【ワールドワイドNOW★カンヌ発】カンヌ国際映画祭マーケット「マルシェ・ド・フィルム」を訪ねて② text 植山英美

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|シャルリ・エブド誌事件の余波

今年で68回目を迎えたカンヌ国際映画祭は快晴の中の開幕となった。ここ2,3年は、日程の半分ほどが豪雨で、寒くてダウンジャケットの着用が大げさではないほどの悪天候に見舞われていた。映画祭参加者に配られるフェスティバル・バッグの中に、昨年は折り畳み傘が入っていたほど、雨は名物だった。だが今年は開催期間中ほぼ快晴。折りたたみ傘やセーターの代わりに日焼け止めが必需品となった。

仏週刊誌襲撃事件から初のカンヌということで、セキュリティはかなり強固になる予定と映画祭事務局が通知、我々にも「マルシェ会場に入場するには身分証明書が別途必要」と連絡があったのだが、実際には例年と変わらず、バッヂ・スキャン→荷物検査→金属探知機身体検査のみだった。セキュリティ担当の面々も特に神経質になることもなく笑顔を絶やさない。荷物検査が若干例年より丁寧であることを除けば変化はなく、チェックを受けている側からも緊張感は微塵もない。

 

有事に備えて待機する 警察車両

 

レッドカーペットの周囲もいたって通常で、多くのギャラリーが歓声を上げていた。いったいテロの警戒感はどうなっているのか、と勘ぐるほどだったが、映画祭関連の建物が点在するメイン・ストリート、クロワゼット通りを歩いていくと20台ほどの警察車両バンが待機してあるのを発見。また裏口のヨットハーバー側にも10台程度が待機していた。有事を想定していても、来場者が気付きにくい場所でとの心意気が素晴らしい。これがもし9.11 後のニューヨークでの映画祭であったら、レッドカーペットは半径200メートルにおいて、一般人の出入り禁止、などの措置が取られていたと想像できる。その方が安全を保障するのには容易だし、威嚇的。だが参加者は楽しみが半減され、不安を感じるかもしれない。そこを考慮したのかは確かではないが、目立たなく警備をするのは粋ではないか。

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プレミア上映にはタキシード着用

 

華やかなコンペティション部門の夜のプレミア上映は男性は蝶ネクタイ着用とイブニングドレス、とドレスコードが厳格に決められている。映画という文化に対して、オペラやクラシックコンサートのガラと同じような基準が設けてあり、いい習慣だと感じていたが、今年はこのドレスコードが大問題となった。女性がハイヒールを着用していないとの理由で、入場を拒否された件が発生。SNSで発信すると、ハイヒールを履けない年齢の足の悪い女性たちには不可能、との声や、女性差別、との声が上がり、CNNを始めとする世界でこの件に関するニュースが配信されるに至った。

|DOCコーナーでのセールス

nondelaico ブース

今年は『フリーダ・カーロの遺品、石内都、織るように』をはじめ、CINANDO のマルシェ参加作品ページには、ほぼドキュメンタリー映画ばかりの作品を登録したので、そこを拾ったドキュメンタリー専門ブース、DOC コーナー が参加登録をオファーしてくれた。ここでは2日に一度、5社程度のゲストに売り込む機会を与えられる DOC Meets という会合がある。ドキュメンタリー専門の配給会社、ドキュメンタリー映画祭のプログラマーなどのゲストに、順番に自分の作品のプレゼンを行なっていくというもの。

これはとにかく早い者勝ちで、20人程度の製作者が次々と自作のプレゼンを行う。自分の作品が果たして印象に残ってもらえるのか。他人を押しのけるのが苦手な日本人としてはなかなかの修行の場。それでもプレゼンを行い、DVDサンプルや資料を渡せた。

また DOC コーナー主催からブランチ・パーティにも誘ってもらった。目の出ていない若手の製作者が売り込みを兼ねる親睦会と思いきや、着席式のなかなかの豪華な会で、どうやらカンヌ中のドキュメンタリーの重要な会社やプロデューサーが一同に集う、この筋ならばマストな会合だったようだ。事実、たまたま隣に座っていた眼鏡の女性に話しかけると『アクト・オブ・キリング』のプロデューサーであったり、他にもテーブルにはトロント映画祭のドキュメンタリー担当者や、ニューヨークに起点を置くコミュニティ・シネマの劇場番組担当者などなど。CINANDO 経由でメールをしても返信がなかった人物にも直に会え、ここで一気に名刺交換ができたのは幸運であった。

 

ジャパン・ブース 前面の様子


ジャパン・ブース では 常連会社、新規参入もあれば、誰もが知っている会社もあれば、我々のような弱小とさまざま。通常の映画は少し苦戦をしいていて、まだまだJホラーやアニメに注目が集まる。ブース場所はメイン会場であるパレ内。常連会社はいままで取引した会社に連絡すればいいわけだが、我々のような新参者はいわばクライアントの全員が新規開拓だ。とにかく準備に時間をかけるが、興味をもってもらえそうな会社のピックアップだけでも膨大な時間がかかる。全体のスケジュールとしては、6日目の月曜までが勝負。あとは参加者が減り、閑散とする。

上映が本格的に始まっていない初日は、10大映画祭などの大きな映画祭関係者とのミーティングの唯一のチャンス。ベネチィアやロカルノ、ロカルノ批評家週間、トリノなどとミーティングを行えた。特にヨーロッパの映画祭ならばスタッフ大勢が参加するので、アジアには来ないドキュメンタリー担当者などに会えるチャンスだ。

 

DOC Meeting の様子

 

2日目3日目はマルシェ参加者も出揃うので、可能な限り会う。ミーティングの合間にアポの取れなかった相手にもう一度ダメもとのメールを入れるのもこの時期。上映のスケジュールも出て、まあこちらのような小者に会ってみてもいいかな、と思ってもらえたのか、5件ほどの会社に新しいアポが取れた。

だいたい午前9時前くらいにブースに到着して、コーヒーブレイクを除いてほぼ張り付きで午後6時半まで。ブースにたまたまいない時に、有力な会社のスタッフがふらりと寄ってくれたりということもよくあるので、もうとにかく現場にいることが重要。昼食もサンドイッチ持参でその場で流し込む。

土日にあたる4、5、6日目はマルシェの本丸。この日程の来場が一番多く、とにかくミーティングを重ねる。ポスターを見かけて声をかけてくれたり、もともとのアポイントもあり、多くのクライアントと出会えた。加えて土日月にかけて、多くの国や会社がパーティーを行う。これにも何箇所か顔を出し、有力な映画祭のディレクターや配給主などに挨拶をしておくのも大事な仕事だ。

カンパイナイト会場の様子

 

|各国のパーティー事情とクール・ジャパン

今年のカンヌでは、アジアの国のパーティー事情が大きく変化した。隣国の韓国と台湾のパーティーが同じ日程の17日に開催された。去年釜山国際映画祭にて『ダイビングベル』というセウォル号を扱ったドキュメンタリー映画の上映をめぐり、釜山市と同映画祭が対立。映画祭ディレクターの交代、韓国映画振興委員会 KOFICが同映画祭への助成金を半分近く減額するなど、映画祭との間に確執をもたらした。また韓国政府の表現の自由への介入は多くの映画人を失望させる事態となった。KOFIC主催のパーティーは、例年なら入場に列ができるほどの盛況になるが、今年は閑散。目立った映画人も姿を見せなかった。一方台湾パーティの方はホウ・シャオシェン監督、ジャ・ジャンクー監督、日本の是枝裕和監督、河瀬直美監督、永瀬正敏氏などが集結。同監督らがステージで挨拶を行うなど、台湾映画界との強固な関係を見せつけた。一方タイのパーティーにはプリンセスが来場した。

 

台湾パーティーでスピーチする ジャ・ジャンクー監督

 

日本も今年は3年振りとなるパーティーを開いた。どの大きな映画祭に行っても「日本のパーティーはないの?」と聞かれ、困惑していたので、これは助かった。隣国はもちろん、各国が威信をかけてパーティを開催するので、日本のような経済大国がパーティーを開かないということに関して、映画に対する国の考えを露呈するようで、映画祭参加者は悔しい思いを抱いていた。日経新聞記者が「パビリオンやパーティーはインフラ」と称していただが、言い得ている。

開かれたパーティーはマスコミ発表で1100人、実質1400人が来場。8時からの開催だったが、7時を過ぎるとすでに満員御礼、さながら満員電車の中のごとくのすし詰めの状態。移動するのも困難で、いくらなんでもこれは入れ込みすぎ、と批判が相次いだ。自身も招待したクライアントにほとんど会えず、用意された「パリから招聘した寿司職人の握る寿司」や「日本から持ち込んだ鉄板で焼いたお好み焼き」などは口に入れることはできなかった。

それでもカンヌ映画祭ディレクタークリスチャン・ジュネ氏、浅野忠信氏、河瀬直美監督、永瀬正敏氏、深津絵里氏、ジャ・ジャンクー監督、各国の映画祭プログラマーも大勢駆けつけた。批評家週間ディレクター、シャルル・テッソン氏は、舞台挨拶司会の合間を縫って数10分だが参加してくれた。東宝や松竹、KADOKAWA、GAGA など日本の映画会社の社長も顔を揃えるなど、ゲストは豪華。今年一番のパーティとの声も聞こえた。

 

カンパイナイトの寿司職人

 

日本はパビリオンも開設。経済産業省の支援を受けて、映画、テレビ、アニメ、漫画、音楽、ゲームなどの海外発信事業「ジャパンデイプロジェクト」が今年よりスタートし、その事業の一貫としてパビリオンが開設された。アンドロイドやコップのフチコのガチャガチャなどがパビリオンを飾り、くまモンがゲストとしてイベントを開いたが、映画関係者がこれらのイベントやグッズに興味を持つことはなかったようだ。タキシード着用を義務付けるほど映画をリスペクトする映画祭に、漫画やテレビを持ち込むのはどうかと思うのだが、経産省の思惑と、日本映画を売り込むため、日々戦う現場とは開きがあるようだ。

また映画祭開催1カ月前にイベントやパーティなどのパビリオン使用の募集のメールが来るなど、運営は明らかにバタバタ。それでもパビリオンは存在することが大切。来年の継続を期待したい。(つづく)

 

マルシェ会場を一歩出ると紺碧海岸の海

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|プロフィール

植山英美 Emi Ueyama
兵庫県出身。20年以上を米国ニューヨーク市で過ごし、映画ライターとして多数の国際映画祭にて取材。映画監督、プロデューサー、俳優などにインタビュー記事を発表するかたわら、カナダ・トロント新世代映画祭・ディレクターを務める。2012年日本帰国後は、映画プロ デューサーとして活動中。英語、スペイン語に堪能。