|ソノシートって覚えてますか
第1回は「ダーリンと和枝」。結婚間際の小林旭と美空ひばりの対談を収録した、「平凡」1962年12月号の付録ソノシートだ。写真の盤が「コロシート」となっているのは、2人の所属先が日本コロムビアだったから。
旭とひばりが婚約を発表したのは同年、1962(昭和37)年の5月29日。そして、披露宴を行ったのは11月5日。問答無用でケタ違いにビッグなカップルの話題が、ちょうどピークの時期に雑誌が出たわけだ。
僕が買ったのは、この付録だけが雑誌と離れて売られている状態のもの。レコード漁りをしていると、よくこうした雑誌の付録ソノシートが、サイズが同じ直径17cmのEP盤と混じって出ている。
今は、ソノシートもある程度、説明が必要だろう。ふつうのアナログ・レコードは合成樹脂のポリ塩化ビニールでできているが、ソノシートはビニール製。薄くて、ペラペラ。音質も悪い。そのぶんコストが安いので1960~70年代、雑誌の付録などに重宝された。40代以上の方なら、幼いじぶんに雑誌やお菓子のオマケ・ソノシートであそんだ思い出がおありでしょう。曲がりやすいもんだから、すぐに折ってダメにしてしまったホロ苦い記憶も含めて、ね。そういえば80年代に入っても、インディーズのバンドがよく自費ソノシートを出していたっけ。
といって、現在とは完全に無縁の存在、でもない。CDやDVDを付録にした雑誌は今でも多いが、要はその形態の初期モデルと捉えてもらえればいい。メディア・ミックスという言葉が生まれる前から、雑誌の世界は貪欲だった。「平凡」の歌手人気投票で毎年不動の1位だったひばりが、ここでは本名の加藤和枝となり、ダーリン=アキラとのおしゃべりを、愛読者だけにプレゼント。いい企画だよなー、と今の目でも思う。
|「ふろく」、だけど記録
内容自体は、いたって他愛ない。ファンに向けて、婚約発表以来たくさん届いたお祝いの手紙へのお礼から始まり、旭がこの年に出したシングルのB面「俺は雑草」をワンコーラスだけ(ラジオ番組のように)インサート。その後は、忙しい2人だけど海外に新婚旅行へ行くならどこがいいかな、とひとくさり話し、ひばりの新曲「ロマンチックなキューピット」がワンコーラス。これで約7分。互いのスケジュールの隙間を合わせて、スタジオで一気に録ったのだろう。
しかし、その一発録りのフンイキが、「聴くメンタリー」的にとてもいい。この手の録音は、あらかじめ用意されたコメント原稿をきっちり読みこなすものが多いのだが、「ダーリンと和枝」は(僕の仕事の経験から推測するに)、ある程度書きこまれた進行台本に則りつつ、けっこう自分の言葉に崩している。
一部分を起こしてみると、
旭「しかしね、忙しい……ということは、まあ、二人ともさ、大変忙しいよね?」
ひばり「ウン」
旭「それで、逢いたいときにもさ、思うように逢えないでしょ。……そんなこともないか」
ひばり「でも、一生懸命お互いに努力してね、逢うようにしているでしょ」
旭「まあ、さ、でも……」
ひばり「でもね、やっぱり離れるとね、たった一つね、楽しみがあるでしょ?」
旭「電話」
ひばり「電話ね」
こういう具合。対談をリードしつつ、〈忙しくて婚約中なのになかなか逢えない2人。でも努力はしているし、どうしても逢えない時は電話でおはなししています〉的な可愛らしい進行に照れて、「そんなこともないか」と呟いてしまう旭と、終始ダーリンを細やかに立てながら、こういう時はすかさず戻すひばり。こんなところが、実に微笑ましくも面白い。なにしろ、芸能人のトーク番組なんて無い頃である。
旭の明朗な早口からは向こうっ気の強さがずいぶん窺えるし(なのに不意に飛び出す甘えんぼうな口調……モテるよそりゃ)、ひばりのおっとりとした話しぶりには、控え目さと機転の早さが同居している。
そんなひばりも、海外に新婚旅行という夢のある話題のくだりで、「私、(言葉が話せないから)外国はあまり……」とつい消極的に答えてしまう。〈演歌の女王〉は、どちらかといえば内向的な性格だったそうだ。そんな証言が録音で裏打ちされていて、ちょっとキュンとなる。
そうそう、ここで改めて、傷もつけず折りもしない状態で取っておき、買い取りに出してくれたひとに感謝。アナログの場合、そこは大事ね。だから、50年以上前(!)の少女向け芸能誌のオマケ・レコードを、こうして貴重なオーラル・ヒストリーとして吟味することが出来る。
多くの人が知る通り、2人の結婚生活は約1年半で終った。大スター同士、実は当初からギクシャクしていたと互いに後年認めている。そこに関しては、今回の主旨と離れるので何とも言えない。ただ、ひばりは『ひばり自伝 私と影』(1971 草思社)で、「あの結婚はわたしにとって、大事な結婚だったと言うことができます」と、辛い思いをしたことも糧として静かに振り返っている。旭もまた『さすらい』(2001 新潮社)で、世間の前では見せなかったひばりの影の努力を、尊敬を込めて回想している。そんな文章を読むと、ホッとする。
|プロフィール
若木康輔 Kosuke Wakaki