【Review】世界のだれも知らない “FOUJITA”――小栗康平監督『FOUJITA』text 成宮秋祥

映画の始まり。フランス・パリのとあるアパートメント横のアトリエ。一人の奇妙な風貌をした男が熱心な目つきでキャンバスに女の絵を描いている。彼は、少年のようなおかっぱ頭に分厚い丸眼鏡、チャールズ・チャップリンのような目立つチョビ髭という出で立ちで、早朝の仄白い日の光だけによって照らされた薄暗い室内において、明らかに異様な存在感を放っていた。彼こそが、本作の主人公である藤田嗣治(オダギリジョー)だ。彼がいる室内は、目覚めたばかりの外の世界以上に静かで死の気配さえ感じさせる。これは言い換えると孤独の気配である。藤田は孤独を抱えているのだろうか。彼は絵を描く合間に自らの自画像をじっと眺め見たりする。自分の存在が確かにそこにある事を確認しようとしているのだろうか。

藤田は、海外において最も有名な日本人画家の一人である。芸術家の黄金時代と言われた1920年代のフランス・パリで、彼は活動していた。当時のパリには、数多くの芸術家たちが世界中から集まりお互いに才能を磨き合い、そして競い合っていた。文学においては、後にノーベル文学賞を受賞したアーネスト・ヘミングウェイや『華麗なるギャツビー』を書いたF・スコット・フィッツジェラルドといった文豪たちが、絵画においては、シュルレアリストとして活躍したパブロ・ピカソやサルバドール・ダリなどが強い存在感を放っていた。映画においても、ジャン・コクトーやルイス・ブニュエルなど後世に残る芸術映画を多数手がけた天才たちが創作活動に励んでいた。

そうした時代にあって、数少ない日本人成功者として知られる藤田嗣治は、自身が確立した独特な風貌とお調子者の意味を持つ「フーフー」という分かりやすい愛称をもって、多数の才能がひしめくパリに独自の存在感を放っていた。そして画風においてもそれは貫かれ、「乳白色の肌」と呼ばれた裸婦像で一世を風靡した事は有名である。

映画の前半は、藤田のパリでの活動がたんたんと描かれるが、彼自身の活動というのは、一人で薄暗いアトリエで創作に耽っているか、夜のカフェで画家仲間たちと乱痴気騒ぎをするかの二つぐらいしかなかった。

誰もいないアトリエに一人こもる藤田の様子には、孤独が漂っている。アトリエという創作の場が藤田の世界だとすれば、彼はやはり孤独な世界でただ一人だけ存在している事になる。そこに他者が介入する余地はない。パリで駆け出しだった頃に貧しい時代を共にした恋人のフェルナンド(マリー・クレメール)と喧嘩別れした時も、彼は黙っているだけだった。これは必然的な別離に思えた。

ところが真夜中のパリのカフェにおいては、藤田は別人のように陽気な性格を見せる。子供のように無邪気な笑顔で客たちにマジックを披露したり、我を忘れて狂ったように社交ダンスに興じたりするなど、孤独さばかりを放っていた藤田のイメージが大きく覆される。しかしその社交の雰囲気にもまたそこはかとない孤独の気配があった。藤田の意外な陽気さやその目立つ風貌によって際立つ存在感の強さに、逆に違和感を覚えたからだ。20世紀初頭におけるフランスという国では、藤田は異邦人に他ならない。確かに藤田は乳白色の裸婦像を発表する事でパリの社交界においてアイドルのようにもてはやされてはいるが、酒とダンスに彩られた狂乱した世界の中で、彼は自分の存在を必死に他者にアピールしているようにも見える。だからこそ、どこか空虚さを孕んだ異質な空気が藤田の存在感を画面に際立たせ、目立つ反面、周囲から孤立しているようにも見えた。

新しい恋人リュシー(アナ・ジラルド)と二人きりで夜を過ごす一時だけ、藤田は本来の自分を見せていた。白く美しい肌をしたリュシーを、彼は日本風に「ユキ」と名づけ可愛がっていた。

ユキとの会話の中で、藤田は自分の生き方について語った。彼はパリでいち早く多くの人に自分の名前を憶えて欲しかった。画家としての存在感を世に示すために、お調子者を意味する「フーフー」という言葉を愛称として受け入れた。ユキはお調子者という言葉はあまり良い意味ではないと伝えるが、彼は気にしてはいなかった。

イベント好きで知られていた藤田は、ある真夜中、パリ・モンパルナスで「フジタ・ナイト」と称した仮装舞踏会を開いた。彼は招待客に女装した姿を見せて驚きを誘うなど、乱痴気騒ぎに彩りを添えた。奇行とも捉えられるその旺盛なサービス精神には、何か異常な気配が漂っていた。なぜそこまでかりそめの自分の姿を他者に示そうとするのだろうか。

藤田は、ユキに語る。「馬鹿をすれば馬鹿をするほど、自分に近づける。そして画は美しくなる」と。この言葉からは、彼が社交界で見せた陽気さや奇行の裏側に、自分自身の自己を確立したいという意志が存在していた事が分かる。彼はただ闇雲に目立ちたがった訳ではなく、敢えて目立つ事によって本来の自分を見つけ出そうとしていた。そうする事によって、同時に自身の芸術性を確立しようとしていたといえる。

藤田がこのような行動をとり続ける動機には、その当時の時代の空気や環境の特異性も関係していたように思う。彼が活躍した1920年代のフランス・パリには、世界中から数多くの芸術家が集まっていた。それぞれがお互いに交流を育みつつも、それぞれがお互いにライバルだった時代の中で、彼は自身の存在を世に示そうとしていた。そして時代の素早い変化に敏感に反応し、彼は一人の異色な芸術家として生き残り続けた。シュルレアリスムやキュビズムといった新しい絵画の表現手段が生み出されていった、絶えず著しい変化が起こり続ける芸術の黄金時代において、彼がその時代を生き抜くために自分だけの芸術を確立しようとしたのは必然といえる。また独自の表現手段を会得するために、奇妙奇天烈な人物を演じ続け、次第に孤独を背負うようになったのもまた必然といえた。

時代が変わり、1940年代の日本。藤田は青森にて開催された戦意高揚のための絵画を集めた国民総力決戦美術展の会場にいた。そこには彼が描いた戦争画の一作である「アッツ島玉砕」が特別展示されていた。彼は自身の戦争画を大勢の人が手を合わせ拝み、賽銭を投げ入れる度、敬礼をし、頭を下げた。彼は東京へ帰るための夜行列車の中、「画が人の心を動かすものだという事を私は初めて目の当たりにしました」と語った。

藤田が自身の表現手段を新しい方向へ開拓していく中で、戦争画に辿り着いたのは自然な事だったといえる。彼は「ジュイ布のある裸婦(寝室の裸婦キキ)」や「五人の裸婦」といった乳白色の裸婦像を発表して人気を不動のものにした後、パリを出て中南米を旅行し、故郷の日本に戻った。その過程で彼は、女性肖像画、宗教画を経て、壁画へと自身の表現形式を変えていった。一時期、大衆向けの風俗画にも視点を向けていた藤田だったが、1937年の日中戦争の勃発や、自身が愛したパリが1939年の第二次世界大戦によって戦火に見舞われたのを目の当たりにしたのを機に戦争画に目を向ける事になった。壁画が持つ「群像表現」と「公共性」という二つの要素は、戦争画の表現形式に活かされる事になった。

藤田にとって戦争とは、彼が愛した芸術と同じく切っても離れる事のない関係だったといえる。日中戦争が勃発した翌年、近衛文麿内閣は「国家総動員法」を発動し、国を挙げての戦時体制を整えていった。芸術家に対しても戦争協力を求める方針を打ち出し、戦意高揚を目的とした戦争画の制作が始まった。陸軍軍医総監を父に持った藤田にとって、戦争画制作を拒む事は困難だった。

しかし、そうした戦争から逃れられない宿命にあった藤田が、並々ならぬ思いで描いてみせた戦争画には、戦意高揚の意図があったとは思えない。彼の代表的な戦争画「アッツ島玉砕」に描かれる褐色に彩られた兵士たちの死闘、誰が味方で誰が敵なのかも分からない壮絶な群像表現には言葉を失うほどの迫力がある。そこに描かれる光景には清潔な美しさなど全く感じられない。描かれているのは実際に行われた戦争の一場面、即ち悲惨な命の奪い合いである。戦争の本質に迫った衝撃的な作品を彼は描き抜いたのだ。

藤田は東京大空襲を避けるため、妻の君代(中谷美紀)と遠くの村へ疎開する。そこでは村で暮らす人々の純朴な親しみやすさ、昔から続く村の伝統や習わし、豊かな自然を目撃し、触れ合い、今まで知る事のなかった日本の美を体験した。しかし同時に戦争によって村の人々が戦地に送られたり、村の資源が戦争協力の下に奪われたりする様を目撃する。彼は日本の本来の美しさが戦争によって失われていく事実と向き合っていく。そして戦争の悲劇を圧倒的なスケールで描いた、彼の最後の戦争画となる「サイパン島同胞臣節を全うす」を制作していく。

本作は、藤田が画家として成功した1920年代のパリでの活動時代と、戦時中に滞在し戦争画を描いた日本での活動時代の、二つの時代を中心に描いている。歴史的な流れは史実に忠実であるが、その背景にあったドラマティックな出来事は省略されており、完全な意味で伝記映画とは言い難い。むしろ、二つの時代を通じて、そこでの彼の言動や感情の変化に着目した作りになっている。

藤田は、日本では戦争画を描いた人物としての側面が強いが、一方で彼の個人としての本質は、パリ時代に孤独を背負いながらも自らの自己を確立し、独自の表現手法を生み出そうと努力する生粋の芸術家である。しかしどちらの国の歴史を辿ったとしても、彼の個人としての実際の人間性や感情は分からない。

小栗康平監督は、個人としての藤田嗣治に焦点を当てる事で、歴史的事実に縛られず映画でしか描けない“FOUJITA”を描こうとした。そうした事によって、藤田の人間性や感情をより自由に引き出した。それは歴史的事実という修正できない物語の枠から脱して、現代の私たちにも伝わる新しい“FOUJITA”像を見事に浮かび上がらせたといえる。

【映画情報】

『FOUJITA』
( 2015年/日本・フランス/日本語・フランス語/カラー/126分/PG12)

写真は全て ⓒ 2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション

監督・脚本:小栗康平
出演:オダギリジョー 中谷美紀、アナ・ジラルド、アンジェル・ユモー、マリー・クレメール、加瀬亮、りりィ、岸部一徳、青木崇高、福士誠治、井川比佐志、風間杜夫
製作:「FOUJITA」製作委員会(K&A企画、小栗康平事務所)/ユーロワイド
製作:井上和子、小栗康平、クローディー・オサール
音楽:佐藤聰明  撮影:町田博  照明:津嘉山誠  録音:矢野正人
美術:小川富美夫、カルロス・コンティ 特別協力:フジタ財団
協賛:ANA、株式会社ティエラコム
協力:角川大映スタジオ、オムニバス・ジャパン、ティーエフシープラス、スパーク技術研究所、東京衣裳 文化庁
フランス政府外国映画租税優遇制度認定作品
配給:KADOKAWA
公式サイト→http://foujita.info/

11/14(土) 角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館 ほか全国ロードショー

【執筆者プロフィール】

成宮 秋祥 Akihiro Narimiya
1989年、東京都出身。専門学校卒業後、介護福祉士として都内の福祉施設に勤める。ストレス過多な職場環境の改善や職員間のコミュニケーション能力向上を考えるようになったのがきっかけで、それらに対して実践的な効果が期待できるNLP(神経言語プログラミング)に関心を持つ。その後、NLP創始者のジョン・グリンダー博士が公認する提携校「アバンクリエ」の門戸を叩き、ニューコードNLPを学ぶ。
10歳頃から映画漬けの日々を送る。これまでに観た映画の総本数は5000本以上。キネマ旬報「読者の映画評」に掲載5回。映画イベント「人生を面白くする映画について語ろう会」や映画解説動画「ヒナタカ&成宮の昔の名作映画大発掘!」を定期的に実施。将来の夢、映画監督になる。
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