【Report】映画評論家・町山智浩が読み解くリアル・フィクション映画『ザ・イースト』公開記念トークショー text 皆川ちか

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環境汚染や健康被害をもたらす大企業を標的に、テロ活動を繰り返す環境テロリスト集団<イースト>。元FBI捜査官ジェーンは<イースト>に潜入し、彼らと活動を共にする。<イースト>の過激な思想に最初は反発を覚えていたジェーンだったが、モラルも良心もない大企業と、踏みつけられる被害者側の実態を知るにつけ、彼らの信念に共感を抱きはじめる。これは目覚めか? それとも洗脳か?

環境テロリスト、大企業をクライアントにする調査会社、ダウ・ケミカル事件、ウィキリークス……“アメリカの現状”を赤裸々なまでに映し出し、LA TIMES紙が選ぶ「2013年 最も過小評価された映画」1位に輝いた『ザ・イースト』が1月31日より日本で公開されている。フィクションでありつつも、盛り込まれている要素はいずれも実際に起きた出来事であり、資本主義社会を生きる私たちへの問いかけの物語である。

アメリカ在住者の視点で、映画のみならず多角的な切り口からアメリカを読み解く第一人者、映画評論家・町山智浩さんによるトークショー付き試写会イベントを1月24日に取材した。劇中に登場する様々なキーワードを軸に、町山節炸裂の縦横無尽な語りが展開する――。

 ※ 本編を鑑賞後に本記事をご覧いただくと、より内容がお楽しみいただけます。
(取材・構成 皆川ちか)


“環境テロリスト”とは?

町山 日本ではシーシェパードが有名ですね。アメリカでは、右翼テロに続いて環境テロの活動が非常に盛んでありまして。僕はサンフランシスコのエミリービルに住んでいたことがあったんですが、2003年に近所が爆破されたことがあったんです。カイロン社爆破事件といって、被害に遭ったのは政府の依頼を受けてインフルエンザのワクチンをつくる製薬会社なんですが、人間にいちばん近いDNAをもつチンパンジーで動物実験をしていて、それに対して動物愛護団体が爆弾を仕掛けたんです。

日本ではあまり耳にしませんが、この環境テロというのはアメリカではある種のムーブメントになっているんです。社会がどんどん発展した結果、無駄の多い世の中になって、大企業が政府と結託するこんな世の中をなんとかしなければ! と考える人たちが動きだす状況が生まれているんです。

“トレインサーファー”とは?

 町山 主人公のジェーンは、バックパッカーに扮して列車に無賃乗車することから潜入捜査を開始していますね。無賃で列車に乗ることは、一つの思想的行為なのです。現在は“トレインサーファー”と呼んでいますが、1920年代には“ホーボー”と呼ばれていました。社会からドロップアウトして、資本主義に取りこまれまいとする人たちが、こういうことをしてアメリカを回っているんです。

“ダンプスター・ダイビング”とは?

町山 スーパーやコンビニの裏に置いてある業務用の大きなゴミ箱を“ダンプスター”というのですが、そこにダイビングする行為を指します。ちょっと傷ついた野菜とか、賞味期限切れの食材、箱が傷ついているだけの食べ物などもぽんぽん捨てられてしまいます。それを拾い上げて、「こんなに勿体ないことをしているんだ!」とウェブサイトに掲載して告発すると同時に、自分でもそれを食べて、それで暮らしてゆく。これは“フードサルベーション(食べ物救済)”という行為なのですが、映画では、これが<イースト>への通過儀式として描かれていますね。ゴミ箱に捨てられていたピザを食べることができたら合格、と。

<イースト>のモデルは?

町山 世界的にネットワークがある環境保護団体“地球開放戦線(ELF)”が、<イースト>のモデルになっています。ELFの活動というのは、送電線を破壊したり、原生林の木の根元に釘を深く埋め込んで、チェーンソーで伐採しようとする人を大ケガさせたり、といった実に過激なもので、CIAやFBIの調査対象にもなっています。また、映画では<イースト>のメンバーたちは共同生活をしていますが、現在のテロ組織というのはネットワークなので、アジトというのは存在しないのが実情です。アルカイダもそうです。「私はアルカイダだ!」と宣言して、何か行動をしたらそれでアルカイダなんです。だからものすごく捜査しづらいんですね。

ちなみにザル・バトマングリ監督曰く、「THE EAST」の名前には色々な意味を込めたそうです。たとえば「オズの魔法使い」でドロシーの家を潰した邪悪な東の魔女のイーストから。ほかにも、彼らが闘っているのは西欧文明に対してなので、それに対抗する意味を込めてのイースト。バトマングリ監督はイラン系アメリカ人なので、ミドルイーストという意味も入っているのかもしれません。

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民間CIAこと、ストラトフォーとは?

町山 映画の中でジェーンは、企業をテロ行為から守る調査会社に採用されますが、これにもモデルとなった会社があります。ジョージ・フリードマン――日本ではビジネス書「100年予測」でベストセラーを飛ばした人なんですが――が、1996年に設立したストラトフォーです。どんな仕事をするのかというと、たとえば企業が海外に進出する時、その国の政治情勢や情報を集めるのです。本来CIAがやるようなことですね。CIAが対テロなど国の損害に関わる調査に特化しているのに対し、ストラトフォーは同じことを企業利益のためにやっているわけで。企業から依頼されて環境保護団体へのスパイ活動をしていたことが発覚して、大問題になりました。

そして、ウィキリークス

町山 コカコーラとかバンク・オブ・アメリカとかゴールドマン・サックスとか、大企業がたくさんストラトフォーと契約してるんです。で、それに対抗して情報を流す組織にウィキリークスがありますね。ストラトフォーのスパイ活動やクライアント情報がウィキリークスに流出する事件が、本作を製作中の2012年3月に起きたのですが、映画は終盤まさにそのエピソードに基づいた展開になっていきます。リアルタイムで起きた出来事を、ものすごく早く作品に採り込んでいるんです。

“カルチャー・ジャム”とイエスメン

町山 <イースト>のメンバーが台詞で「次のジャムは~」と言う台詞がありますが、これはジャミング。邪魔すること、妨害することという意味です。アメリカでは90年代からカルチャー・ジャミングが活発になってきて、有名なのがイエスメンですね。彼らは企業の宣伝やCMを勝手にするという活動をしています。石油化学メーカーのダウ・ケミカルが1984年、インドの化学工場から大量の有毒ガスを流して何万人もの人が亡くなった
“ボパール化学工場事故”を起こしたのですが、それに対する賠償は今もされていません。そこでイエスメンは、イギリスの公共放送BBCにスポークスマンを名乗って出演して「被害者に全額賠償することが決まりました」と勝手に発言して、その結果、ダウ・ケミカルの株が大暴落しちゃったんです。違法ギリギリの活動だけど、ギリギリでテロではない。<イースト>はイエスメンも意識していると思います。

 『ナイロビの蜂』でも描かれていた製薬会社による新薬実験

町山 <イースト>の中に、アフリカで新薬実験の被験者になり、身体に障害が残っているドクという人物がいますが、このエピソードも事実に基づいています。世界的な巨大製薬会社ファイザーが、アフリカの貧しい人たちに医療行為を無償で行う代わりに開発中の新薬を投薬し、大勢の人が亡くなった大事件があります。この事件を告発した『ナイロビの蜂』という映画もありまして、これも傑作なのでぜひ観ていただきたいです。

反体制のシンボル、ガイ・フォークスのマスク

町山 <イースト>のメンバーたちが森での儀式で被っていたマスクは、映画『V・フォー・ヴェンデッタ』にも出てきましたね。17世紀前半、ガイ・フォークスという男がイギリスの国会議事堂を爆破しようとして、逮捕され、死刑になり、その彼の顔をかたどったものなんです。テロリストにも拘わらず政府や体制に反抗する者のシンボルとなって、ネット発の活動集団アノニマスの人たちも使っていますね。ちなみにアノニマスの一員であるジェレミー・ハモンドという人が、さっきお話した民間CIAことストラトフォーに潜入してウィキリークスに仕事内容をリークしたのです。

また、冒頭で紹介したカイロン社爆破事件の犯人、ダニエル・アンドレアス・サンディエゴは、FBIに指名手配されました。殺人や強盗といった凶悪犯罪ではなく、動物実験をしている企業に対するテロ行為で指名手配をされたということで今アメリカでは問題になっているのですが、つまり、企業へのテロへもFBIが介入するようになってきているのです。

ほかにも、情報サイトで有料公開されている学術論文を、誰もが無料で読めるようにすべきだとしてハッキングを仕掛けたアーロン・シュワルツという青年がいたのですが、彼は裁判で数億ドルもの賠償金を払うよう言い渡されて、自殺しました。このように、現在のアメリカでは司法が、普通の人々ではなく企業の利益側に立った裁判判決を下す事例が非常に多くなってきているのです。この映画の中では、まだCIAやFBIは企業の側には付いていませんが、現実社会ではすでに司法も政府も企業側についているのです。

The Eastサブ2『ザ・イースト』より© 2013 Twentieth Century Fox 


<Twitter
へ寄せられた質問への回答>

Q:アメリカでは年間どのくらいのテロが起こっているんでしょうか?

町山 一概に何をテロ活動と定義するのが難しいんですが……たとえば僕の住んでいるバークレー周辺では、グーグルやアップル社の社員たちが会社に行けないようにバスを止めちゃう運動があるんです。バスの前に立ちはだかったり、社員の家の前でビラを撒いたり、と。年収の高い企業の社員たちが一つの地域に集中して住むことで、地価の評価額も家賃も上がり、それまでそこで暮らしていた人たちが住めなくなるという事態を招いてしまってるんですね。2LDKの家賃が35万円くらいするんですから、普通の人は住めませんよね。で、元から住んでいる人たちが「IT社員が会社に行けなくなるテロ」を仕掛けるという(笑)。そういう小さいテロ活動が日常的に起こっています。アメリカは、何か問題が起こればすぐに抗議運動が始まる国なんです。

Q:環境テロリストたちの資金源はどこにあるんでしょうか?

町山 実は環境テロや人権テロ組織には、彼らの活動に共感して資金を提供する有名人や企業が、けっこう多いんです。『バンク・ジョブ』というイギリス映画でも描かれていましたが、1970年代のイギリスに黒人の地位向上を目指す活動家がいて、彼は現在のエリザベス女王の妹、マーガレット王女のエッチ写真を持っていたので、MI6もなかなか手を出せなかった。その彼に、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが資金提供をしていて、ジョンはCIAから監視されることとなりました。

イエスメンには、アメリカの大手レコード会社、A&Mレコードの創設者ハーブ・アルパートが資金提供しているのは有名な話ですね。

最後にひとこと

町山  この映画が非常に理知的である点には、<イースト>のやってることが正義なのか悪なのか、作り手は判断する目で見ていません。企業を悪とするならば、そこで働く人も悪人なのか? 個人個人は、いい人たちなのかもしれない。どっちが正義、どっちが悪、なのではない。みんなそれぞれ一所懸命に生きている。けれどこの資本主義という世の中では、どうしても痛めつける側と痛めつけられる側に別れてしまう……では僕たちは、どうすればいいのか? という疑問を真摯に投げかけています。今、僕たちの置かれている現実を反映した知的で高度な映画であり、イケメンの脱ぎもある(笑)。多くの面で見応えがある作品だと思います。 

The Eastメイン『ザ・イースト』より© 2013 Twentieth Century Fox  

【上映情報】

『ザ・イースト』(原題:The East)
(2013/アメリカ/116分/カラー)

監督・脚本:ザル・バトマングリ
脚本:ザル・バトマングリ/ブリット・マーリング
出演:ブリット・マーリング、アレキサンダー・スカルスガルド、エレン・ペイジ、ジュリア・オーモンド、パトリシア・クラークソン
配給:20世紀フォックス映画

公式サイト:http://www.foxmovies.jp/theeast/

2014年1月31日(金)よりTOHOシネマズシャンテ/新宿シネマカリテほか、
全国ロードショー