【News】フィクションだから撮れる「福島」がある――3/1 公開★第64回ベルリン国際映画祭正式出品作品『家路』トークイベントレポート

©2014『家路』製作委員会

©2014『家路』製作委員会

故郷”― それは、自分が生まれた場所。かけがえのない家族がいた場所。
そこが無人になった時、故郷を捨てた弟が帰ってきた。ある思いを胸に。

震災の影響によって、故郷が“帰れない場所”になってしまった。
先祖代々受け継いできた土地を失い、鬱々と過ごす兄、胸の奥に諦めと深い悲しみを抱えた母。生きてきた土地を離れ、先の見えない日々を過ごす彼らの元へ、20年近く前に故郷を出たまま、音信不通だった弟が突然帰郷した。たった一人で苗を育て、今はもう誰もいなくなってしまった田圃に苗を植える弟。
過去の葛藤を抱えながらも、故郷で生きることを決めた弟が、バラバラになってしまった家族の心を結びつけていく。

松山ケンイチ主演映画『家路』の3月1日(土)の公開に先立ち、去る2月1日(土)、池袋コミュニティ・カレッジにてトークイベンが開催された。
初監督作品ながら、本作品で第64回ベルリン国際映画祭に正式出品が決まった久保田直監督と、芸術選奨文科大臣新人賞など数々の受賞歴をもつ脚本家の青木研次氏が登壇し、『家路』の構想から完成までにかけた想い、撮影秘話などを語った。

|開催概要

日程:2月1日(土) 13:00-15:00
会場:池袋コミュニティ・カレッジ
登壇者:久保田直監督、青木研次氏(脚本家) / ナビゲーター 近衛はな氏

左より、久保田直さん、青木研次さん

左より、久保田直さん、青木研次さん

――今日は『家路』という映画をご紹介します。震災後、フィクションを超えるような辛い現実が続き、フィクションは力をなくしたと言われていました。
『家路』は福島を舞台にした映画ですが、私はこの作品を見てフィクションにしかできない力強さを感じました。

監督の久保田直さんはドキュメンタリー界で長きにわたり活躍されてきましたが、今回、劇映画としては初監督作品になります。何故今福島を舞台にした作品を撮影しようとしたのか、脚本の青木研次さんもご一緒にお招きし、伺えればと思います。

久保田 ドキュメンタリーだからこそできることとできないことがあるというのを、30年仕事をして行く中で実感として分かっているんですが、今回、福島を題材に作品を撮ろうと思った時に、これはドキュメンリーでは世に出せないと思いました。

というのも、美しいことや綺麗なことだけではなく、人間の弱い部分や繊細な部分、誰もが持っている膿のようなものを描きたいと考えた時に、現在進行形のいろいろな状況がある中で、福島では取材された方のほうに批判やバッシングがいってしまう可能性がありました。それを避けたいという思いも理由のひとつとしてありました。

 ――そもそも何故福島かを題材に、映画を撮ろうと思ったのですか。

久保田 青木さんとは30年来の中ですが、震災後に会った時に、震災と福島の問題は別に考えなければいけないことだという話をしました。そして、福島に閉ざされた空間ができた事に対して、風化させてはいけないと思い、作品として形に残したいと思うようになりました。

青木 2011年3月下旬にかけて福島では警戒区域から人がいなくなりました。その状況のなか、実際にニュースをみて、誰もいなくなってしまった故郷に無性に帰りたくなる人がいるのではないか、という話を監督としました。

私は今までフィクションを作って来たので、帰りたくない人がいたとしたら、どういう人で帰ったらどんな話しが待っているのかをストーリーとして組み立てていきました。監督は長年、ドキュメンタリーでも家族をテーマに作品を撮ってきたこともあり、家族の物語を作りたい思いがありました。故郷に戻ってきた人をどのように受け入れ、どう生活していくのか家族の視点でも話を考えていきました。

久保田 誰もいなくなったから故郷に帰る人がいるのではないかという話ですが、福島ではないですが、過去にそういう人を見たことがあります。出稼ぎに東京に出るのですが、身を崩していてって家族と音信不通になり、ふるさとに帰ることができないという現実を見ました。そういう人たちが、今回の福島の報道を見た時に、帰れるかもしれないと思うのでは、と考えました。

東京で冷たい暮らしをしているけれど、あたたかく自分を育てた故郷に、誰もいなくなったからこそ帰りたいと思う気持ちを映画の設定としてどうしても残したかったんです。

――脚本で架空の人物を一から書くのは大変ですが、今回どういう作業をされたのですか。

青木 福島で起きたことは不条理で、脚本を書きながらも現実の情報はどんどん変わっていきました。そんな中、主人公の次郎にすがっていかなければ脚本が崩れるだろうと思っていました。不条理な状況には、震災後に敢えて故郷に戻るという不条理な人(次郎)を作って行かないと成り立たないだろうと思いました。

――キャスティングはどのようにして決めたのでしょうか。

久保田 このひとならばと思う人、という中で松山ケンイチさんが決まりました。田中裕子さんは今回の役にもマッチしているし、青木さん脚本の作品に出演していたこともありお願いしました。安藤サクラさんは、彼女にしか醸し出せない雰囲気があり、真面目すぎず、擦れた感じでもなくその微妙な感じを表現できる人は少ないのでお願いしました。

青木 松山さんは本当にすばらしかったですね。松山ケンイチさんをご覧いただくだけでも価値があるような作品です。このひとは天才なんだろうとうくらいハマった役ですね。

――あてがきはしたんですか?

 青木 脚本を書く段階ではあてがきもしてないですし、松山さんになることも決まっていなかったです。キャストに恵まれたのは幸せなことですね。

久保田 ドキュメンタリーとドラマの違いを松山さんに尋ねられたときにお伝えしたのですが、ドキュメンタリーは、そのままを撮っていようで、実は、取材されている方がカメラの前で自分自身を演じてしまうことが多いんです。

でも私は、そうでない本当の姿が垣間見える瞬間を狙っています。フィクションでは役者が役を演じますが、そうじゃなくなる瞬間が見えた時が、私が欲するものなんだと話しました。

©2014『家路』製作委員会

©2014『家路』製作委員会

――本当にその土地にその人がいるな、というくらい役者さんの演技が自然でした。松山さんのお兄さん役、内野聖陽さんの演技もリアルでした。

久保田 彼は、松山さんとは対照的な人ですから。松山さんは全くぶれないし役もそう。一番はじめに、役の方向性をきめたら最後までそれできちっと進めました。

内野さんは、役柄自体が物凄くぶれる役でしたので、ご本人も細かいところまで確認して、総一という人間の感情の動きをひとつひとつ確認しながら撮影していった感じでしたね。

――実際にできあがったものを見ると、心の動きがよくわかりました。脚本を書く時に、内野さん演じる総一はどのように思って書かれたのでしょうか。

青木 内野さんが解釈してくれた通りですね。追いつめられる長男を追いつめられながら(笑)、演技をしてくれました。総一は、帰る場所もなく、仮設住宅で肩身の狭い生活を強いられるという、つらい現実に追いつめられている長男です。つらいのに吐き出し口もない、仕事もやることもない。追いつめられながら途方に暮れている設定です。それを正確に演じてくれました。

久保田  福島の農家に話を聞きに行ったとき、田舎は長男が家を継ぐ風習が今も色濃く残っていることを実感しました。一時帰宅が許されたとき、私は、彼らが最初にすることは、作物を見に行くのかと思いましたが、長男の役割は墓守だから墓参りに行くのだと話されて、私も長男なのでドキッとしました。

それを内野さんに話した時に、彼も長男ということもあり、なにか響いたようでした。総一は墓守でありながら、それを守れないという心の迷いがよく表現できていたと思います。

――みなさんの方言もすごいですよね。内野さんも方言指導のかたとお酒を飲んだりしながら、リアルな方言を勉強されたと伺いました。

久保田 福島を舞台に福島で撮影することを決めたからには、方言にこだわりたかったですし、それをしなければいけないという気がしました。

――脚本を作る中で、福島には取材に行かれたのでしょうか。

青木 監督とは2回、一人では10回くらい福島にいきました。この映画仕様にからだを馴染ませるために、取材というかからだをつくりに行った感じです。

人と喋ったりしながら、脚本が書けなくなったら福島に行っていましたね。私も、山形出身なのでわかるのですが東北の人はなかなか本心を言わないですよね。つらくてもグッとこらえるところがあると思います。なので、今回はドキュメンタリーではなくフィクションという方法が合っていたような気もします。

――台詞はどういう風に書いていたのでしょうか。一度聞いたら胸にささる言葉が多くありましたが。

青木 映画をつくるには目的と、そのために何が必要なのかということを考えて書いていますね。あとは、書いている時は複数の登場人物の人格で物事を考えないといけない。そうしていると記憶が飛ぶんです。今まで何していたんだろうと。そういう感じで気づいたら脚本を書き終えていますね(笑)

久保田 映画を作る話し合いの中で、出てきた言葉を削って削って絞って、出て来た珠玉の言葉が脚本になった感じでしたね。

――苦労したことはなんでしたか?

久保田 福島で撮ることに対する葛藤や、スタッフへの配慮はありました。

青木 これを脚本にしていいのか最初は少し抵抗がありました。なぜかというと、未だに苦しんでいる人がいる中で、この作品を世に出していいのか考えました。

しかし、今報道されているのは、数値や数字ばかりで人間の心が伝わってこない。この作品では少なくとも、何か数字以外の部分が伝えたいと思い頑張りました。この映画に掛けてくれた俳優さんたちの演技をぜひ見てほしい。

質問 次郎という存在を通し、何か見えたものはありますか?

久保田 常に、福島でのできごとについて、当事者意識を持たなければいけないという思いがありました。東京の人も震災直後は、自分たちの問題として当事者意識をもっていたけれど、だんだん意識が薄れて他人事になっていったと思います。それに疑問を持ち、ぼくたちは加害者であり被害者であるという意識を持っていたいと、より思うようになりました。

撮影をしていくうちに、農業指導のかただったり、立ち入り禁止区域だったり、美しい風景なのに何故人が住めないのだとか、自分自身の中で自問自答をしながらそうした考えが深まって行った感じがしました。

――『家路』は、今までドキュメンタリー、フィクションと違うジャンルで家族をテーマに作品を作ってきたお二人が、今回は一緒にお仕事をされ、福島を舞台に、普遍的な家族の話をみせてくれている作品だと思います。最後にひと言お願いします。

久保田 福島の映画かと言う風に思って見ていただいてもいいのですが、普遍的な家族の思いを見つめた映画になっていると思います。ぜひ、本作をご鑑賞いただければと思います。

青木 家族の難しさも描かれていますし、俳優の方々が非常にすばらしい。この作品は、俳優の演技を見つめるだけでも堪能できるのではないかと思います。(了)

©2014『家路』製作委員会

|プロフィール

久保田直
テレビディレクター、映画監督。1982年からドキュメンタリーを中心としてNHK・民法各社約100本の番組制作を行う。2007年フランス・カンヌMIPDOCで受賞し、世界の8人のドキュメンタリストに選出される。本作品が劇映画デビュー作。

青木研次
脚本家。20代よりテレビの構成作家として数々の番組を手掛ける。2000年「独立少年合唱団」(緒方明監督)で原作・脚本を担当。脚本:2005年「いつか読書する日」(緒方明監督)芸術選奨部門大臣新人賞、日本シナリオ作家協会菊島隆三賞、ヨコハマ映画祭脚本賞など。

|作品情報

『家路』

出演:松山ケンイチ、田中裕子、安藤サクラ / 内野聖陽
監督:久保田直 脚本:青木研次 企画協力:是枝裕和、諏訪敦彦
主題歌:Salyu「アイニユケル」(作詞・作曲・編曲:小林武史/TOY’S FACTORY) 音楽:加古隆
製作:『家路』製作委員会 企画・制作プロダクション:ソリッドジャム 
配給:ビターズ・エンド 助成:文化庁文化芸術振興費補助金 WOWOW FILMS
第64回ベルリン国際映画祭正式出品作
公式サイト www.bitters.co.jp/ieji 
★3/1(土)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー !