夢見るすべての大人とこどもたちへ贈るドキュメント
人気雑誌の付録が「できるまで」
オランダの鬼才、テオ・ヤンセンによる巨大オブジェのミニチュアが、人気の雑誌「大人の科学マガジン」(学研教育出版)の付録になるまでの過程を追ったドキュメンタリー『おとなのかがく』が、5/3よりユーロスペースで公開される。試作品を作るため試行錯誤する試作屋・永岡昌光をはじめ、編集長・西村俊之、中国・台湾の工場技術者…「ふろく」とは言え、精巧かつ複雑な製品が「できるまで」には、多くの職人魂が注入されており、実に興味をそそる作品だ。公開を前に、忠地裕子監督から自作を語る「監督のことば」をいただいた。neoneo web のみの独占寄稿。ぜひご一読いただき、劇場に足をお運び下さい。
(neoneo編集室・佐藤寛朗)
監督のことば 監督 忠地裕子
それは手でつくられる。
手は創造の道具であるが、認識をする器官でもある。
日本には1ミリの幅に20本の線を引く、“ものづくり”の匠がいるという。
どんな世界が広がっているのだろうと興味を持った。
ドキュメンタリー映画『おとなのかがく』は、私が映画美学校へ通っていた2011年の2月から8月までの約半年間の取材期間を経てつくられた、卒業制作作品『浜辺の巨大生命体へ―大人の科学の挑戦』が、原型となっている。
そもそも私がドキュメンタリー映画に関わるようになったのは、『ムネオイズム ~愛と狂騒の13日間~』という作品の企画と製作に関わったのがきっかけだった。それまで映画との関わりはなく、映画について何も知らなかった。私には、美術系大学を卒業後、彫刻やインスタレーションなどの美術作品を制作・展示した経験しかなかった。
しかし、私の中にあった自身の感性へのこだわりから、取材の方法や被写体となった鈴木宗男氏との関係性など、表現をめぐる基本的な問題でことごとく監督とぶつかった。
自分が監督ならこうしたい。それなら自分も監督になればいいのではないか。結果、映画に関わった人ならおそらく一度は陥りがちな“安易な”考えから、2010年の1年間、映画美学校のドキュメンタリー科へ通うことにしたのだった。
何も知らないという事ほど、前に進む原動力はない。今にして思えば、私が映画に興味を持つきっかけを与えてくれた金子遊監督と、主演の鈴木宗男氏には本当に感謝している。
『おとなのかがく』制作スタッフは3人、みな美術系大学の出身。その3人で卒業制作映画の企画会議をし候補に挙ったのが、学習教育出版『大人の科学マガジン』の“ふろくが出来るまで”というテーマだった。わたしは、それまで『大人の科学マガジン』という雑誌の存在すら知らなかったのだが、実際にその本を手に取ってみて、装丁のデザイン性の高さや、本の造りの良質さ、重量感など、本としての原点的な魅力に溢れていて、一瞬にして心を奪われてしまった。
テオ・ヤンセンの巨大な彫刻を“ふろく”にするというのも、どこか謎めいておかしかった。早速、取材依頼に学研を訪ねると、対応してくれた『大人の科学マガジン』編集長の西村俊之氏から、「編集部を撮るのは構わないが、試作屋さんは面白いですよ。」という話を伺った。ふろくの試作品をつくる専門の職人さんがいるということを、私はそこで初めて知るのだが、西村編集長はじつに魅力的に、その試作屋・永岡昌光氏の存在を語るのだ。「普段は裏方に徹していて、絶対に表に出てこないすごい職人がいる」という西村さんの言葉はとても興味深く、それを語る西村編集長の説得力に引き込まれてしまった。
西村さんの紹介で試作屋の永岡昌光さんにお会いし、永岡さんの魅力に触れ、その場で“大人の科学マガジンのふろくが出来るまで”を映画化することに決めた。
撮影期間は半年間、回した取材テープは、65時間ほどになった。それを50分の作品に編集したのが、今回の『おとなのかがく』だ。
構成の軸をどこに据えるかで随分悩み、編集やポスプロに時間を掛けた。結果、企画から映画の公開まで3年という時間が掛かってしまった。
“ふろく”の元となるオリジナル作品のストランドビースト・シリーズの芸術家、テオ・ヤンセンのコンセプトは“風をたべる生命体”。
そのアート作品は、ヤンセンが生み出した“ホーリーナンバー”(黄金比)に基づく構造によって組み上げられ、風を受けると何本もある脚を動かして自ら歩き始める。 自然エネルギーによって動く巨大オブジェはとてもチャーミングで、まさに“生き物”。ヤンセン作品は、生命論やそのものづくりを支える科学性に加え、自然との調和や造形美も合わせ持つ。
その人気は絶大で、2011年の大分県立美術館の『テオ・ヤンセン展』では14万人もの来場者があり、万人を魅了する不思議な魔力が話題となった。
毎号新たな“ふろく”を開発している『大人の科学マガジン』は、大人が夢中になれる創意工夫に満ちていて、手にとった者の知性をたっぷり刺激する。物の原理や根源的なテーマを含みつつも、泥臭さがない。
大人の“ふろく”は、プラネタリウムの号で50万部を超えている。どの号の話を聞いても、こだわりがあり、洗練されていて、毎号いくつもの制作上の壁を乗り越え誕生している様は、極端なことを言えばどの号を撮っても面白いドキュメンタリー映画が出来きるのではないかと思わせる。
『大人の科学マガジン』の編集部をのぞくと、デスクの端の方でルーペなどを駆使しながら、エプロン姿で作業する白髪の修理工のような人が座っている。西村編集長は山積みの書類に埋もれて、パソコンで海外とやり取りをしている。そうかと思えば、編集長自ら公園へ飛び出し、新製品の羽ばたき飛行機の試作品を飛ばすと、はしゃいだ犬が飛行機を追いかけ回す。夢みる大人を喜ばせる裏側は、とても楽しく忙しい。
これらは、今回の作品には描かなかった部分である。
さて、今回のテオ・ヤンセンの“ふろく”の話に戻ろう。
試作品をつくる専門の職人永岡昌光さんは、モノを見ただけで仕組みがわかり簡単な図面をおこし、すぐ試作に入れるのだという。
「3Dプリンターより早いですよ」と永岡さん。手が早く、腕がいい。そしてモノの原理がよくわかっている。「何でもつくれるよ。理詰めで分からなかったら、手を動かして、それでダメならまた理に戻し、手を動かす。この繰り返しで大抵のことはクリア出来る」、実際永岡さんに今までそれで作れなかった製品はない。
永岡さんが試作した作品は1点ものだ。その永岡作品は台湾に送られ、台湾で図面が起こされ、そして中国で量産される。撮影が進むうちに、この台湾、中国を巡る出来事が、この映画を根底から変えていくことになる。
撮影当初、日本の工場は工賃が高いから中国の工場へ持っていき、安く量産する。わたしにはその程度の認識しかなかった。中国ロケに行き、その製造の現場に立ち会い、わたしの“偏見”はガラガラと崩れていく。
人間と人間、手と手が行き来する、想像を超えたスリル。“魂”は手に宿るのではないか、そんな気がしてきた。
日本、オランダ、台湾、そして中国、それぞれの国の匠たちが“ものづくり”を通して技を競い合う。そして最高のパートナーとして存在している。
そこには、国境も政治も関係ない。
中国ロケを終え、帰りの飛行機に乗る前に畳一枚ほどの大きさの中国地図を買った。
その大きな地図にさえ、私たちが立ち寄った深圳のはずれにある街の名前はなかった。
なぜ“世界一のふろく”が、そんな中国の小さな街で量産されるのか。
日本の“ものづくり”の経験や技術、精神の継承、それだけではない。そこには、すでにある優れた技術や更なる試行錯誤を超えた、科学する心へのお互いの尊敬があった。
その現場を見てしまった今、この映画を通して、心からのリスペクトを各国の匠たちに捧げたいと思った。
【作品情報】
『おとなのかがく』
(2013年/50分/HDV/日本)
2014年5月3日(土)からユーロスペースほか全国順次公開
監督:忠地裕子 撮影・録音 藤井遼介 忠地裕子 湊川京子 編集 藤井遼介 音楽 西井夕紀子
出演:永岡昌光 西村俊之 テオ・ヤンセン ほか
製作・配給:Studio Q-Li
製作協力:映画美学校
5月3日より 渋谷・ユーロスペースにてロードショー
連日11:00/21:00