【ゲスト連載】Camera-Eye Myth/郊外映画の風景論 #04「Mothers(1)/Isotopia/イゾトピックな白壁の裏」 image/text 佐々木友輔

3. ヘテロトピー/イゾトピーのスケールの問題

2種類の均質性の表現について見てきたが、ここで、ヘテロトピーとイゾトピー相互の関係について触れておきたい。社会学者の若林幹夫は、「都市や郊外のより広域的な広がりというマクロな視点からすれば、異質なデザインによって特徴づけられたヘテロトピックなあり方をする場所が、その地域に入り込んだ人間には、同一的なデザインによって一続きの街区に覆われたイゾトピックな場として経験される」ことがあると述べている(若林幹夫『都市への/からの視線』、p.151)。ヘテロトピーとイゾトピーの区別は絶対的なものではなく、その場所をどのようなスケールで捉えるかどうかに応じて変化するものなのだ。そしてこのことはもちろん、映画にも無関係ではない。

あらためて『空中庭園』を観てみると、舞台となる場所のスケールが巧妙に操作されていることに気づくだろう。そこでは、壁面の汚れや傷を目立たさないような色彩・コントラストで住宅地の風景が映し出される一方で、田園や雑草が伸び放題な荒れ地、荒れ果てたロードサイドなどが登場することはない。『下妻物語』や『サウダーヂ』には見られた雑多な看板や標識も、ほぼ完全に画面の外に追いやられている(ここまで文字情報の目立たない都市は、日本中探してもそうそう見つからないはずだ)。イゾトピックな風景をつくりだすために、邪魔ものでしかないヘテロトピックな要素が画面上からことごとく排除されているのである。

興味深いことに、角田の原作小説を読み返してみると、こうした操作が映画版独自の誇張した表現であることが分かる。なぜなら小説のほうには、映画とは対照的に、克明にヘテロトピックな風景が書き込まれているからだ。

 

ダンチをすぎるとすぐ周囲は田畑になる。田んぼの真ん中に、大きな看板があって、宣伝物は定期的にはりかえられるが今は、発売されたばかりのCDのポスターだ。ずっと遠く、橋桁の上を線路が走っている。ときおり、白地に赤の電車がとおる。この景色は、角度は少しちがうけれどあたしんちの風呂場からも見える。(中略)森崎くんの家は、終点近くまでバスに乗り、バス停から、十五分ほど歩いたところにある古い一軒家だ。何回か遊びにいったことがある。広大な庭があり、庭の隅に人ひとり住めそうな物置小屋があって、その隣の屋根つき車庫には、トラクターと白いクラウンと赤い軽自動車が並んでいる。(中略)バスを降り、学校に向かう坂道をあがり、ババミセに立ち寄る。ババミセは学校の裏にある駄菓子屋で、腰の曲がったおばあさんが経営している(角田光代『空中庭園』、p.15-16)。

 

小説では、新興住宅地や田園、鉄道、学校、さらには駄菓子屋といった種々雑多なものが、京橋家の日常的な生活圏内に存在している。また、「田んぼの真ん中」にある「大きな看板」も、現在の日本におけるありふれた風景を構成するものでありながら、やはり映画『空中庭園』では隠されているもののひとつである。同作での文字情報の排除は徹底的と言えるほどだ。広告看板のみならず、地名を示す標識などもほとんど映し出されないため、ただこの映画を観ただけでは——そのロケ地を実際に知る者以外には——物語の舞台がどの地域に設定されているのか、まったく見当がつかないだろう。ともあれ、こうした様々な操作によって、グランドアーバンメゾンを中心とした物質感の希薄な風景や、街全体のイゾトピックな印象がつくりあげられているのである。

|参考文献/関連資料

三浦展『ファスト風土化する日本——郊外化とその病理』、洋泉社、2004年
宮台真司『まぼろしの郊外——成熟社会を生きる若者たちの行方』、朝日文庫、2000年
若林幹夫『都市への/からの視線』、青弓社、2003年
角田光代『空中庭園』、文春文庫、2005年
豊田利晃『空中庭園』、2005年
TBS『ウルトラセブン』第47話「あなたはだぁれ?」、1968年
黒沢直輔『ズーム・イン 暴行団地』、1980年
ハンス・リヒター『リズム21』、1921年
TBS『岸辺のアルバム』、1977年
TBS『金曜日の妻たちへ』、1980年

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|プロフィール

佐々木友輔 Yusuke Sasaki (制作・撮影・編集)
1985年神戸生まれの映像作家・企画者。映画制作を中心に、展覧会企画や執筆など様々な領域を横断して活動している。イメージフォーラム・フェスティバル2003一般公募部門大賞。主な上映に「夢ばかり、眠りはない」UPLINK FACTORY、「新景カサネガフチ」イメージフォーラム・シネマテーク、「アトモスフィア」新宿眼科画廊、「土瀝青 asphalt」KINEATTIC、主な著作に『floating view “郊外”からうまれるアート』(編著、トポフィル)がある。
Blog http://qspds996.hatenablog.jp/

菊地裕貴 Yuki Kikuchi (テクスト朗読)
1989年生まれ、福島県郡山市出身。文字を声に、声を文字に、といった言葉による表現活動をおこなう。おもに朗読、ストーリーテリング中心のパフォーマンスを媒体とする。メッセージの読解に重きを置き、言葉を用いたアウトプットの繊細さを追究。故郷福島県の方言を取りあげた作品も多く発表。おもな作品に「うがい朗読」「福島さすけねProject」「あどけない話、たくさんの智恵子たちへ」がある。
HP http://www.yukikikuchi.com/

田中文久 Fumihisa Tanaka (主題歌・音楽)
作曲家・サウンドアーティスト。1986生まれ、長野県出身。音楽に関する様々な技術やテクノロジーを駆使し、楽曲制作だけでなく空間へのアプローチや研究用途等、音楽の新しい在り方を模索・提示するなどしている。主な作品に、『GYRE 3rd anniversary 』『スカイプラネタリウム ~一千光年の宇宙の旅~』『スカイプラネタリウムⅡ ~星に、願いを~』CDブック『みみなぞ』など。また、初期作品及び一部の短編を除くほぼ全ての佐々木友輔監督作品で音楽と主題歌の作曲を担当している。
HP http://www.fumihisatanaka.net/