【Interview】いとおしいもの、美しいものへーー『ちいさな、あかり』大野隆介監督・稲葉雄介助監督インタビュー

Unknown左:大野隆介監督、右:稲葉雄介助監督

静岡市郊外の山間、大沢地区という集落を舞台にしたドキュメンタリー『ちいさな、あかり』が1月25日から東京・ユーロスペースで上映される。東京造形大学の同級生である二人の若い映像作家が、23世帯の「集落」を主人公として訪ね、その土地の風物と人々の日常を撮った作品だ。監督の大野隆介氏、助監督の稲葉雄介氏に、製作の背景と魅力を伺った。
(取材・構成:細見葉介)

——『ちいさな、あかり』は、優しいまなざしと美しい風景が相まって、明るいイメージのドキュメンタリーでした。観ていて、何より撮っている二人は楽しかったのでは、と思いました。

大野 住んでいる方が、この大沢での暮らしをすごく楽しんでいるように見えたんです。薪を割っているおじいさんでも、村人の生活を見せる為に薪を割っているのではなくて、お風呂を薪で湧かしている。そのおじいさんは林業をやっていて、木に触れるのが好きであることや、毎日やっていることの楽しさが感じられた。お昼ご飯を外で食べているご夫婦も山の暮らしだから、私たちはいつもここでお昼を食べているし、自然なことだよ、と。

稲葉 単純な話かも知れないですけど、そういう農村の暮らしがすごく魅力的だったんですね。薪のおじいさんで言うと、この集落でガスで湧かすことってできるんですね。でも「薪のほうが気持ちいいだろ」って言って、わざわざ薪を割って、薪でお風呂を湧かしているわけです。

大野 カメラを見て話している人が何人かいるんですけど、インタビューみたいに誰かに向けて話していると思わなくて、僕に対して話していると思って、そういうところがこの映画の特徴かなと思っています。映画を観ている人は、カメラの隣にいるような感覚になるんじゃないか。一緒にこの村で話をする、まではいかないかもしれないけれど、その人たちに見つめ返されている。

稲葉 ちょっと旅行しているような気持ちになると思うんです。本当に、集落の人たちは優しく関わってくれたので、彼と集落の人たちの関わり方が一番の魅力だと思います。

大野 どこの家にでもあるようなこと、夕食を食べているとか、孫と遊んでいるとか、普段どうでもいいと思っちゃうことが、すごく、いとおしく見える。家族が揃ってご飯を食べていて、お父さんが高校生の子どもの部活の送り迎えをする話のシーンがありますが、自分が学生のときに親に送り迎えをさせていたことを思い出してしまいました。

 ——何か大きなテーマを追求するのではなく、「日常」の当たり前に流れてゆく時間をつかみとって伝えるのは難しそうですが、どのように撮り進めていったのでしょうか。

大野 撮影に入る前に、一週間ほど大沢に滞在して、一軒ずつ回って自分の紹介をしました。この家にはこんな人たちが住んでいるとメモしているうちに、例えば三世代で住んでいるおうちで、おじいちゃんとおばあちゃんがこの時期にわさびの収穫をしているとか聞いていて、いろいろリサーチしていたので。でも撮影に入ってからどこを撮ると決めていたんではないんです。

稲葉 こういうものを撮っていこうだとか、具体的な内容は決まっていなかった。撮影の間、僕たちはパソコンを持ち込んで深夜まで作業することもあり、それで公民館の一室を借りていたんですね。集落の一番高い位置にあるので、そこから集落を見下ろす事ができるんです。そこから見えるのが(ポスターにも使われている)メインイメージ。上から発見して、そういう形で撮影に行っています。

——風景が美しかったですね。ちょうどいい季節だったと思います。

大野 2月の頭から4月の21日まで、滞在は約2ヶ月間、毎日何かしら撮りました。まず早朝は出勤だとか、通学だとか、そういうことをメーンに撮っていた。出かけてゆくところの姿がすごく印象的だったので。大沢は県道から一本入った場所にあるので、みなが同じ道を通って通勤通学するのを撮って、だんだん日が昇ってからは、村をぐるぐるぐるぐる回りながら、その日出会った人を撮ってゆくことが多かった。

稲葉 一日2時間ぐらいずつ、日が暮れちゃうと撮影できないんで。例えば上から見下ろしてあそこに行って撮影するだとか、あるいはあてもなく歩き回って撮っていると、「今日あの人はあっちの方で何をやっているよ」とかそこで情報収集することができたんですね。「今日はあそこの家でシイタケを狩るよ」と言うと、「じゃあ、撮ってみよう」と。前の晩から、明日はあれを、というのは、それほどなかった気がします。

大野 23世帯の家なので、全部の家をまわりたいというのは決めていた、というかよく考えていて。全部おうちを訪ねて撮影した。

稲葉 そう、例えば、映画の中に薪を割っているおじいちゃんとか、小屋の中でお茶を飲んでいるおばあちゃんだとか、その中の誰かにフォーカス、ではなくて、集落全体を撮りたいという気持ちが強かったですね。

 ——冒頭のシーンで、まず大野さんと稲葉さんが集落に到着して、ご年配のご夫婦のあとに「ついてゆく」ように入ってゆく感じが印象的でした。

c大野 後ろからゆっくり、追いかけてゆくんですけど、この村に僕たち二人が入って来て、第一村人発見、ではないんですけど、この冒頭に出てくるお二人が、途中途中に何回も出てくる。そういうことも意識した。二人が、ただ歩いているだけなんですけど、同じことを聞くし、同じところにごく自然に座る。

稲葉 あのシーンに対してつけたタイトルが「第一村人発見」だったんですよ。これだろう、と。こうやって僕らが村に入って行ったことを示せるので、あのお二人が、集落のキーイメージではないですけど、大沢という村を代表するようなイメージに思えたのです。

大野 編集では、僕たちが大沢と言う場所に来て、人と出会って行く追体験じゃないですけど、そういう出会った人との関係性を大事にしていこう、と。

稲葉 彼が昼間編集して、僕が夜やってきて難癖をつける。とりとめもなく撮影したんですけど、編集の段階で苦労しました。このシーンの本質的な魅力はなんだろう、と確認していったんです。

——
全国、数ある集落の中で、静岡の大沢という地区を舞台にこのドキュメンタリーを作ることになったきっかけは。

大野 「シズオカ×カンヌウィーク」という、毎年静岡市で行われている映画のイベントで「おみやげを作ろう」というプロジェクトがあって、その主催をしている会社の方が、最初はモノを販売したりを考えていたようですけど、そうではなく「映画を作ってみたらどうか」と。企画をされていた、女優の伊澤恵美子さんが「映画は撮られた後でも残るものだから面白いんじゃないか」ということを言われて。静岡で候補地を何箇所か探していたようなんですけど、プロデューサーの川瀬美香さん(映画『紫』監督)が、「ここの村で撮影したらいいんじゃないか」と決めたんです。そこに住む人たちの、「おいでおいで」と初めて来た人たちを迎え入れてくれたのが決め手だったんです。

ここで映画を作ろうと決めて、誰が監督して撮影する、ということになった時に、以前に僕が横浜でドキュメンタリーのワークショップで手伝ったのを、川瀬さんが覚えていてくれて。まずは一緒に行ってみない、ということで一昨年の2012年11月に大沢へ連れて行ってもらって、それで「どう?」という感じで。初めて行ったとき手厚い歓迎をしてくれて、すごいプレッシャーを感じました。川瀬さんが最初に訪れて、この村が迎え入れてくれると言っていたのはその通りで、家に入ったら、大きい机にみんなが持ち寄った、猪の煮込んだ料理とか、その辺でとれた野菜とか、土地のものを使った料理がバーッと並んで、お酒も持ち込んで、夜も3時くらいまでずっと話し込んだりとか、もうその時点で村の人は僕たちに興味をもってくれて、あれを撮ってほしいなとか、そういう希望もけっこう言われました。

稲葉 最初にその話があった時に、僕はたまたま彼と一緒にいて、「そんなの悩んでないですぐやれよ」と言ったんです。その時点ではそこに僕は関わってなかったんです。

——最初は稲葉さんはやることになってなかったんですね。どうして一緒にやることに。

大野 僕が一緒にやってくれないか、って誘ったんです。それまで個人的にやったものとかは撮影は一人でやっていて。初めて、自分一人だと面白くないような気がして。自分の知っている人と一緒にやりたい、というのがあった。

稲葉 僕も個人的な自主製作を続けている中で限界を感じている部分があって、新しいことをやってみたりとか、外部の人とやってみたいとか気持ちがあったので。あと学生時代からのつきあいで、彼が面白いものを撮れる人だっていうのを知ってましたし、そういう理由で参加しました。

本編                         『ちいさな、あかり』より

——撮影中の現場では、大野監督はどんな感じだったのでしょうか。

稲葉 対象との関係にすごく夢中になっていて、映画作品として形にしていくよりも、対象との関係が勝っていた。そのへんを、怒ることが多かった。でも、抜群に人柄が良いと思うんです。それは初めて出会った時から一貫してそうでした。監督として人と対峙して、目の前の人に誠実に対応できた。だからこそ、集落の人たちと関係して、映画を作ることができたんじゃないか。

大野 僕は話に一生懸命になってしまって、カメラのことをほとんど考えてなくて、回してとも言ってなくて、人に近寄っていってしまって。そんな時でも彼は、うまく横でカメラを回していてくれて。たぶん、撮る側としては、何の指示もなく撮り始めるのは大変なことかもしれないけど、つきあってくれる。

——東京造形大学では、稲葉さんは映画専攻でしたが、監督の大野さんは写真専攻だったそうですね。

大野 もともと写真を撮っていて、横浜で町を歩いてスナップショットを撮るようなことをずっとやっていた。(横浜市南区にある)やきそば屋さんの磯村屋という場所を見つけて、一年くらい写真を撮っていてお店の人と仲良くなって、写真をあげたり、一緒にいる時間が長くなって。店の人と話す機会が多くなってきて、これは写真だけじゃなくて、そこにずっと居座って映像を撮ってみたら、自然な姿が撮れるんじゃないか、と興味が湧いてきました。

稲葉 彼の個人的な話なのになぜか僕が補足すると(笑)、そのお店はおばあさんと、今は亡くなってしまったおじいさん、二人が中心になって経営しているお店だったんです。そのやりとりが面白い。それは写真に写らない。たぶん、そういうところ。あと、時間的に、そこの空間に流れている時間を、動画としておさめたいな、という気持ちもあると言ってましたね。

大野 大学4年の時に、僕は写真専攻だったんですけど、他専攻のゼミもとれるようになっていて、ドキュメンタリーのゼミに入ると先生は諏訪敦彦さん(映画監督、前・東京造形大学学長)でした。そこで初めて、ドキュメンタリー映画をたくさん観たりだとか、映画専攻の友達ができたりとか、映像とふれあう機会かどんどん増えてきて。諏訪先生にそのやきそば屋で撮った写真を見せに行った時に、今度映像を撮ってみたいと言ったんですよね。先生は「やってみたら」と一緒に機材室に来て「この子は写真専攻で映像専攻じゃないけど機材を貸してください」と。DVテープのTRV(SONY)のカメラを借りて、撮り方とかも何も言われなくて、「ここの赤いボタンを押せばとスタートだから」「行ってらっしゃい」と言われて。

——ゼミではどんなことを教わったのですか。

Unknown-2稲葉 具体的な撮り方は教わらなかったんですけど、最終的にドキュメンタリーを製作するゼミで、何がテーマになるんだろうとか、そこにはどんな問題が孕んでいるだろうとか、みんなでディスカッションするのが中心でした。僕は諏訪ゼミじゃないんですけど、しょっちゅうよく潜り込んでいて。そこで彼と知り合った。

大野 ゼミの中で、僕は厚かましくも、授業が終わった後にプロジェクターで投影して、やきそば屋の、ほぼ素材みたいな感じの映像をみんなにみせていた。その時の友達は残ってみてくれて、面白いと言ってくれた記憶が。

稲葉 「ちょっと撮ったから」ってみんなで見て。それがえらく好評だったんですよね。映画として面白いのかどうかはさておいて、映っているものが面白い、という感じだった。作品にもなっていない、本当にフッテージがつながったものだった。

大野 毎回、諏訪先生は撮り方とかは言わなかったんですけど、観終わったあとに必ず、「じゃあ、もう一回行ってみたら」と言われていた気がします。最後まで言われていた。なんだったんだろう…

——そうして完成したドキュメンタリーが、大野監督が写真学科でありながら卒業研究として提出した『いまのところ、ある』という作品ですね。

稲葉 そのドキュメンタリーの人へのふれ方だとか、その感じと、川瀬プロデューサーが見て来た大沢という農村の雰囲気が、おそらくプロデューサーの中でがちっとマッチした、ということだと思うんですね。

大野 最初に川瀬プロデューサーから声をかけてもらったあと、DVDを送ってください、と言われた。『ちいさな、あかり』何人か監督の候補がいて、いろいろ選んでいる途中だったみたいで。感想をひとこと、「嬉しかったです」といただきました。

——『ちいさな、あかり』は、完成してすぐに、大沢集落で出演した住民の方たちへ向けての上映会を開いたそうですが、反響はいかがでしたか。

大野 公民館で上映したのですが、80人くらい集まりました。自分たちでプロジェクターとスクリーンを立てて、映画が映った瞬間、どっと沸くような笑い声が聞こえてきて。「あの人がこんなことをしている」みたいな、村の方の中でも発見というか、面白いとこがあったみたいで。

お茶を刈っている夫婦が、ふとした仕草で、お父さんのほうが手で、もうちょっと下げてくれとか合図を出しているシーンがあって「あそこの夫婦がやってること、うちもやっている」とか、些細なことでも反応していたりだとか。あとは最後のほうの新緑を「きれいに撮ってくれてありがとう」ということも言われました。

稲葉 こういう形で作品が生まれたことによって、生活の素晴らしさを外に向けて発信していこうという意識が芽生える、後押しするきっかけに多少はなったのかもしれない気がします。元々の企画のねらいとは違った部分での効果ですけれども。この集落、日本の各地にあると思うんです。特別ではない。きっかけがあり出会う事ができた関係の中で、美しいと思ったものにカメラ向けた。携帯つながらないし、僕は最初は不便を感じましたよね。でも、月並みな感想なんですけど、人との距離感が下界とは違うし、自然が美しいと思ったのです。

【映画情報】

Unknown-1 『ちいさな、あかり』
(2013年/日本/72分/HD/カラー/ステレオ)

企画:伊澤恵美子 プロデューサー:川瀬美香、鈴木智彦
監督・撮影:大野隆介 助監督・撮影:稲葉雄介
出演:静岡市葵区大沢地区のみなさま
企画製作:キリンジ、ATMK ArtTrueFilm

1月25日より、渋谷・ユーロスペースにて公開
(連日11:00〜)他、全国順次上映予定



公式サイト
http://www.art-true.com/news/chiisanaakari.html

【監督・助監督プロフィール】

大野隆介 Ono Ryusuke(監督・撮影)
1986年愛知県生まれ。東京造形大学写真専攻卒業後、横浜を拠点に映像制作を続けている。本作品は劇場公開第一作。

稲葉雄介 Inaba Yusuke(助監督・撮影)
1986年神奈川県生まれ。東京造形大学映画専攻卒業。監督作『君とママとカウボーイ』(2010)は国内外の映画祭で上映された。現在、新たな劇映画作品を準備中。

【聞き手プロフィール】

細見葉介  ほそみ・ようすけ
1983年生まれ。インディーズ映画製作の傍ら、映画批評などを執筆。連載に『写真の印象と新しい世代』(「neoneo」、2004)。共著に『希望』(旬報社、2011)。映像作品に『横浜吉田町観光CM 忘れられない町』(2013)など。