【連載】開拓者(フロンティア)たちの肖像〜中野理惠 すきな映画を仕事にして 〜 第15話 text 中野理惠

邦訳に悪戦苦闘した「ディア・アメリカ 戦場(ベトナム)からの手紙」

開拓者(フロンティア)たちの肖像〜中野理惠 すきな映画を仕事にして
 
<前回(第14話)はこちら>

第15話  ディア・アメリカ

<らくだのハミ皮>の正体

 「ナカノさん、これって、煙草のことですよ!CAMEL、キャメルですよ!」

ひとりの著者によらず、複数の兵士による手紙の集大成の翻訳だったため、文化的背景がバラバラなのが最も苦労した点だったが、この<Camel>はその一例だった。

現在は大手映画会社の第一線で働く柳川さんには、ほんとうに要所要所で、その後もずっと助けられている。

  
「ディア・アメリカ 戦場ベトナムからの手紙」の、<Camel>の書かれた詩(左)と翻訳(右)★印
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戦争の実相

先日『アメリカン・スナイパー』(※①)を見ていて、突然、「ディア・アメリカ」の内容をいくつか思い出した。味方の誤爆による戦死者の多かったことは驚きであり、忘れることができない。ゲリラ戦のため、うっそうと生い茂る木々の陰に自分を狙う銃弾があるかもしれない。それを恐れ、木の葉が落ちる小さな音にも、銃を乱射してしまう。密林を歩く恐怖を何人もの兵士が綴る。また、大学に4年間通う奨学金を目的に、前線に向かう貧しい兵士も多かった。家族からの手紙も収録され、それらからはアメリカ庶民の暮らしがにじみ出ていた。「ベトナムという、どこにあるのか知らない国」と綴る母親―。

アメリカ庶民にとりベトナムは遠く、自国の参戦を納得できず、息子が戦場に赴くことを受け入れられない家族の声が聴こえてくる。

その後も、アメリカ庶民にとり戦争は他人ごとではない。イラン・イラク戦争で命を落とした多くの若者。生還する者も、『アメリカン・スナイパー』で描かれたようにPTSDに苦しみ、一生を棒に振る。犠牲になるのはいつも庶民だ。

日本が70年間、非戦を貫いたことは世界に誇れることだと、敗戦70年を迎えて強く思う。


書名付け 作品の顔

ところで、「ディア・アメリカ」の正式邦訳書名は「ディア・アメリカ 戦場ベトナムからの手紙」である。原題は“Dear America: Letters Home from Vietnam”。映画の日本公開題名『ディア・アメリカ 戦場からの手紙』(※②)が先に決まっていた。書名を決める際、「戦場にベトナムのルビを振らないと内容を一目で伝えられない」、と担当の菊地さんに提案したことを覚えている。映画の題名、本の書名は顔である。一目で、あるいは一言で映画の内容を伝えられることは最も重要だ。自覚はなかったが、宣伝を意識し始めた一瞬だった、と思う。


発行後

そうしてめでたくも、1988年12月の映画公開に間に合うように本は刊行された。ちなみに発行後、自分で書いた<あとがき>は別として、本文に目を通した記憶がない。それほど苦しい日々だった。なのに、これに懲りず、後にもう一冊、翻訳を引き受けてしまうことになる。


X指定』

1989年7月に『X指定』という、アメリカの女性たちの作ったドキュメンタリー映画を、池袋西武百貨店内のスタジオ200で公開した。この時期に、<性の商品化>が社会的に問題になっていたこともあり、映画上映と一緒にトークや講演をした。翌1989年12月にはベトナムに行く船内で講座を持つことで、ピースボートにも招待していただいたのだが、公開に至るエピソードとしては、多くの新聞から取材を受けた事以外はさほど記憶に残っていないが、一件だけ、今でも忘れないことがある。

ポルノと“期待”された向きもあった「X指定」

中年男性客のお目当てとは

スタジオ200は映画館ではない。つまり常設館ではなく、前衛的な舞踏の公演などで知られているスペースだった。それなのに、初日に様子を見に行くと、一人で見に来る中年男性が、チラホラいるではないか!「こういう真面目な男もいるんだ」と話していたが、たいてい途中で出てくる。何のことはない。映画は「朝日新聞」のような一般紙以外スポーツ紙などでも取り上げられていた。恐らくそれらの記事を読み、エッチな場面を期待してきたのに、アンチ・ポルノの内容だったので、退屈だったのだと思う。

自分たちのお目出度さを笑ったが、同様のようなお目出度い解釈は1995年のある日にも起きたが、その時は、笑ってすまされないことになった。それは後述する。

税金の遣われ方

この時期の出来事で他に記憶に残っているのは、「東京おんなおたすけ本PartⅡ」のことである。「東京おんなおたすけ本 お母さんが元気に働く本」の取材で、税金の使用途に関心を持ち、東京都の税金の遣われ方をテーマにする内容で、続編を発行したかった。「東京おんなおたすけ本」での引出し何杯分もの豊富な資料を分析し、責任者にインタビューをする。提言もしたかった。当時、女性問題の本を手掛けている、ある老舗出版社を退職した女性が、編集者としてパンドラに籍を置いていた。彼女にこの企画を話したところ、予想もしない返事が返ってきた。

※①映画『アメリカン・スナイパー』
製作は2014年で、日本公開はワーナー・ブラザーズ配給により2015年2月。クリント・イーストウッド監督。イラク戦争に4回従軍したクリス・カイルによる自伝「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」が原作。

※②映画『ディア・アメリカ 戦場からの手紙』
製作は1987年で、日本公開は東宝東和配給により1988年。ビル・コーチュリー監督。兵士の手紙をロバート・デ・ニーロ、ウィレム・デフォー、マイケル・J・フォックス、ロビン・ウィリアムスなどハリウッドスターが実録映像を背景に、兵士たちの手紙を朗読する。

(つづく。次は9月1日に掲載します。)

中野理恵 近況
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また、長い付き合いの友人知人たちから近著書が贈られてきました。「山形映画祭を味わう」(倉田剛著/現代書館刊)「「女の子」という運動」(田丸理砂著/春風社刊)。いずれも時間をかけた力作です!

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