2015年は多くの戦争映画が上映された。
『野火』『この国の空』『日本のいちばん長い日』『戦争ぬ止み』『沖縄 うりずんの雨』『“記憶”と生きる』『インペリアル 戦争のつくり方』など。今回はその中で『“記憶”と生きる』『インペリアル 戦争のつくり方』『天皇と軍隊』『日本のいちばん長い日』(原田眞人版)「太陽」(04)「終戦のエンペラー」(12)を取り上げる。
「キーワード」は昭和天皇である。そこから「昭和天皇の歴史」を浮かび上がらせることが本稿のテーマである。
取り上げた6本の映画は、全て昭和天皇の姿を見ることができる。『“記憶”と生きる』(15 監督:土井敏邦)は、「第1部 分かち合いの家」で、元従軍慰安婦たちが「分かち合いの家」で暮らしている5人のハルモニ(おばあさん)たちが、いまだに許せない日本に対する抑え切れない怒りを吐露する。そして「第2部 姜徳景(カン・ドッキョン)では末期の肺がんに侵された姜徳景さんは元慰安婦で絵の才能があって時折、絵筆を走らせている。そんな姜さんに土井敏邦監督が「一番許せないことは」と聞いても姜さんは答えず、ただ絵を示すだけ。その絵は昭和天皇の姿であった。
『インペリアル/戦争のつくり方』(15 監督:金子遊)は2045年に中国とアメリカとの間に「第3次世界大戦」が起きて日本列島が壊滅してしまうSF的要素に満ちた作品で、金子監督はクリス・マルケルの『ラ・ジュテ』(61)を亀井文夫的に撮っている。昭和天皇のニュースフィルムをつなげ、その間に宮台真司や福島みずほのコメントが入る。『インペリアル/戦争のつくり方』に現れる昭和天皇の姿は、編集によって権力者のカリスマ性を出している過激な作品だ。
『天皇と軍隊』(15 監督:渡辺謙一)では、ニュースフィルムと田英夫やジョン・ダワーのコメントのつなげかたは『インペリアル/戦争のつくり方』に似ているが、1945年から89年までの昭和天皇の映像と、ロラン・バルトの「表徴の帝国」の引用から始まるナレーションの情報量の多さと辛辣さは類を見ないものである。『天皇と軍隊』においては、今まであまり見たことのない昭和天皇の映像の多さに圧倒される。とりわけ「天皇 マッカーサー会見」のため、米国大使館に入る昭和天皇の映像は貴重であった。
しかし、現在ではドキュメンタリーで見るような“権力者としての昭和天皇”の映像をテレビで見ることは難しい。平成が27年もたっているために、「皇室アルバム」や「園遊会」ですら、天皇の姿を見るためにはアーカイヴに行くしかない。ましてや、戦前の権力者としての天皇の映像を見るためは、映画館に行くことに尽きるのである。
昭和天皇を真正面から描き、主人公にした劇映画は3本しかない。『太陽』(04 監督:アレクサンドル・ソクーロフ)『終戦のエンペラー』(12 監督:ピーター・ウエーバー)『日本のいちばん長い日』(15 監督:原田眞人)である。
『太陽』の日本公開時に出版された「『太陽』オフィシャルブック」(07 )によると、アレクサンドル・ソクーロフは沼野充義との対談の中で「若いころの私が到達した結論は、歴史を導いているのは国の指導者と呼ばれる人たちだということでした」と『太陽』を作る経緯を語っている。それに対し『太陽』における昭和天皇の存在については、同書の西部邁、絓秀実、井土紀州の鼎談で、絓に「僕は海洋生物学者っていうのが映画で強調されて、カニとかがたくさん出てくるもんだから、これはもう人間じゃないというアナロジーでしてるのかなと思っちゃったんですけど」と言われていた。『イッセー尾形の好演があるとはいえ、『太陽』においては昭和天皇は海洋生物を愛好する人物として描かれていて、権力者のイメージは全くない。加えて天皇の姿はリアルだが、マッカーサーは全然似ていないうえに、何とも貧弱な存在であった。
『終戦のエンペラー』はマッカーサーの軍事秘書のボナー・フェラーズ(マシュー・フォックス)に陽を当てた作品である。フェラーズは小泉八雲を愛読する真の親日家であり、大森さわこがプログラムで書いているように「フェラーズが元帥から受けた任務は昭和天皇の戦争責任に関する調査である。(中略)映画は慣れない異国で調査を続ける〈歴史ミステリー〉のような構成になっている。」というユニークな発想がで描かれているが、『太陽』とは逆にマッカーサー役のトミー・リー・ジョーンズのリアルさに比べて、昭和天皇役の片岡孝太郎の存在感がうすいことも手伝って、平板な印象は否めなかった。
今年公開された『日本のいちばん長い日』(15 監督:原田眞人)において、原田は「昭和天皇、鈴木首相、阿南陸相の関係性を、家族のドラマと捉えているのだ。」と話しているが、いかんせん昭和天皇役の本木雅弘が、権力者としての天皇を「いい人」として描きすぎ、1967年の岡本喜八版と違い、終戦映画としては期待を裏切る作品になっている。
敗戦の一ヵ月後に行われた「天皇 マッカーサー会談」(1945年9月27日)については、田原総一朗の「真実の近現代史」(13)で天皇が「戦争遂行にあたって、政治、軍事両面で行った全ての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の採決にゆだねるためためにお訪ねした」と記してあるが、第2次資料の「マッカーサー回想記」をそのまんま信じている田原や大多数の日本人にとって「マッカーサー回想記」は「真実」と言い難く、信憑性に欠く。
そのような「天皇の神話」に一石を投じたのが、政治学者・豊下楢彦である。豊下の「安保条約の成立」(96)によると、1回目の「昭和天皇・マッカーサー会見」において「会見で通訳を勤めた外務省の奥村勝蔵が記録したとされる『手記』によれば、『この戦争については、自分としては極力之を避け度い考でありましたが、戦争となるの結果を見ましたことは、自分の最も遺憾とする所であります』と遺憾の意の表明はあるが、『全責任発言』はみられないのである。」と記しており、今までの天皇のイメージである、マッカーサーを揺り動かした「天皇の神話」に豊下は風穴を開けたのであった。
天皇は戦前は神であった。そして戦後は「人間宣言」をおこなって人間になった、ということを僕はずっと信じていた。ところが、ルポ・ライターの竹中労が世間の常識とくつがえすユニーク天皇論を発表した。竹中の「左右を斬る 続・文闘への招待」(83)によると「現人神と呼ばれた戦前・むしろ天皇はヒトとしての意志を持ち、人間宣言の戦後・支配の傀儡とカミとなった。」。この文章で僕の天皇観は大きく変わってしまったが、しかしその後、豊下の「安保条約の成立」を読んで、ぼくの竹中労に対する天皇観はまたもや覆られてしまった。
「安保条約の成立」で豊下は、1989年に国会図書館の『幣原文庫』で、第三回の会見記録(1946年10月16日)が見つけられていること指摘する(「朝日ジャーナル」1989年3月3日号)。「(前略)この会見で何よりも興味深いことは、11月3日の公布を前にした新憲法について早くも議論が交わされたことである。とくに天皇は、『戦争放棄を決意実行する日本が危険にさらされる事のない様なに念願せずに居られません』と、第9条の導入するかも知れない『危険』を懸念する発言をおこなった。」現在の「安保法案」を予見させる発言を、昭和天皇が1946年に語っていたことに驚きを感じる。しかるに昭和天皇は戦前も人間的であったし、戦後もまた人間的であったのである。
2014年に戦争映画と言える映画は、わずか1本、綿井健陽監督の『イラク チグリスに浮かぶ平和』だけであった。それに比べて2015年は数多くの戦争映画が封切られた。ジャンル別に見れば、沖縄を舞台にした『沖縄うりずんの雨』(監督:ジャン・ユンカーマン)、特攻隊の映画『筑波海軍航空隊』(監督:若月治)、市井の人にとっての戦争『この国の空』(監督:荒井晴彦)などが公開されたが、「昭和天皇」の映像を3本(「天皇の軍隊」など)を見ることができた稀有の年でもあった。今、20代の若者は昭和天皇の顔を知らない人が多いという。そういう若者のためにも、昭和天皇の映像を映画で見られることは、たいへん望ましいと言えよう。
【上映情報】
『天皇と軍隊』東京・ポレポレ東中野にてアンコール上映決定!
10月3日(土)-10月16日(金)
連日 13:00/18:00
【料金】
当日 一般1,300円均一/高校生以下1,000円
★トークイベント付特別上映
前売1,800円 当日2,200円
※ポレポレ回数券との併用もプラス500円で可能
★「天皇と軍隊」アンコール記念トークイベント決定!
10月4日(日)13:00の回上映後
ゲスト:有田芳生(参議院議員) 金平茂紀(TBS「報道特集」キャスター)
10月6日(火)18:00の回上映後
ゲスト:孫崎享(元外交官・「戦後史の正体」著者)金平茂紀(TBS「報道特集」キャスター)
10月8日(木) 18:00の回上映後
ゲスト:泥憲和(元自衛官)
10月12日(月祝)18:00の回上映後
ゲスト:五百旗頭真(熊本県立大学理事長・元防衛大学校長)
『“記憶”と生きる』横浜・シネマジャック&ベティで上映
10月3日(土)-10月9日(金)
11:20/15:10
※1部・2部連続上映(5分‐10分程度の休憩あり)
※10/3、4は上映後、土井敏邦監督による舞台挨拶あり
10月10日(土)-10月16日(金)
16:00
※1部・2部日替り上映(チケット1枚で別日ご鑑賞いただけます)
【料金】
一般1,800円 大専・高校以上・シニア1,500円
前売り・会員1,500円
【執筆者プロフィール】
山石幸雄(やまいし・ゆきお)
1959年東京生まれ、ライター。札幌のファン雑誌「RAYON」の映画評を始め、サークル・サントラという映画音楽の会報で「21世紀のアイドル女優論」を連載している。キネマ旬報の「読者の映画評」掲載2回。得意分野はアイドル女優、日本のテレビドラマ、日本映画全般。今の女優の一押しは芳根京子。