ければ何でもやりますよ」という方針でやっていたら、いつの間にかドキュメンタリーが多くなっていました。

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——それでは、なぜ、ドキュメンタリー映画の劇場公開は増えてきたのでしょうか。劇場の立場からみて、どのようにお考えですか。

家田    ドキュメンタリーの題材自体が増えてきた、というのがあるかもしれませんね。事件性のある題材であるとか、あるいは震災などもありましたが、監督が撮りたいと思える撮影対象が、身の回りに増えたのでしょう。また、海外のドキュメンタリーも、劇映画に比べると配給コストが安いなどの複合的な要因がありますが、以前に比べると、ここ数年で公開されるケースが増えました。

酒井   映画館や配給・宣伝サイドから見ると、ドキュメンタリーというのは、ドラマより宣伝しやすい面があるのかもしれません、『いのちの食べかた』(2005、監督:ニコラウス・ゲイハルター、2007年公開)のように、「こんな食品工場があります」とか、あるいは『世界一美しい本を作る男〜シュタイデルとの旅〜』(2013、監督:ゲレオン・ヴェツェル、ヨルグ・アドルフ)のように「本の作り方です」とか、「こういうドラマがあって…」というよりは「こんなです!」と言い切れるほうが伝えやすい。最近はドキュメンタリーのほうが、新聞でとりあげられることが多いです。おそらくは、記事にしやすいのでしょう。新聞に掲載されると、年輩の方などが劇場に足を運ぶ動きに確実につながります。逆にドラマを伝えるというのが、昔より難しくなっているかもしれませんね。

——オールラウンドな展開を志す中で、ドキュメンタリーの上映を手掛けるきっかけとなった作品は何ですか。

酒井  『Little Birds-イラク戦火の家族たちー』(2005、監督:綿井健陽)ですね。イラク戦争が「終結」した直後の2005年にこそ、これはやるべきではないか、やってみたい、という意志がこちらにもありました。みんなが関心を持っているのかなと思ったら、意外にそうでもなかった、というところで、はじめ集客に苦労したりもしましたが、題材や人物で人が来る、というのは、ドキュメンタリーのひとつの強みですね。イラク戦争を題材にしたテーマとしては、かなり早い時期に公開された作品だったのではないかと思います。あの作品を展開したことで、ドキュメンタリーを配給する方からも、じゃあ「K’s cinema」さんで、と言ってもらえる動きに繋がりましたかね。当時は今ほど頻繁ではなかったですけど。
2005_littlebirds01            『Little Birds –イラク戦火の家族たち–』(監督:綿井健陽)©Watai Takeharu 

——今回は過去に「K’s cinema」で上映された22本を特集上映しますが、この時期に、まとめて振り返るプログラムを組まれた狙いは何ですか。

酒井  まずは、予定されていた新作が延期になってしまった、という現実的な理由があったのですが(苦笑)、代わりに、これまでうちでやってきたドキュメンタリー作品を改めて並べてみると、「ドキュメンタリー」というジャンルでひと括りにはできない、いろいろな人物を幅広く扱っていることに気づいたんです。であれば、このへんで、一度まとめてやってみたほうが、「バラエティに富んでいる」という感じを面白く見せられるかなと思いました。まとめて見せたほうが、逆に各作品の個性が際立つのではないか、と。

22本の作品には振れ幅がかなりあるので、どの作品から観てもらっても、もう一本いかがですか?と言える。お客様がどのように捉えられても、こう考えなくてはいけません、という作品がありません。見逃した作品や、お客様にとって全く興味のなかった作品でも、よし、観てみるか!という気持ちになってくれると、嬉しいです。

——確かに人物ものあり、硬派なドキュメンタリーもあり、外国作品もあり、音楽ドキュメンタリーもある。震災関連の作品もあるし…バラエティに富んでいますね。

酒井 22本も作品があると,お客様にとって必ず「何だこれは?」という作品が出てきます。昔の名画座感覚でいえば、3本立て上映のうち、2本は知っていても、残りの1本は全然知らなかった、でもそれが面白かった、という楽しさがありますよね。ドキュメンタリーに対して、ある種の固定的なしたイメージをお持ちになっているようなお客様でも、この作風は、いろいろある映画の作り方のひとつである、と思えるようになるのかな、と。

——ドキュメンタリー映画のお客さんの動きを見ていて、傾向の変化などはありますか。

酒井 ドキュメンタリーって、通常の映画ファンとはちょっと違って、できごとやものごとに関心がある方が多いですから、作品によって客層は違います。年齢層は、やはり高めの方が多いです。

ただ、ドキュメンタリーのお客様の垣根が、昔に比べてな軽い感じになった、というのはありますかね。以前に比べれば、若いお客様も増えています。90年代ぐらいまでは、ドキュメンタリーには問題意識がなきゃいけないとか、社会に訴えるものがなきゃいけない、というイメージがあったと思うのですが、最近は、淡々と状況を写すような作品でも、受け入れられるようになってきましたよね。

あとは、今までオッケーオッケーで進めてきたものに対して、疑問や不安を感じる方が多くなったと思います。昔のことを掘り起こして、本当に大丈夫なのか確かめてみようという方や、世の中には隠されたり、嘘をつかれていたりした事がたくさんあるのかもしれない、と考える方が増えたのではないですかね。若い人には、特にそういう志向があるような気がします。

——音楽ドキュメンタリーも結構上映されますね。

酒井 やっぱりある程度はファンがついているんで、一般のドキュメンタリーよりも楽しめる年齢層が広くなる、というのはありますね。レイトショーでもできますし、若い方にいちばん観てもらえるのが音楽ドキュメンタリーなのではないかな、と。今回も、遅めの時間帯は音楽ドキュメンタリーにしています。

家田 誤解を恐れずに言えば、『友川カズキ 花々の過失』(2010、監督:ヴィンセント・ムーン)や『ドキュメント灰野敬二』(2012、監督:白尾一博)なんかは、かつては劇場公開の映画にはなり得なかったですよね。『天皇ごっこ 見沢知廉・たった一人の革命』(2011、監督:大浦信行)の 見沢知廉さんや『長嶺ヤス子 裸足のフラメンコ』(2013、監督:大宮浩一)の長嶺ヤス子さんもそうですが、レコードでいうところの復刻盤を作るような形で、コアなファンのいる方々のドキュメンタリー映画が製作される時代になった。そういう意味では不思議な時代になりました。

99_2010_tomokawa01               『友川カズキ 花々の過失』(監督 ヴィンセント・ムーン)

——バラエティに富むラインナップのなかで、あえてオススメというか、おふたりの印象に残っている作品はありますか。

酒井 『ショージとタカオ』(2011、監督:井出洋子)は、長い期間カメラを廻していて、主人公たちは冤罪に対して闘っているのにどこか飄々として、仮出所した頃から、家庭を持ったりして顔つきが変わってくる。そのような変化がみられるのが面白かったですね。5年ぐらい撮り続けた作品はあっても、十数年も淡々と撮り続けて、それをひとつの作品にまとめるのは、純粋にすごい!と思いました。撮った素材だけで、莫大な量になるでしょうね。

あとは『アルマジロ』(2010、監督:ヤヌス・メッツ、2013公開)。あんなものがよく撮れたな、と。あれ、ドラマでしょう?戦争して、こんなことしていいのか!と。もっと評判になっていい作品だと思っています(笑)。

家田 『友川カズキ 花々の過失』は、たまたまライブハウスで特別上映されたものを、紆余曲折の末劇場公開に漕ぎ着けた、個人的にも思い入れが強い作品です。ファン層は私より上の世代が中心なんですが、作品としての評判を聞いたのか、若い人が友川さんに注目してきた、というのは感じましたね。これがきっかけにファンになった人も多いんじゃないですか。フランス人の監督で、画も凝った作りになっていますね。

あと、ずっと上映機会を探っていたものを、この機会にプレミア上映してみようという作品が『CRASS』(2006、監督:アレキサンダー・エ)です。「CRASS」という、イギリスのパンクブームで、セックス・ピストルズやクラッシュに刺激を受けたバンドが多く出てくる中、カルチャーシーンというよりもっとアンダーグラウンドな活動から、反戦、反核や動物愛護をうたった、政治色の強い、自身のレーベルがコミューンを形成したようなバンドの話です。80年代に「打倒サッチャー」とか叫んでいたバンドですね。まあ、これは私の趣味ですが(笑)

——最後に、今回の企画「特集、ドキュメンタリー。」に対して、ひと言づつお願いします。

家田 ドキュメンタリー映画のファンって、明らかにいるのだな、と感じるようになりました。こうやってまとめて特集すると、来てくれるかなと思いまして。興行的にリベンジしたい、という作品もありますので(笑)、ぜひもう一度、観にきてもらいたいですね。

酒井 一見、雑多な並びの作品群なんですけど、観ているうちに、お客様の中で繋がってくる何かがあると思うのですね。良い悪いというのは、個人的に判断してもらえばいい話ですが、何本か続けて観ると、作品や監督の主張に対して自分はこう思っていた、というのが見えてくるかと思います。もちろん映画としての面白さは大切ですが、今回上映する映画の題材に関しても、これをきっかけに調べてみると、面白いかもしれませんよ。

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【上映情報】

「特集、ドキュメンタリー」上映中 新宿K’s cinema

上映情報詳細:http://webneo.org/archives/11994
公式HP:http://www.ks-cinema.com/movie/documentary/