【Review】現状を変える希望、そして音楽〜 『パレードへようこそ』text UMMMI.

© PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.

自分が世界を変えることが出来るんだと心底思っていた時があった事実を、なかったことにはしたくない。日々の生活に追われて今の生活を送ることは時々うんざりするけれどそれなりに楽しいこともあり、何かをすることでこの現状が大きく変わることなんてほとんど無いに等しいということは自分が一番わかっていることでもある。しかし、どうしてもやっぱり、自分は世界を変えることが出来るんだという気持ちを捨てきることも出来ないまま月日だけはどんどんと過ぎ去って行く。

ねえじゃあ一体どこに希望を見出せばいいの、という気持ちの100%の返答が映画『パレードへようこそ』にあった。この実話を元にした映画の舞台は鉄の女と呼ばれたサッチャー政権下、不況に揺れる1984年のイギリスである。スクリーンは、彼女が発案した炭坑閉鎖案に抗議するストライキ映像がアナログテレビ画面に流れている不穏なシーンで始まる。そしてそれを見たゲイ活動家である若きマークは、動き出すのだ。彼は炭坑労働者にとって警察と政府が敵であるところ、また世界の端くれとして追いやられている身がとても他人事ではないと感じ、炭坑労働者とその家族を支援するために募金活動を始めるのである。こういった、他人の痛みを自分のものとして受け止めて、なんとか良い方向へ変化させようと一生懸命でいるマークを見ていると、思わず『良心の領界』の冒頭に掲載されている、レズビアンでもあるスーザン・ソンタグの「若い読者へのアドバイス…」を思い出さずにはいられない。

傾注すること。注意を向ける、それがすべての核心です。眼前にあることをできるかぎり自分のなかに取り込むこと。そして、自分に課された何らかの義務のしんどさに負け、みずからの生を狭めてはなりません。 傾注は生命力です。それはあなたと他者とをつなぐものです。それはあなたを生き生きとさせます。いつまでも生き生きとしていてください。

―スーザン・ソンタグ『良心の領界』NTT出版

テレビを見て炭坑労働者を救おうと決めたマークは、レズビアンゲイパレードの打ち上げの席でその旨を仲間に伝える。「僕は、LGSM(炭坑夫支援レズ&ゲイ会)を組織することにする!」と、高らかに宣言するのだ。しかし、多くのひとは炭坑労働者が僕らを気にするはずはないと馬鹿にして帰ってしまう。残った数少ない一人であるレズビアンのステフは、LGSMなんてキャッチーじゃなくてダサいと言い出す。それに対して周りは、バンド名じゃないんだから別にいいんだよとなだめるのである。その後、なんとかやっと組織がまとまり盛り上がるシーンではすかさずThe Smithの「What difference does it make?」が流れ出し、みんなでお決まりのように夜の街に繰り出す。なんて溢れる青春なのだろう!The Smithの音楽が鳴り響いている劇中では、ステフが好きだった女から隠れながらThe Smithのライブであの女に振れたから会いたくないの、とトゲトゲしくふてくされる。それはまるで「Now you have gone and you must be looking very old tonight(僕から去っちまった君は、今夜すごく老けてるに違いないね)」という「What difference does it make?」のように、ミステリアスなセクシャリティーの持ち主でもあるモリッシーによる愛の負け惜しみ感たっぷりな曲と共鳴する。

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しかしエイズ問題が大きな問題として蔓延り始めた80年代のイギリスにとって、ゲイまたはレズビアンはほとんど異星人のようなものであったという。ましてや炭坑という、田舎街の伝統的な場においては尚更であろう。そのため、偶然と幸運が重なりLGSM寄付金の受け取り先となったウェールズの炭坑でも、彼らの支援を受けることに賛成する人と、断固反対する人に別れてしまうのである。いつだって新しいものは怖い。けれど、当たり前だがゲイやレズビアンは全く新しいものなんかじゃないのだ。そのごく当たり前の生活のひとつがゆっくりと表に出てきただけに過ぎないのである。といった人間の多様性を、徐々に力を合わせることで仲良くなっていくレズゲイチームと炭坑労働者チームの交流によって、改めて美しく気付かせてくれる。そうしていつだって、新しい重要な出会いが産み出されるのは、音楽によってなのだ、というより根源的な喜びも、この映画は併せて改めて気付かせてくれるのだ。

最初はLGSMのみんなに誰も話しかけることのなかった炭坑の人々だったが、炭坑町の小さなタウンホールで、彼らはCulture ClubやFrankie Goes to Hollywoodの音楽にのせて派手に踊ることで村の人と一気に距離を縮めることに成功する。いつだって音楽とダンスは、全てではないけれど、ほとんどのことは解決してくれる、という希望を強く持ち続けることが出来るような息を飲むほど美しいシーンだ。だって、自分を忘れて踊ることが出来る音楽を愛しているひとを100パーセント嫌いになることは、人間の本能としてすごく困難だから。そうして彼らの小さながんばりは、少しずつ大きなムーブメントになってゆく。「なぜ炭坑労働者の支援をしようと思ったの?」というマスコミの質問にたいしてマークはチャーミングでユーモアたっぷりの返答を用意することだって出来るようになるのだ。「炭坑の人が働いてくれた電力で、ゲイが朝まで踊ることができるからだよ」と。

この映画では、ゲイやレズビアンというセクシャルマイノリティーが中心となっているが、もちろん世界にはあらゆるマイノリティが存在する。そして同時に、マイノリティとカテゴライズされないマイノリティ、それは例えば、ゲイやレズビアンでもなく、家がないほどの貧乏でも一生働かずに暮らしていける金持ちでもなく、犯罪者や新興宗教の信者でもなく、でもなんとなく社会に適合できない、或いはなんとなく上手く人と話すことができない、といった種類の、デモを起こすことで変わるといった希望を持つこともできないマイノリティも存在するだろう。そういった狭間に揺れる人々を、マイノリティと言いきってしまって良いのかすらも解らない。けれどこの映画はマイノリティだけでなく、そういった狭間に位置する人にも同時に、多大な勇気や影響を与えてくれる稀有なものとなっている。

人生は、基本的には生まれてから死ぬまで辛く厳しいと思わずにはいられない時がある。あらゆるバックグラウンドを持ったあらゆる思想の人が共生するこの世で、働いたり、たまには友人とお酒を飲んだり、そういった生活のあれこれにどうやって上手く経ち振る舞うことが出来るのだろう。失敗することだって怖い。炭坑労働者たちはストライキを起こし対抗した、LGSMも金銭面の支援からライブ活動やマスコミ活動もがんばった、しかし、いくらがんばったとしても、彼らのストライキはサッチャー政府による炭坑閉鎖案を破ることは出来なかったことも事実である。

失敗は成功のもとと言われているけれど、同じ失敗は二度とやってこないから何度も違うバージョンの失敗を繰り返すのかもしれない。そう思わなければしんどいほど失敗続きの人生よ。でも、その失敗する過程がなによりも重要だと思えるような、楽しくて一生懸命な日々を、この『パレードへようこそ』は私たちに真摯に伝えてくれるのである。

 

【映画情報】

『パレードへようこそ』
(2014年/イギリス/121分/原題:PRIDE)

監督:マシュー・ウォーチャス
出演:ビル・ナイ、イメルダ・スタウントン、ドミニク・ウェスト、アンドリュー・スコット、ジョージ・マッケイ、ジョセフ・ギルガン、パディ・コンシダイン、ベン・シュネッツァー
日本語字幕:齋藤敦子 後援:ブリテッシュ・カウンシル、英国政府観光庁
提供:セテラ・インターナショナル、KADOKAWA
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル 宣伝協力:Lem

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シネスイッチ銀座ほか、全国で大ヒット公開中!

公式サイト:http://www.cetera.co.jp/pride/

【執筆者プロフィール】
UMMMI.(ウミ) 
ライター/映像作家。 主にQUOTATION MAGAZINE WEBで映画レビュー、展覧会レビューを執筆。ジェンダーや個人史、境界線をテーマに映像と文章をメディアとして作品制作をしている。過去にイメージフォーラムフェスティバルヤングパースペクティブ部門入選、オールピスト東京入選など ( http://www.ummmi.net )

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