【ワールドワイドNOW★カンヌ発】カンヌ国際映画祭マーケット「マルシェ・ド・フィルム」を訪ねて①[事前準備篇] text 植山英美

いよいよ昨日5月13日より開幕した世界最大級の映画の祭典・第68回カンヌ国際映画祭。ガス・ヴァン・サント、ジャック・オディアール、ジャ・ジャンクー、是枝裕和らの新作がコンペティション部門を彩るいっぽう、各国から新作の買い付けが行なわれる国際映画マーケット「マルシェ・ド・フィルム」にも注目作品が多数つどいます。

neoneo webでは、先日の全州国際映画祭でワールドプレミア上映され、8月の日本公開が待たれる『フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように』(小谷忠典監督)を携えてフランスを訪れているコ・プロデューサーの植山英美さんからの現地レポートを全3回にわたってお届けします。今回は「事前準備篇」として、「マルシェ・ド・フィルム」とは何かにせまります。(編集部)

*連載第一覧はこちら。


 |「マルシェ・ド・フィルム」とは

映画『フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように』を携えて、今年もカンヌ国際映画祭で併設されている国際映画マーケット、 マルシェ・ド・フィルム に参加することとなった。

『フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように』は、現代日本を代表する写真家のひとりで、昨年日本人で3人目となるハッセルブラッド国際写真賞を受賞した石内都が、死後50年を経てその封印を解かれたフリーダ・カーロの遺品たちを写真に収める過程を追ったドキュメンタリーで、当作品のコ・プロデューサーをしているのだが、作品自体メキシコ、フランスと2カ国に渡って撮影を行っているのと、日本語、英語、スペイン語、フランス語など、他言語の作品であるということで、海外のマーケットにも親和性があるだろうと、ならば積極的に海外に売り込みたい、という思いもあり今回カンヌ・マルシェに参加するに至った。また日本のドキュメンタリー作品を専門にマーケットにて紹介している会社がないので、合わせて出会いを作れれば、と期待している。

 

ニュースなどでよく見かけるパレの建物正面

世界3大映画祭のひとつであるカンヌ国際映画祭だが、マルシェも世界3大映画マーケットのひとつで、イタリア・ミラノのMIFED、米国・ロサンジェルスのアメリカン・フィルム・マーケット(AFM)と並ぶ。映画祭と併設されているマーケットとしては世界最大で、去年の出展数は1055社、来場者数は約12,000人。現時点の参加登録会社(出展含む)は4,800社に登るので、だいたいの規模が想像できるだろうか。

新作を持ち込み、配給会社に売り込むのが主なマーケットの目的だが、新作を探しに映画祭プログラマーも大挙して来場する。約150の国・自治体のフィルム・コミッションもパビリオンを出展し、自国でのロケーションを売り込むのにやっきだ。

保険会社、弁護士、音楽家までも売り込みにくる。監督が次回作の資金を提供してくれる会社を探すこともあれば、俳優がプロデューサーとの出会いを求めて来たり。

 

会場は広大。主に3つの建物、映画祭のメインとなるパレ(パレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレ)、リビエラ、マリタイムに分かれる。パレだけでも地下1階、地上6階建てで、コンペティション作品の上映が行われる座席数2300のグラン テアトル リュミエールをはじめ、ドビュッシー ホール、ブニュエル ホール、バザン ホールと座席数1000規模の劇場を4つ内在、そのほかに10以上の試写室もある。またプレスセンターもこちらで、記者会見場、記者室がある。映画祭事務局もこの中にある。

リビエラはパレとつながっており、敷地的には同程度。広大な建物に入り組んだ通路を割り、ブースを建て込むので、まさに迷路だ。番地もブース番号も地図もあるのだが、お目当てのブースへ向かうと必ず迷う。

|ジャパン・ブースでのセールスとCINAND

我々が席を構えるのは JETROとユニジャパンが主催する日本映画コーナー、「ジャパン・ブース」で、パレ地下1階に位置し、86㎡の面積がある。参加資格は中小企業という縛りがあるものの、ショーゲートや東北新社など、そこそこの大企業も名を連ねる14社で、例年よりも5社ほど多い。

ここへの参加目的は作品を売ること。まず、アポイントメントを取り、会って話を聞いてもらい、DVDや資料を渡して、なんとか配給権なりを買ってもらうよう交渉できる段階まで持っていきたい。そのためには、アポイントがないままマーケットに突入というのはどうしても避けたいので、事前に興味を持ってもらえそうな企業、映画祭関係者をリサーチをし、とにかくメールを送る。一斉メールを送るより、個別に名前入りのメールをしたほうがよさそうな重要な相手には個別に、と使いわけながらきめ細かく対応する。

 

CINANDO のフロントページ

 リサーチは CINANDOという世界各国の映画産業の企業や関係者のみ閲覧できるサイトを使う。サイトに登録している企業は25,000社、映画祭は2000とある。マルシェ参加を登録すると自動的にここにも登録されるので、企業の紹介やスタッフ紹介(肩書き、連絡先など)、映画祭や映画祭のプロググラマーなどを検索しリストを作り、とにかくこれで会いたい人を探して連絡を試みる。CINANDO にはもちろん自身も登録できるので、各作品ページも製作できる。アップロードすれば予告編のみならず本編も視聴できるよう設定できるので、世界に散らばる映画祭のプログラマーにもDVDを送らなくても観てもらうことができる。

ジャパン・ブース担当スタッフとよく話すのが、「CINANDO 後の映画祭の世界」についてだ。少し前まで紙の配給会社リストを引きながら、電話でアポイントメントを取っていたのだろうが、インターネットが始まり電話がメールに代わり、ついにCINANDO のような、マーケット参加会社検索サイトが出来た。本編も観れるし、連絡も出来る。ならば何10万円もかけてカンヌに来る甲斐は果たしてあるのか。「近い将来映画マーケットは消滅してしまうだろうね」という会話をし始めてからすでに3年経つ。まだマーケットはやっているし、参加人数は増加し続けている。人間同士のふれあいはまだまだ大事なのかな、と胸をなで下ろしているのが、正直なところだ。

 ―

|各国のパビリオン

インターナショナル・ヴィレッジ。各国のパビリオンの国旗が印象的。

 リビエラ会場から浜へ渡るとインターナショナル・ヴィレッジというエリアに当たる。国や自治体がパビリオンを出し、フィルム・コミッションがロケーションの誘致を行うだけでなく、特産物を紹介したり、その国の映画祭への参加をPRしている。フランスやインドなどは、政府の出す助成金取得の方法を説明するセミナーを行うし、フィルム・コミッションの助成の説明会も毎日行なわれている。ロケーション誘致はよほど外貨を取り込めるのか、会期中に配られるスクリーン誌などの雑誌にも大々的に広告を出している自治体が多い。

おおよそ映画産業などあるのかなと勘ぐりたくなる小さい国でも、毎晩カクテルパーティ開催し、またそれが盛況ならば、映画産業への投資資金は潤沢と見立てられ、より多くの製作者がその国のロケに興味をいただくかもしれない。国のイメージ戦略としても有効なので、各国こぞってこのパビリオンに大金をつぎ込む。韓国や英国などは毎年一番目立つ場所にパビリオンを建てる。

日本は……ここ3年ほどパビリオンの出展はなかったが、今年はどういうわけか経産省から予算がついたらしく無事出展する。日本の映画の文化を広めて、ロケーションを誘致するのが正しい目的だと思うが、メインゲストが”くまもん”というのだから、スポンサーである官製ファンドは、そのあたりをあまり意識していないようだ。日本の映画遺産が豊潤であるのは世界の誰もが知るところ。映画祭参加者は総じて映画ヲタクだから、”くまもん”より仲代達矢氏やら吉田喜重監督やらを招聘したほうが喜ばれるしニュースにもなると思うのだが。

 ―

|テロ後のセキュリティ

2年前に参加した時のバッヂ。パーソナルナンバー制度で、番号は一度取ると変わらない。

バッヂの種類によって出入り出来る場所も違う。ゲストのラウンジもあれば、ゲストのアテンド専用の事務局もあり、取引高の大きいバイヤーしか入れないラウンジもある。

マルシェ会場には入場する前に金属探知機と手荷物検査をさせられるのだが、今年はセキュリティがさらに厳しくなるという。今年初めのフランス紙襲撃テロ事件が起きたことは記憶に新しいところだが、以降ヨーロッパの主要な駅や展示会でテロの予告がある。開催中のミラノ万博にも脅迫状が届いたと聞く。テロの脅威がヨーロッパを席巻しているのだが、もちろんカンヌ映画祭も格好の標的とみられる。

「セキュリティは厳戒態勢なので、身分証明書などに不備がないよう」との連絡がJETOROからあった。バッヂには顔写真も付いているので、身分証代わりなのだが、さらにパスポートなどの提示が求められ、名前が一致しないとバッヂを取り上げることもあるというのだ。

9.11 体験者なので、セキュリティの厳しさには慣れているが、マルシェ会場や劇場での入場が厳しくなると時間もかかるし混乱が目に見えている。レッドカーペットは一般のギャラリーがすぐ近くまで入ってこれるので、安全管理には苦慮するはずだが、どのような対策が取られるのだろうか。今年はレッドカーペットを踏みたくない、と言う関係者も多い。華やかな劇場周辺をバリケードで囲って、軍隊が警備する姿は平和の祭典でもあるはずの映画祭にはふさわしくないのだが、フランス政府も威信をかけるはず。テロ後初の国家をあげてのイベントだ。さて、どうなるか。(つづく)

河瀬直美監督『二つ目の窓』上映後にスタンディングオベーションを受けるキャスト(2014年)

*連載第一覧はこちら。

 ―

|プロフィール

植山英美 Emi Ueyama
兵庫県出身。20年以上を米国ニューヨーク市で過ごし、映画ライターとして多数の国際映画祭にて取材。映画監督、プロデューサー、俳優などにインタビュー記事を発表するかたわら、カナダ・トロント新世代映画祭・ディレクターを務める。2012年日本帰国後は、映画プロ デューサーとして活動中。英語、スペイン語に堪能。