◇監督インタビュー(韓国での劇場公開時)
「再び国民が一つになる契機となれば…」
『ダイビング・ベル』の監督、イ・サンホ、アン・ヘリョンに聞く
——映画『ダイビング・ベル』を企画・制作することになったきっかけは何ですか?
イ・サンホ ペンモク港の現場へ行ってみてはじめて真実が沈没していることを目の当たりにしました。メディアが報じる大部分の内容は嘘であり、その背後には自らの失策を隠ぺいしようとする政権の意図がありました。時間が経つにつれ、「4.16セウォル号の惨事」が急速に忘れ去られていく状況において、「映画」という大衆媒体を通して、これまで報じられなかった事件の真実を水面上に引き揚げねばならないと決心しました。
アン・ヘリョン (潜水鐘=ダイビング・ベル という)ひとつの糸口、手がかりをもって「セウォル号」の真実とは何かについての論議が再び起こり、互いの痛みを再び想起することができればと思いました。そしてそれらを機にもっと安全な国へと向かって欲しいという願いをもって映画を製作しました。
——「4.16セウォル号惨事」は数多くのメディアを介し報道されてきました。「映画」、特に「ドキュメンタリー」というジャンルを通してその物語を再び取り上げた理由は何でしょう?
イ・サンホ 「ニュース」という媒体は消費されるだけで、直接的な行動に結びつきにくいんです。韓国社会の構造的な矛盾が克明に現れた「4.16セウォル号惨事」は、持続的な真実究明が必要な問題です。そのため、「ニュース」よりは、「事実(Fact)」に「物語(Story)」を加えたドキュメンタリーという媒体が、セウォル号の問題に関する本格的な行動を引き起こすのに適していると思いました。
アン・ヘリョン ドキュメンタリー制作の意義は、現場の悲しみや痛みの瞬間を直接的に共有することはできなくても、それらを最も生々しく大衆に伝えることができる、という点にあると思います。大衆に向け、行動を促すことができるし、論議を引き起こすことができるし、さらにはその論議が、韓国のもつれの構造や矛盾の構造を解消し熟成させていく糸口をもたらすことができるという点で、「4.16セウォル号惨事」もまたドキュメンタリーとして作られる必要があると考えました。
——「セウォル号惨事」が発生してから180日余りが経ちましたが、変わったものは何もありません。このような状況で、映画『ダイビングベル』が社会的にどのような役割を担うことが望まれますか?
イ・サンホ 「ニューヨークタイムズ」で「セウォル号惨事のあと、大韓民国の国民はしばらくの間ひとつになったが、政府とメディアによって再び二分している」という内容の記事が掲載されました。私はこの映画が事故直後のように、再び国民をひとつに結びつける契機となれば良いと思います。
アン・ヘリョン 『ダイビング・ベル』は、なんら罪のない無辜の市民が犠牲を強いられる構造に対し、責任を取るべき権力者と、そういった権力の監視者であるべきメディアに関する物語です。私は映画を通して、批判ではなく疑問を投げかけたかった。非常に些細な糸口に過ぎないこの疑問を通して、セウォル号を取り巻く過程をひとつひとつひも解いてゆく時、セウォル号惨事の全体像、ひいては韓国という国の全体像が露わになってゆくと思います。
◇監督コメント&プロフィール
イ・サンホ「いったいなぜ、ただの一人も救助できなかったのか?」
1995年MBCに入社し、社会部・政治部などを経て深層報道番組の司会を務めたイ・サンホ記者は、歴代政権の権力不正事件を告発し多くの特ダネをとり、2005年には「サムスンXファイル」報道で韓国記者賞を受賞した。現在はオルタナティブメディア「GOバル(告発)ニュース」を通し、取材及び制作活動に邁進するイ記者は、主流メディアが報じない真実を暴きだし、韓国を代表する探査専門記者として確固たる位置を占めている。
「4.16セウォル号沈没事件」当時、昼夜問わず珍島ペンモク港の現場に張り付き、真実を知らせるための長い死闘を繰り広げたイ・サンホ監督は、時間が経つにつれ、事件が急速に忘れ去られてゆく様を見て映画制作を決心することになった。「セウォル号沈没直後の72時間の『ゴールデン・タイム』の間、いったいなぜ、ただの一人も救助できなかったのか?」という解消されない疑問のなか、イ監督は「ダイビングベル」投入という象徴的な事件を通し、国家または政府というコントロールタワーの不在というセウォル号惨事の本質的な問題に、再度光を当てようとする。ドキュメンタリー『ダイビング・ベル』は、これまで私たちが簡単には接することのできなかった彼の奮闘がそっくりそのまま描かれた真実の記録である。
1995 MBCに入社。社会部・政治部を経て、深層報道番組の進行
2005 「サムスンXファイル」報道で韓国記者賞受賞
2012 オルタナティブ言論「Goバルニュース」での取材・制作活動を始める
2014 ドキュメンタリー『ダイビングベル』共同演出
アン・ヘリョン-「韓国社会の構造的矛盾を解くきっかけとなれば…」
1990年代半ば、ビデオジャーナリスト第1世代として活動したアン・ヘリョン監督は、社会問題に対する関心を幅広く表現する映像ジャーナリストであり、数多くの作品を記録した。特に、在外コリアンたちへの広い理解と関心を寄せていたアン監督は、進歩的ジャーナリストグループの「アジアプレス」で活動、東アジア地域を横断し、在日コリアンの民族教育問題、忘れさられた韓国映画史の記憶などに関する作業を丹念に行ってきた。2002年の『沈黙の叫び』、2003年の『いまでも消えない傷たち』などの制作を通して、継続的に慰安婦問題や在日コリアン問題で先頭に立ってきたアン監督は、2007年、朝鮮人元慰安婦・宋神道(ソン・シンド)ハルモニの10年間に及ぶ裁判と闘争を描いた長編ドキュメンタリー『俺の心は負けていない』を通し、観客に深い感動を贈った。
「4.16セウォル号沈没事件」に関するドキュメンタリー制作へのイ・サンホ監督の企画に共感し、共に意気投合したアン・ヘリョン監督は、ドキュメンタリー制作を通して、水面下に沈んでいた事件の真実へ、一歩また近づこうとする。
2003 『いまでも消えない傷たち』
2007 『俺の心は負けていない』
-第9回全州国際映画祭「韓国コンペティション大賞(JJ-STAR賞)」特別言及賞受賞
2014 『ダイビング・ベル』
◆セウォル号事件、そして釜山国際映画祭での上映圧力について
(文・金香清/キム・ヒャンチョン)
2014年4月16日、476人の乗客を乗せた旅客船「セウォル号」が全羅南道珍島郡沖で沈没した。事故による死者は295人、行方不明者9人、捜索作業員は8人が犠牲になった。船には修学旅行中の檀園高等学校の生徒325人が乗船しており、若い多くの命を失った。韓国の国立海洋調査院によると、現場周辺に目立った暗礁はなく、当時の視界は良好、波高約1mと、航行の安全に影響するような自然条件はなかったという。
事故の原因は不法な過積載による重量オーバー、運航の困難な海域に船長が席を離れ経験未熟な三等航海士が舵を握ったことなどが挙げられている。事故発生時に乗組員が乗客を適切に避難させずに船室に留まるよう指示したのも、犠牲者を増やした原因として指摘されている。しかし、これほど多くの被害者を出した背景には、これだけでは説明しきれない現実があった。
事故から4日目、珍島の彭木(ペンモク)港に到着したイ・サンホ記者は、テレビや新聞の報道とは異なる”現実”を目の当たりにする。「史上最大の救助作戦」「178人のダイバーを動員」といった勇ましい当局の発表とは裏腹に、救助のできない海洋警察、責任を回避する政府、現実を伝えないメディア……。結局、時間をかけてゆっくりと沈み行く船を目の前に、救助もままならず死者は増える一方だった。セウォル号事件とは何だったのか。その真相を突き止める渾身のドキュメンタリーだ。
セウォル号事件のタブーに触れた本作は、2014年10月に行わた釜山国際映画祭でも波紋を広げた。釜山国際映画祭の組織委員長を務める釜山市の徐秉洙(ソ・ビョンス)市長が「釜山国際映画祭の発展のために、政治的な中立性を欠く作品を上映することは望ましくない」とし、本作の上映の中止を求めたのだ。映画祭のプログラムに対して行政の長が意見するのは前代未聞のことだった。すでに審査を経て上映が決まっている作品に対して市長が中止を求めるのは、言論弾圧であり表現の自由を脅かすものとして、映画界だけでなくメディア界からも非難された。結局、上映は行われ、チケットは完売。観客から多くの喝采を受けた。
しかし、今年2月、徐市長は上映に踏み切った組織委の李庸観(イ・ヨングァン)執行委員長を事実上、更迭した。釜山市が監査の過程に問題があったとし、李氏に辞任を要求したのだ。映画界は「報復人事だ」として大きく反発。同月25日に開かれた組織委の総会では、出席らが李氏の再任を求めたが、徐市長が強引に閉会宣言をし、総会を終了させてしまった。96年から20年の歴史があり、アジアの代表的な映画祭となっている釜山映画祭への政治の不当な介入に対しては、韓国だけでなく外国の映画界からも批判の声が挙がっている。
◇コメント
「私たちの社会がどのような状態なのか、この資本主義体制がどれほど堕落したかを示すとても重要な映画だ。監督の労苦と勇気、実直さに敬意を表する」タル・ベーラ(監督)
「歴史の一場面を直に目撃する驚き」ジョシュア・オッペンハイマー(監督)
「『ダイビング・ベル』のような映画を私たちは後押しせねばならない。この悲劇を私たちが忘れるとき、悲劇はさらに繰り返されるのだから」モフセン・マフマルバフ(監督)
「政府の無能さとメディアの共謀を批判し真実を暴きだす奮闘を、説得力ある演出で描いている」Variety誌
「依然として沈黙する関係者たちへ投げかける果敢な問い!」Screendaily誌
「映画は巨大な事件の一つのイシューになったダイビングベルを通して、真実を隠そうとする者たちとの戦いがどれほど困難であるかを見せてくれる。『ダイビング・ベル』は船と共に沈みゆく真実を掬いあげるために尽くされた15日間の記録」コン・ヨンミン(釜山国際映画祭プログラマー)
「映画『ダイビング・ベル』は単に潜水鐘という装備の話ではなく、セウォル号の真実に近づこうとするひとつの経路そのものである。真実を白日の下で記録することで、本格的な真実救助活動へ踏み出したのだ」ソ・ヘソン(小説家)
「数限りなく汚された言葉をひっくり返し、海の底に沈んでしまった真実を掘り出すために尽力したその勇気に賛辞を贈る」カン・ジング(京郷新聞記者)
「まるで水中にいるかのようで始終息が詰まった。現場に張り込んだ取材チームの誠意に無限の敬意を表する」イ・ガンテク(KBS PD)