【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第7回『梵鐘』

 

文字では表せない味わい……を文字にする

 

 いかがだったでしょうか、ワカキコースケの手による、全国の名鐘の音聴き比べ。

 もちろん、自分でもバカっぽいのはよく分かってる。熱心に起こしているうち、気が付けばウルトラ怪獣の鳴き声図鑑みたいになってしまった。野鳥愛好家のおじさんが、よかれと思って「モズはキーキチキチ、と鳴きます」とブログで説明してくれているのを読んでも、申し訳ないほど役に立たない。あれに近い。
 ただ、32の音を文字にしてみた結果、1つも表現が重ならなかったことには、感心した。梵鐘の響きはそれだけのニュアンスと個性があるのだ。

 あるひと(この連載の理解者で一応いてくれる)と会っている時、「ゴーン、カーンと鳴ってはいるんだけど、違う音も鳴って同時進行で響くんだ。梵鐘には実にね、フシギな面白さがあるんだよ」と上手くまとまらないままワーワー語ったら、「それって、要は倍音とかハーモニクスのことじゃないの?」とあっさり言われ、目からウロコが落ちた。

 そうか、「ゴーン」と鳴る音の2倍、3倍、4倍……の周波数の音が、複合的に響くから、「ボゥオゥオーン」「ゴトゥゥオゥーン」と聴こえる。そう捉えれば、すごく腑に落ちる。
 おかげで、そこらへんを楽理的に追求したのが作曲家・黛敏郎で、東大寺の鐘の響きを分析してオーケストラで再現したのが『涅槃交響曲』59)、ということまで延長で知ることができた。でないと、それこそ伝統の重み、幽玄の妙……みたいなボンヤリした表現でまとめて、逃げちゃうところでした。

 なので、鐘の音を文字にしてみたのも、それなりに意味がある気がしてきた。
 仕事の資料で買っている「月刊カラオケファン」(ミューズ)で、児童音楽の作曲家・海沼実が読み応えのあるコラム「海沼実のカラオケ備忘録」を連載している。1212月号の第6回では楽譜と採譜について話題に取り上げ、「楽譜は音楽の備忘録であり、単なるメモ書きのようなもの」と書いていた。歌手は曲を自分のモノにする過程で、自然と、最初に作曲家が用意した楽譜から離れ、独自に進化させていく。その歌を採譜すれば、自ずと楽譜は違ったものになる。全部違う、しかし全部正しいのだと。

 記録を人に見せる形にする、つまりドキュメンタリーをこさえるってことを考える上で、すごく面白いヒントだと思う。





 

 

 

 

【盤情報】

『梵鐘』

発売年不明(1973~78の間)/¥4,400
CBS・ソニー 2枚組

【プロフィール】 

若木康輔(わかき・こうすけ)

1968年北海道生まれ。本業はフリーランスの番組・ビデオの構成作家。07年より映画ライターも兼ね、12年からneoneoに参加。今回は梵鐘評論家になりきりました。映画では『男はつらいよ』シリーズの、源公が叩く柴又帝釈天の鐘がおなじみ。それにパッと思いつくのは『西鶴一代女』。『麻雀放浪記』のエンディングも鳴るのは梵鐘でしたね。焼跡、鎮魂、勝負、業、非情、無常。まさに「倍音」の演出だった。http://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968