【自作を語る】 『オロ』 自作を呟く text 岩佐寿弥



写真「オロと監督」 オロと一緒に、まるで“孫とおじいちゃん”のように映画に登場する岩佐寿弥監督


ふとした偶然でチベット人と出会い、その魅力に惹き込まれて16年の歳月が流れた。 3年目くらいに一人のチベットのお婆さんに寄り添って『モゥモ チェンガ』という映画を撮った。その10年後に突如<チベットの少年を主人公に映画を作りたい>と思い始めた。その翌年、2009年に入って少数の仲間と作ることに踏み切った。3年を費やして映画『オロ』が完成した。
 
主人公は6歳のときに親元を離れ、ヒマラヤを越えて亡命政府のあるインドにやってきた10歳の少年である。主人公を発見した時点で想定された構成やシナリオを持っていたわけではない。ぼくはいつもそうなのだが映画を撮りながら日常の中に物語性を紡いで行きたいのである。行く方向性はあるがどこを辿ってどこに行き着くのか自分でもわからない。これは実人生に極めて近く、不安と危険に満ちてはいるがそれ自体かけがえのないスリリングな喜びである。人生は方向性の意志はあるがすべては〈ことの次第〉で折れ曲がる。その瞬間をどう掴むか、それが生涯という作品を決定していくのではないかと思う。
 
しかし映画は実人生ではなく、作られる虚構である。従ってぼくのやりかたは厳密には成りたたないのかもしれない。映画をこのやりかたで進めるのは危険なアクロバットである。現実の虚構化であり、虚構の現実化である。どこから虚構でどこからドキュメンタリーかさえわからない。映画は映画なのである。
又、映画は予算とスケジュールにがんじがらめにされた上で成り立つ表現媒体である。言い換えれば何処に行き着くかわからないのでは製作はできないに等しい。創作面からも製作条件からも成立しさそうもないことをやり始めたわけだ。それは冒険なのか暴挙なのか、ぼくにはわからない。はっきり言えるのは無分別な行為だということ。
 
今回も作ることに踏み切った時点で気がついてみると、資金も組織もおまけに若さもない。こんな無茶苦茶な出発点であったのにとにもかくにもゴールできたのは、危険な映画の旅に身を挺して参加してくれたスタッフのおかげであり、また400人近い友人知人からの資金援助のおかげであった。


 
映画作りに参加したスタッフは、自身納得いく形で完成すれば自らを冒険者として自任できるが、思うようにいかなければ暴挙の果ての自壊が待っている。それはまさに紙一重のことである。 また映画を見る側からいえばこうなる。この映画に感動できた観客にとってわれわれスタッフは誉れある冒険者となり、「違う!」と思われた方にとってわれわれは暴挙する輩となる。
ぼくのようなやりかたでなくとも、多かれ少なかれ映画する者は冒険者か暴挙する輩か、この紙一重のところに立っていると言えるのかもしれない。
事実、とりわけ危険なぼくの映画作りはある程度進んだ段階でも物語性の顔は浮かんでこず、この先どうすれば何処に行き着くのかが全く見えないお先真っ暗な季節がやってきた。それを乗り切れたのも我がこととしてこの映画に投入したスタッフのおかである。

クランプアップと判断できる撮影が終わって編集に入ろうとするとき、あの東北の大災害がやって来た。その時、敗戦の8月のことが鮮やかに甦った。「国が壊れる!」という感覚を10歳で体験していたのである。 3年前やみくもに <チベットの少年を主人公に映画を作りたい>と思ったのは、<あの敗戦の8月のときの少年=自分にもう一度会いたい!>ということであったに違いない。オロは今国破れて生きる10歳の少年なのである。
 
あの大地震、津波そして原発事故は多くの事実上の難民を生み出した。
ついこの前の記憶のように甦る70年前の敗戦の体験、そして現在の難民の流出・・・チベットと日本がそんなに遠いものでないことが実感として伝わってくるのである。

 
P・S
東京では6月30日から渋谷のユーロスペースで上映します。是非見てください。また映画についての全般情報は公式HP www.olo-tibet.com を見てください。そこには東京以外の上映予定も載っております。

 

『オロ』
監督:岩佐寿弥 
プロデューサー:代島治彦  音楽:大友良英
2012年/108分/チベット語・日本語/HD/カラー
6/30(土)より、渋谷ユーロスペースほか、全国順次公開


【執筆者プロフィール】 岩佐 寿弥(いわさ・ひさや) 1934年奈良県生まれ。映画作家・TVディレクター。1959年岩波映画入社。岩波映画時代の任意の運動体「青の会」メンバーでもあった。1964年フリーランスに。映画作品『ねじ式映画−私は女優?−』(1969年)『叛軍No.4』(1972年)『眠れ蜜』(1976年)『モゥモチェンガ』(2002年)、TV作品「プチト・アナコ−ロダンが愛した旅芸人花子−」など海外取材によるTV作品多数。2005年「あの夏、少年はいた」(川口汐子共著)を出版、この本を原作としたドキュメンタリードラマ「あの夏~60年目の恋文~」(NHK)が2006年放映される。