【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第7回『梵鐘』

 


出落ちかと思いきや。これはかなりの本格盤
 

 廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす、「DIG!聴くメンタリー」の時間がやってまいりました。DJはワカキコースケ。今回もみなさんと、しばし音巡りの小さな旅を。よろしくお付き合いください。 

 今回紹介するのは『梵鐘』だ。まんま。サブタイトルとか一切なし。なおかつ2枚組。全国32の寺にある釣り鐘の音を、平均5打ずつ収録。「ゴーン……ゴーン……」の響きを、約80分にわたってたっぷりと。 


 連載を始めて分かってきたことだが、「聴くメンタリー」には共通するジレンマがある。
 中古レコード屋で見つけた瞬間が正直、一番面白い。大体が、タイトル通りの内容で特にひねりも妙味もないので、1度耳にすれば、(まあ、こういうものか……)と静かな納得に整理されることになる。演芸で言うところの、出落ちに近い。
 『梵鐘』もまさにそうで、購入した時は、あくまで闇に眠る変レコをサルベージする気分。だって、鐘の音だけ集めたアルバムなんて、今の感覚ではほぼギャグだもの。まあ、ネタにはなるか、程度の期待だった。

 

 ところが。これがいいんだ。ギャグどころか、大真面目に良かった。初めてターンテーブルに乗せたのは前夜に落ち着かないことがあった雨の日で、頭が重たいまま聴いているうち、少しびっくりする位、スーッと気持ちが落ち着くのが分かった。「ゴーン……」の「……」の部分が、ゆらぎの音として伝わり、リラックスの効果をもたらすらしい。
 すごいぜ、梵鐘! 本番に収録されている最古の作は奈良時代だから、言ってみれば最古のヒーリング・ミュージックだ。

 



 にしても、2枚組で価格が
4,400円とは、強気の商売ではある。ジャケットの紙はよく老舗和菓子店のパッケージに使われている高級感のあるもので、タイトルの書は金箔印刷ときた。
 僕が買ったのは解説書が抜けてしまっている状態で、発売年が不明なのだが。社名はCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックレーベルズ)、レーベルのデザインは白とオレンジなので、1973年から78年までの間のリリースとみて、まず間違いない。CBS・ソニーレコードは、73年にCBS・ソニーへと初めて社名変更したのだ。それに78年以降のレーベルは、僕等の世代はおなじみの赤一色になる。




 
73年から78年までの間を考えてみると。国鉄(現JR)のキャンペーンから始まった「ディスカバー・ジャパン」のブームが、ひとつの価値観として根付いた時期だ。具体的に言えば、独身女性が全国各地の小京都などを訪ねる一人旅が、おしゃれなレジャーとして定着した頃。一方、男性のほうではオーディオ・ブームが起きていた。再生音の質にこだわるマニアからすると、強い打音とゆっくり(常人にはほぼ聞こえないレベルまで)フェイドアウトする余韻でワンセットになっている梵鐘は、オーディオ・チェックには格好の素材だったらしい。男女それぞれのニーズがちゃんとあっての、レコード化だったと。

 

 ちなみに書いておくと、このLPは、その前にやはりCBS・ソニーが発売していた『日本の名鐘』シリーズ、それから84年に発売されたCD『梵鐘』と、何らかのつながりがある……とネットで調べてみて分かった。『日本の名鐘』シリーズの帯のコピーは、本盤と同じ「日本の伝統 音に残された日本人の美意識」。それに84年のCD版は、収録された寺に違いがあるのに、タイトルの書が同じなのだ。少なくとも共通したスタッフがいるようだ。上記のレコを入手できて、それでも不明な点があったら、ソニーに直接聞いてみようと思います。(聴き比べした上でないと、問い合わせは図々しい気がする)

  

本には書けない音を記録。聴くメンタリーの本領

 意外に鐘の音にカンゲキできたので、参考図書を探した。最寄りの図書館で検索して、書庫から出してもらったのが坪井良平『新訂    梵鐘と古文化』4793 ビジネス教育出版社)。

●梵鐘は仏教とともに伝来した(つまりその技術を持つ鋳物師が渡来した)ものであり、法器であるのがメインでありつつ、戦の陣鐘、地域の目覚まし時計代わりなどの用途で敷衍したこと。

●中国や朝鮮の鐘の模倣から始まったが、文化全般のものごとと同様、独自の解釈と改良が加えられて平安時代には、僕たちが梵鐘といえばこんな音……と共通で了解できるJな鐘、和鐘が確立する。現在、国内で梵鐘と呼ばれるものは基本、和鐘をさすこと。

●奈良時代の作の口径は、現存の平均で約102cm。室町時代になると65cm。時代が下がるに従い、サイズは小さくなること。

●鋳造数は奈良、平安、鎌倉時代と増え続け、戦乱の世だった南北朝、室町になると一気に減少する。そして江戸時代になると爆発的に増えたこと。

●だが戦争中の供出令により、江戸時代の梵鐘の大部分は金属資源確保のために潰されたこと。

(ついでに書くと。そんな乱暴な要求が法令化されるほど物資が無いのに(無いから)、日本は他国を軽蔑して(でも懐具合が妬ましいから)、戦争したのだ。大和魂で何とかなると思った。こういう風に、定期的に極端な視野狭窄に走る民族的性癖も、確かに「日本の伝統」だと言えば言える)

 などを平易かつ丁寧に教えてくれる。梵鐘だけに絞った入門書なんてあるかな……と思っていたから、ありがたいよ。本盤を聴かなければ、存在すら知ることも無かったろう本だ。こういうことがある、ふだん興味のない分野の書物だろうと、華氏451度でさっさと焼いてはいけないね。

 ただ、あいにく、と言ってはなんだけど。生涯を梵鐘の調査に費やされたという坪井良平先生の興味は、表面に施された銘文や装飾にほぼ集中しており。出す音、響きについての記述は残念ながらほとんど無いのだった。
 そこを補えるのが、レコードの価値。本盤の本格的な手ごたえは、奈良から江戸までの時代、弘前から福岡までのエリアの梵鐘の録音を集めて、一種の環境レコードとして楽しめつつ、音の側面から歴史や分布を学べるところにある。まさに「聴くメンタリー」の本領発揮だ。

▼Page2  音読して味わってください、これが梵鐘の音だ につづく