【リレー連載】ワールドワイドNOW★NY発/アメリカで語られる東日本大震災の姿(前編) text 東谷麗奈


昨年の3月、東日本大震災が起きた数日後のことだった。ニューヨークの私の勤務先に、アメリカのあるテレビ局から、日本にすぐ飛んで福島で取材できるスタッフを探しているのだがとの依頼が入った。その頃には既に、日本から遠く離れたニューヨークでも、衝撃的な津波の映像が繰り返し流され、更に原発が深刻な状況にあるらしいとのことで、限られた情報からその動きを追っているさなかだった。

私の勤務するDCTVは、イラク戦争、中国の四川大地震、昨年のエジプト政変などのドキュメンタリーを制作しており、危険な状況下での少人数取材で知られている。これまで、そうした機会に現地に向かう機会は私にはなかったが、今回は私が適任だということになり、私もすぐに行く旨即答した。とはいうものの、事態を改めてゆっくり考えてみると、正直だんだんと不安になってきた。道路が破壊されガソリンも不足している。物資の運搬さえ規制されている現地にどうやって滞在し取材するのか。そして何より、原発のメルトダウンが万一起ったらどうすればいいのだ。普段からつきあいのあるメディア専門の保険会社に連絡をとったら、日本に飛ぶ取材班の被爆関係の保険は一切受け付けていないと言う。現時点では全く保証不可能、自己責任で行ってくれというわけだ。しかし結局、私が派遣されるはずの取材は、返事をした後に二転三転してその日のうちに企画が流れ、私が日本に行く事はなかった。

それから一年経った。あの時、私と同じように不安を感じながらも、全く反対の決断をし、日本の東北地方に向かった外国人ドキュメンタリー作家たちの作品が発表され始めた。ここで、そのうち特に力強い二本の作品を紹介したい。

一本目は、アメリカを拠点に活動するイギリス人の監督ルーシー・ウォーカーの40分の短編ドキュメンタリー『津波そして桜』だ。今年のアカデミー賞にノミネートされた作品である。この監督は、折しも核開発を題材にした長編ドキュメンタリーを制作しており、その日本公開に向けて、昨年3月に宣伝のために日本出発を予定していた矢先のことだった。そして、震災に伴い、題材への考慮から、宣伝イベントはキャンセルされ、日本に行く必要がなくなった。ところが、彼女は、恐怖を感じながらも、一方でどうしても日本行きをあきらめることができなかったと言う。というのも、今回の旅には、当初から監督自身の個人的な思い入れが随分と関わっていたようだ。


ドキュメンタリー『津波そして桜』より


彼女は、両親を同じ年に亡くしているのだが、夏に癌で亡くなった母親との思い出が春先の花と深く関わっている。母親が亡くなる前の3月の病床で、花の開花を眺めながら、次の年の花の開花を見ることはないと言った思い出があるからだ。日本を何度か訪れたことのあった彼女は、日本人が桜に寄せる思いに共感するものがあったらしく、当初予定されていた3月の宣伝イベントの旅では、短い映像俳句を撮影して帰る予定だった。だからこそ、震災で多くの命が失われた時に、より強く自分が現地に行く事に意味を見出したようだ。長い付き合いのある撮影監督の協力を得て、日本に長く住むアメリカ人の通訳をようやく見つけ、なんとか3人で、震災から約10日ほど経って日本に向かった。日本に住む外国人が次々と日本を発つ中で、入国してくる外国人ということで、入国審査でも意外な反応を示されたそうだ。

作品は、津波が徐々に町を飲み込み、人々が逃げ惑う衝撃的な3分30秒を超える 長回しの市民ビデオの映像で始まる。前半の被災者たちのインタビューでは、名前や職業を説明するテロップは一切表示されない。過剰に説明をし、画面に文字のあふれる報道番組とはあえて正反対のスタイルである。正面から人物に向かい、じっと耳を傾ける。数多くの悲惨な話を聞いたに違いないが、むやみに感情を強調することをやめている。しかし、淡々と語られるからこそ、瞬時に解き放たれる感情のほとばしりが痛く胸に突き刺さってくる。

 

 




ドキュメンタリー『津波そして桜』より


海岸近くに住む初老の夫婦が、全壊した家の瓦礫の山の横で、間に合わせの椅子を置いて休憩しているシーンがある。主人が煙草をくゆらせながら、「60年以上ここに住んでるから、この風景を見るとほっとする」と言うその画面には、瓦礫の山の間にわずかに向こう側にある綺麗な青い海が見えている。あたかも作品を見ている私たち自身が、故郷の家の庭の風景を思い出すかのように、その初老の主人の気持ちがじんわりとこちらにも伝わってくる。そこは、原発から30キロ圏内の場所だ。しかし、この夫婦がここに住み続ける理由は、説明されなくても理解することができる。

カメラは、彼らの庭の近くにある桜の木を見つける。瓦礫の中で、つぼみが膨らんでいる。 震災の一ヶ月後に被災地で咲き始めた桜、日本人への癒しと再生の力を象徴するかのように語られるのは、監督自身の亡くした両親への思いと重なるようだ。大切な人を亡くし、全てを失い、それでも再生しようとする人々をゆっくりと気遣いながら追うこのドキュメンタリーは、あたかも私的ドキュメンタリーのような親密さと優しさを漂わせている。日本での公開が待たれる。(後編に続く)


【執筆者プロフィール】 東谷麗奈(ひがしたに・れいな)  ニューヨーク大学大学院映画学研究科修士卒。ニューヨークのメディアセンターDCTVで、プロデューサーとしてビデオ制作に携わる。


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