どんなストーリーになろうと最後はあのカット
――『夢と狂気の王国』の王とは誰なのか。宮崎さんなのか、それとも鈴木さんか。みんなが噂しながら姿をなかなか現さない高畑勲さんなのか。それとも……と、見る人によって解釈が違ってくることを楽しめる映画です。そんななか、宮崎さんが絵コンテを全て切ってから一気にスタッフワークが活発になっていくシークエンスはとても示唆的です。
砂田 メイキング的な部分をことごとく排除しているので、アニメーターの人達の存在感が薄くなってしまうんじゃないかと危惧していたんですよ。だから、『風立ちぬ』が完成していくまでの最後のヤマを点描のように見せるあの数分間で、今まで黙々と仕事をしていたスタッフが一気に主役に躍り出るようにしたかったし、実際できたんじゃないかなと。高木正勝さんの音楽の力も大きかったです。
日本人、特に職人集団が仕事をする姿ってすごく静かじゃないですか。黙々としていて決して自分から主張しない。カットを重ねることで、その真剣な姿から最初で最後の大きな主張が見えるんじゃないかと思っています。
――ピリオドの置き方についてお聞きします。『風立ちぬ』が完成する、初日を迎える、と節目は複数ありますよね。しかも今回は、宮崎さんの引退発表という社会的にも大きなトピックがありました。スタジオジブリの話ですからどこで終ってもいいようなものですが、そのぶん、編集で苦労されたのでは。
砂田 編集で苦労したところは……全部ですね(笑)。逆にラストカットだけは決めていました。引退を発表されると知る前から、どんなストーリーになろうと最後はあのカットだと。だから、終わらせ方そのものに悩むことはなかったです。
朝、スタジオに向かって道を歩いてくる宮崎さんと、その奥で、覚束ない足取りで歩いている子ども達。遠景なんですけど、二足歩行を覚えたばかりぐらいの先頭の子が、思い切り転んでるんですよね。それを脇の大人が持ち上げてあげたりしながら歩いていて。
その彼らに、70歳を過ぎた宮崎さんが、かくしゃくとした背中を見せている。後ろにいる子ども達を振り返ることもない。それが、生きていくということなのかなと思って。
――話が少し飛ぶようですが、全体に音がデリケートだと感じました。ひとりの発言を拾う場合でも、周囲の音を消さずに活かしている。なので、まさに今お話してもらったカットで、野鳥の鳴き声や幼稚園の子ども達の声の響きがせり上がってくる豊かさがとても効果的です。
砂田 音も私がカメラマイクで撮っているので、実はもともとの素材としてはよろしくないんです。最初の整音ではそれをなんとか持ち上げて、周りの環境音をクリアにしてもらいました。すると、ことばは聞き取りやすくなったんだけど、ものすごくさびしくなっちゃって。
スタジオの中で日常的に聞こえてくるエンピツの音や紙の音が、あのライブ感がこの映画には必要だったんだって、そこで私も初めて気が付いたんです。なので、一度消していた環境音を全て足してもらいました。なおかつ本当に聞かせたいことばの時にはまた下げる。ワンシーンごとに音の性質は変えています。
ラストカットも、風の音、子ども達の声をうまく立たせてくれたことで、映画になったなあと。歩いてくる宮崎さんのまわりに瞬間、風が吹きます。あそこで吹くことで“風立ちぬ”という感じにできたって、私は勝手に思っているんですけど(笑)。
働くとはどういうことか
――『エンディングノート』『夢と狂気の王国』と見て、砂田さんはやはり家族の関係に対して鋭敏だと感じています。血縁に限らず映画などのスタッフも、長く続けていると疑似家族のような関係が生まれるでしょう。『音のない花火』にある、ふだん家族として一緒にいると重たいそれぞれが、父の死にむきあう「チーム」になった時にまとまる、という描写が作り手の芯を示しているのかと。
砂田 共同体というものには魅かれるかもしれませんね。映画のなかで宮崎さんも、庵野さんとの関係を縁や運ということばを使って不思議なものだと語っていますけど。自分で作り出したり計算してできるものじゃないなかで集められた人達が、どんなふうに人間関係を築き、運命を共有していくのか。
家族もそうだと思っているんですよ。たまたま集められた人達が家族をやりなさいと言われて、チームを組まされているんだと。だからいろんな問題も起きるし、うまくいっているチームもあれば、うまくいかなくて苦労するチームもある(笑)。自分だけでは測れない、不思議なものによって集められた人達の関係性はすごく興味があります。
――先ほどもお聞きしたように、『風立ちぬ』が完成した後も映画はしばらく続くところが特長的です。たくさんのスタッフがいる時もガランとなった後も、変わらずヤクルトの配達員の女性がジブリにやってくるのは、それこそホームドラマを見ているような見事なアクセントでした。そんななか、鈴木さんが日本テレビの新入社員に向けた講義の席で、人は人との間でしか鍛えられないという話をしている。
砂田 あそこで鈴木さんは、「誰を捕まえたか。その誰を捕まえた人だけが生涯やりたい仕事ができる」と言っています。鈴木さんはまさしく、その「誰」を捕まえてきた人だと思うんですよ。誰もが鈴木さんのようにできるかは分からないけど。
流れのなかでは少し異質だし入れどころも難しいので、最初はどうかなあとなっていたんですけど、それでも3時間ある編集ヴァージョンの頃から入っていました。まだ映画が混沌としている時から、見たスタッフの多くが「鈴木さんの話が印象に残った」と言っていて。ああ、あの言葉が響く人は私だけじゃないんだと分かって消さなかった。
この映画には、天才・宮崎駿やジブリという天才的な集団を描くことだけじゃなくて、「働くとはどういうことか」が大きな裏テーマとしてあると思っているんですね。どんな人にも共通するテーマですから。鈴木さんの言う「誰」とは、自分にとっては誰なんだろう? と感じてほしいです。あの場の新入社員の人達と同じように、これから見る人にも、ああ、自分は捕まえられているのかな? 出会っていたのかそうではないのか? と、いろんなことを考えてもらえると思っています。
©2013 dwango
【作品情報】
『夢と狂気の王国』
2013年/日本/カラー/デジタル/118分
脚本・監督:砂田麻美
プロデューサー:川上量生
音楽:高木正勝
製作:ドワンゴ
制作:エネット
協力:スタジオジブリ
配給:東宝
11月16日(土)より新宿バルト9ほか 全国ロードショー中
公式サイト:http://yumetokyoki.com/