実は天文界の第一人者が集まって協力した、本格盤
廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす、「DIG!聴くメンタリー」。今回も、よろしくお付き合いください。
今回取り上げるのは、1979年に発売された『四季の星座 《春・夏編》』。
「スペース・サウンド」と帯で称された音楽と、星座と神話についてものがたるナレーションで構成されている。ひとことで言えば、プラネタリウムの解説を聞いている気分を、部屋で疑似体験できるよう作られたレコード。
また、ヘンなものを……とお思いでしょうか。ところがこれ、たるんだところの無い、なかなか味わいがあるものだった。
音楽は、現代音楽作曲家の坪能克裕。
オーケストラによる、メロディの強弱を抑えた曲が全編に渡って流れている。宇宙の神秘への畏怖と憧れを象徴するように、チェロやバイオリンの弦が不安に震え、時にハープが甘く鳴る。シロートの例えで申し訳ないけど、武満徹の『弦楽のためのレクイエム』(57)を、もう少しとっつきやすくした感じ。
曲と曲をつなげるように、初期のシンセサイザーによるインストも加わる。こちらはさすがに古臭く聞こえてしまうのだが、〈現代文明の象徴〉という役割にちゃんとハマっている。ハープの響きが〈太古からの星空と人々のつながり〉を表しているのと対照し合う構造になっていて、現代人が星を学ぶコンセプトを、音でデザインしている。
つまり「お勉強レコードのBGMだから、大体この程度で……」と、こなしていない。
そんな気合が入った音楽の上に、ややエコーがかかった声で、
「見上げよう、夜空を。語り合おう、星たちと。空にも人が生きている。いろいろな動物が住んでいる。昔から語り継がれてきた、物語の世界がある」
とガイドが始まる。ナレーションは、なんと小原乃梨子と宮内幸平。2人とも(後述するが)当時のトップクラスのアニメ声優だ。
監修は国立科学博物館勤務の天文学者・村山定男。「指導」とクレジットされている人について調べると、大谷豊和は天文博物館五島プラネタリウムの、藤井常義はサンシャインプラネタリウムの解説員。ライナーノートで解説文を書いているのも、天体写真家の藤井旭。
天文の世界の錚々たるメンバーが、こぞって協力している盤なのだった。おみそれしました。
僕が買わずに誰が買う、と思った
でもね。実は、喜んで買ったわけではない。中古レコード屋で見つけた時は、そんなに本格的な内容だとは露ほども思わなかったし、大体において、これ、現実の音はひとつも収録されてないのが目に見えている。すぐにスルーした。ゼンゼン聴くメンタリーじゃないじゃんって。
その店は、ふだんの僕の生活エリアとは圏外の、東武東上線沿いにある。最近知り合った、近くの会社に勤務している人が「若木さんが集めてそうなレコードがある店ですよ」と教えてくれたので、足を向けてみたのだ。
そしたら、おお、新宿や下北沢でも見たことない!ってのが、本当にゴソッとあって。ありがとう、Hさん。
ナルホドとなったのは、その店には演歌や民謡のLPが、むしろ都心より豊富にあることだった。演歌や民謡がシングルだけでなく、アルバムもまだまだ売れた時代は、聴くメンタリーがよく作られた時期と重なる。
こうして品揃えが充実しているのを考えると、ちょうどその時代に働き盛りが多かった町で、買取処分した人もそれほど移動していないと察せられた。地層から年代と環境が推定できるのに近い。
しかし、他の盤をレジカウンターに出す段になって、後ろ髪をひかれたのである。
(よせ、オレ。ああいうものまで手を付けだすとキリがない。聴くメンタリーは、いかもの食いじゃないんだぞ。珍品趣味なら、他にも愛好家がいるだろう)
(いや待て、オレ。聴くメンタリーの定義を、勝手に狭くしていないか? あれは今、どう考えても、誰も買ってまで聴きたいとは思わないレコードだぞ。そこから何かを汲み取るのが、お前の使命じゃないのか)
人間がヘンにマジメに出来ているので、こういう脳内ディスカッションが始まると、どうにもならない。欲しくもないのに「あの、これもお願いします……」とお店の人に渡さざるを得ない。
それでまた、フシギなもので、ヘンなの手に入れちゃった感が強い盤ほど、妙に情が湧いちゃう。
実に堂々と聴くメンタリーらしい聴くメンタリー、『〈スーパー・ダイナミック・サウンド SLの記録〉日本の蒸気機関車』(77・RCA)などよりも先に、本盤を聴き込んだ。すると、思いがけず充実した内容だったわけだ。
▼Page2 星座にギリシャ神話を当てはめたのが、現在広く伝わる物語 に続く
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