【リレー連載】ワールドワイドNOW★中国発 インディペンデント映画祭全滅の中国、それでも上映は続く text 中山大樹

台湾国際紀録片影展で行われた討論会「Indie Docs in China」の様子。
左から司会の郭力昕、王宏偉、張献偉、陳冬梅、監督の胡杰、応亮

この原稿を書いている現在、北京ではAPECが開かれている最中である。開催期間中、PM2.5を減らすために交通規制をし、工場の操業を停止させ、治安維持のために大量の人員を動員して警戒している。と同時に、公安のブラックリストに載っている民主活動家などを北京から追い出して、“不測の事態”に備えている。北京独立影像展を運営している栗憲庭電影基金の人々も、その中に含まれている。栗憲庭は公安から北京の外へ出るよう命じられたが、病気を理由に家にこもっている。そのため、家の前には毎日公安が張り付いているという。アートディレクターの王宏偉も、最近はたまたま香港にいるので難を逃れているが、毎日北京の公安から電話がかかってきて、所在を確認されている。

どうやら、インディペンデント映画祭の関係者は、政府から民主活動家と同様の危険分子として扱われるようになったらしい。栗憲庭電影基金はもともと映画の上映以上のことをしようとは考えていないので、政府の人間は何か勘違いしていると言わざるを得ない。

それにしても、これほどの制限を受けようとは、数年前まで考えも及ばなかったことだ。なぜこんな風になってしまったのか簡単には説明しにくいが、はっきり言えるのは、映画祭や映画の内容が変わったからではなく、それを取り巻く政治的環境の変化、つまり中央政権からの締め付けが強くなったためだということだ。

今年8月の北京独立影像展への圧力は、明らかに異常だった。例年ならば政府から中止命令は受けても、表向き中止すると宣言したうえで、事務所内で非公式な上映をする分には問題にされなかった。2011年から3年間、そうやって上映を続けてきたのだ。

それが今年は、開幕前日に栗憲庭や王宏偉が警察署に連行されたうえで、開催しないという誓約書にサインさせられ、当日は大勢の警察官に事務所を取り囲まれた上、事務所内のパソコンや収蔵していたすべてのDVDを没収されてしまった。その様子を見に来た監督の中には、政府側の人間から一方的に殴る蹴るの暴行を受けた者もいる。

王宏偉はそのとき事務所で警察への対応に追われ、もちろん映画祭どころではなかった。パソコンを使って上映することにしていたので、ハードディスクに入れていた上映素材もなくなってしまった。それでも予定していた討論会だけはやろうということで、市内のカフェなどを臨時に借りて、一般の観客は入れず、身内による討論会が3つ行われた。討論会の司会をした張献民は、冒頭で「映画祭は関知しないので、あなたたちで好きなようにやって下さい」という王宏偉からのメッセージを読み上げ、会場の笑いを誘っていたというが、これは電話も盗聴されているため彼がそう言わざるを得ないことを皆が承知していたからこそのジョークであった。

上映こそなかったが、各審査員が個別にDVDを観て審査は行われ、ドキュメンタリー部門についてはいち早く受賞結果がネットに流れた。ちなみに大賞は胡杰監督の『星火』という作品である。本来は、フィクション部門の結果を待って公式発表するつもりだったらしいのだが、フィクション部門で一人だけまだDVDを見ていない審査員がいて、いまだに発表できないのだと王宏偉が怒っている。

現在のところ、警察に没収された事務所の物品は返却されておらず、基金のメンバーたちは本来の仕事ができずにいるが、討論会の録音を文字起こしして冊子を作成する作業をしている。今後も映画祭ができるとは到底思えないので、将来どうすべきか王宏偉も毎日頭を悩ませているところだ。

映画祭が中止に追い込まれた時、欧米のメディアはわりと大きくこの事件を伝えていて、取材に来た新聞社やテレビ局も少なくなかった(おそらく日本のメディアは1社も独自取材をしていないが)。ロカルノやロッテルダム、日本からは東京フィルメックスといった、世界各地の映画祭も連盟で中国政府に対する抗議声明を発表した。こうした海外からの反応は、当事者たちにとって少なからぬ励みになっている。

10月に台北で行われたドキュメンタリー映画祭・台湾国際紀録片影展では、中国各地のインディペンデント映画祭の主宰者が集められ、「Indie Docs in China」と題された討論会が開かれた。実際にはドキュメンタリーというより、映画祭そのものについての討論であり、おのずと映画祭の置かれている苦境が話題の中心となった。会場は予約段階ですでに満員で、台湾でも中国の映画祭に関心が寄せられていることが感じ取れた。

ただ、招待された北京、南京、雲南、重慶の映画祭のうち、重慶はすでに数年前に終わっていて、雲南も昨年開催を取りやめており(この討論会も欠席)、南京は2012年から変則的かつ小規模な上映に変更しているし、北京は上述の通りとあって、実質的にはほぼ壊滅状態である。将来についての展望を語ったのは、香港に活動の場を移している“元”重慶の映画祭代表である応亮だけで、彼は中国の外での活動の可能性について言及していたが、その他の人たちは、今後のこととなると言葉が出てこない様子だった。

実は、南京の中国独立影像年度展は、今年も今月15日から開催が予定されていて、プログラムやスケジュールも発表されている。代表者の一人である張献民の話では、今のところ当局から何の通達も受けていないとのことだが、2年前は直前に中止させられており、これからの展開が気になるところである。私は今回、短編部門の審査員として招かれているので、しっかり見届けて来ようと思っている。

ところで、これらのある程度の規模を持つ映画祭が全滅している今でも、各地で小規模な上映会は続いているし、新しい上映組織も生まれている。決して映画を上映する場が失くなっているわけではない。なので、我々はそれほど悲観的ではない。たとえイタチごっこでも、作品と観客が存在する限り、これからも上映会は開かれ続けるのだ。

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【執筆者紹介】

中山大樹 なかやま・ひろき
中国インディペンデント映画祭代表。現在は中国広州市在住。中国インディペンデント映画祭は2年に1度開催なのに、今年はできないらしいとネットで書かれているのを目にし、複雑な心境。まもなく開催の東京フィルメックスで趙大勇監督の『シャドウデイズ』が上映されるため、サポートのため一時帰国する予定。

ブログ「鞦韆院落」http://blog.goo.ne.jp/dashu_2005
中国インディペンデント映画祭HP http://cifft.net