|「センスのいい料理」とは何か
本書の違和感は、そういうところにあるのではない。ここまで述べた点はすべて前もって考えぬかれていて、なにより実践に裏打ちされている。けれどなお、何かが足りない。言われていない、という思いが消えない。途中から、この本を読むことは、その足りない何かを探す作業のようにさえ思えてきたほどだ。
果たして、このノドのつかえを一挙にとりさってくれる箇所に私はつきあたるのである。本書も終盤に差し掛かる194頁。次のように書かれている。「わたしは晩めしのときは、たいてい日本酒を楽しんでいます」。え?! 早く言ってくださいよ!! と思ったのは私だけだろうか。
何を隠そう、私も晩めしのときは、たいてい日本酒を楽しみたいと思っている。日本酒でなければ白ワインがいい、という点でも著者の姿勢と重なる。だから、そういうモード──最初に日本酒にあわせてちょこちょこいろんなものをつまみ、最後に白飯でしめたりしめなかったり、というモードが前提だったのであれば、なるほど、このレシピで全然不足はないどころか、看板通り「最高」と言ってもいいじゃないか、とはじめて納得できるということだと思うのである。
たとえばゴボウサラダの作り方が紹介されていて、そのコツは、マッチ棒サイズのゴボウのゆで時間を10秒(常識よりもかなり短時間)にすることと書かれている。それからニンジンと混ぜ、オリーブオイル、マヨネーズ等であえる。私からすれば、そのかたわらには絶対に日本酒が欲しい、という話なのである。というか、日本酒をおいしく飲むという前提から、このゴボウのゆで時間が帰結された、というのが本当のところではないか。
日本酒ほど野菜をおいしく食べさせてくれる飲み物はほかにないと私は思う。ごぼうもいいし、れんこんもいいし、にんじんも、焼いたねぎも、だいこんも、きゅうりも、かぶも、はたまたビーツの茹でたやつとか西洋由来の香りの独特なものも、日本酒と組み合わせるとそれ自体で主役になる。エグミやクセも残したいので、最小限の加工にするの一手となる。
とはいえ上述の著者の言葉は、日本酒に合う料理を目指せば必然的に素材の味を活かした「センスのいい料理」になる、という主張とつながっており、つまり、本書の料理が純然たる「ツマミ」であるというわけではない。日本酒に合う「ような」料理こそが、=「センスのいい料理」であるということなのだ。
そういう言い方もできるとは思うが、少し苦しくはないか。やはりいまだに多くの家庭は、白米ありきで献立を考えるのだと思う。子どもがいればなおさらそうだ。大人たちが日本酒(や白ワイン)を「実際に」たしなむときにこそ、味付けは本書で指南されるような方向へ向かうというほうが事実に近いのではないか。
だから本書の喚起する一抹の違和感は、言い換えれば、「家めしこそ」と言いつつ、白米をいかにうまく食べるかという多くの食卓のニーズに答えてくれそうなレシピの占める割合が少なすぎることに由来する。まあ、そういう人は小林カツ代やケンタロウ系のレシピ本を買えばいいだけの話なのだが。
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|日本酒があれば話は別である
ちょっと主観が入りすぎだろうか。ようするに私はこう言いたかったのだ。日本酒(あるいは国産のおだやかな味わいの白ワインあたり)をかたわらに置いたときに──そうでない場合よりもはるかに、本書のレシピの大部分は活き活きと輝いて見える。
「焼いた厚揚げにしょうがのすりおろしをのせて」。素っ気なさすぎるよねえ、である。だがもしかたわらに日本酒があれば話はまったく別だ。「きゅうりをさしはさんだちくわにマヨネーズ」。これも同じ。「サツマイモとトウモロコシをダッチオーブンでロースト」。白ワインがうまそう! 「ニラ醤油をかけた冷や奴」。酒くれ!
おそらく、著者は日本酒にもそのクールな審美眼をいかんなく発揮しているのだと私は想像する。まちがってもバブルの頃の吟醸ブームの名残をとどめた有名銘柄ではなく、飲み疲れのしない、バランスのよい、季節にあったものが、これら料理のかたわらに置かれるのではないか。
初夏ならば、火入れしていない微発泡うすにごりとか、真冬には、濃醇な山廃仕込みを熱燗で、とか。そう、だから著者が求める食の悦びの何割かは、酒によって、酒との相乗効果によって充たされているのではないかと想像されるのだ。勝手な想像だろうか?
もちろん本書には、それだけで完結したご飯物、麺料理もたくさん紹介されており、アルコールなしのランチなどで重宝すること請け合いだろう。繰り返すが、本書の料理がいわゆる「ツマミ」とは一線を画したものであることは言うまでもないし、なによりその要諦はシンプルな料理の考え方とその姿勢を簡潔に説くことにある。
だから私に要望があるとしても、それはささやかなものでしかない。本書のタイトル「家めしこそ、最高のごちそうである。」のかたわらに、「日本酒と白ワインに合う!」と一言沿えておいてもらいたかった。
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|書誌
『簡単、なのに美味い! 家めしこそ、最高のごちそうである』
佐々木俊尚著 マガジンハウス刊/2014年/256ページ
ISBN 978-4838726455
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|プロフィール
三浦哲哉 Tetsuya Miura
映画批評・研究、表象文化論、酒と食。青山学院大学文学部比較芸術学科准教授。博士(学術)。著書に『サスペンス映画史』(みすず書房)、訳書に『ジム・ジャームッシュ インタビューズ』(東邦出版)、共著に『ひきずる映画』(フィルムアート社)。Image.Fukushima実行委員会代表。