世界があるのではない。あなたが世界を見るから、そこに世界が立ち現れる。
ある意味、到達を感じさせる作品であった。雑味はなく麗しく、かつてのむき出しの激しさは鳴りを潜め、映画を構成するあらゆる要素の完成度が高い。『ブンミおじさんの森』でカンヌ映画祭最高賞パルムドールに輝き、次回作を熱望されていたアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の最新作『光りの墓』。
眠りと夢、記憶と時間。
近代以降、多くの芸術作品において既に試みられたこのテーマをアピチャッポンが選んだことに一瞬驚いた。しかしこのテーマはアピチャッポンの映像によってこそ、取り組まれるべきなのかもしれない。言葉が太刀打ちできない景色というものがあるとしたら、アピチャッポンの映像は間違いなくそこに含まれる。優しさのような残酷さと美しさ、瞬間と永遠を揺らがす時の震えを映し出す映像。
無機質な音が響きあう中、物語ははじまる。どうやら掘削機が土地を掘り起こしているらしい。そう、土地の記憶と歴史を掘り起こしている。
タイ東北部コーンケンにあるかつて学校だった仮設病院に、松葉杖をついた女性ジェンが知人の看護師を訪ねてくる。病室に並ぶベッドには男たちが眠り続けており、彼らはみな兵士で、原因不明の”眠り病”にかかっていることがわかる。ジェンはボランティアとして、面会者のいない青年イットの世話をするようになり、病室で眠る男たちの魂と交信する特殊能力を持つ若い女性ケンと出会い親しくなる。病院のある場所は、王の墓だった場所であり、さらに王の率いる兵士たちが戦った場所でもあった。病院の下、遥か昔に死んでしまった王たちが戦っている。その戦いのために兵士たちの生気がすいとられ、病院で眠っていることを知ったジェンは、イットそしてケンとともに現実と夢、過去と現在が交錯する場所に誘われる。
病院では治療のため、先端がくねりと曲がった細長いライトが色を変えながら眠り男たちを照らしている。一方、ほのかな赤に覆われた街並み、青や黄の光に照らされた交錯するエレベーター。病院と同じ鮮やかな色に照らされた街が眠っていないと、一体どうして言えるだろう。色たちは重なり合い、世界は夢に包まれていて、どこまでが夢でどこからが現実なのか、その境目をとうの昔に見失っている。私たちは眠っているのか目覚めているのか。
私たちは普段眠りを意識することはない。しかし一度その眠りが乱されると、途端に私たちの時間は狂いはじめる。眠りの時間、それは奇妙な時間だ。眠る瞬間を覚えている者はおらず、私たちは毎晩、境界線を見ることができないその境目を行き来する。しかし目覚める瞬間、あの圧倒的な孤独に毎朝心臓が痛くなる。暴力的覚醒。今日もこの世界に投げ出され、生きねばならないというあの重荷。
眠り夢見ることを通して、未来にも過去にも属さない不思議な時空が開かれる。眠りは意識が失われる場所ではなく、また夢は単なる幻想でもない。鮮やかな色の光によってもたらされる息吹によって、意識は新たな形で活動しはじめる。夢見ることで覚醒し、今まで見ることができなかった世界の位相を見る「目」を獲得する。
過去は遠く色褪せ、未来は遥か彼方、そこを通過する弓から放たれた矢の地点が現在。時間はそんな直線的なものではない。ここには過去も未来もなく、泉から一瞬汲み上げられる水のような救済の瞬間があり、それこそが現在である。時間のまどろみの中、記憶は鮮やかな色彩を纏う点のように、記憶自体の向こう側からやってきて浮かびあがる。
眠りと目覚めを繰り返すイットは、ジェンに自分の見える世界を示す。王宮がたちあらわれる。まさしく夢の王宮。イットの夢の中をジェンが歩くとき、イットは眠る人と交信する能力を持つケンの姿として現れる。イットが案内する王宮は視覚化されず、そこには木漏れ日と落ち葉の森が映し出される。目に見えるものと別のものがあること。そうその「目」を持たずして、見ることができない世界。私たちは一体どこにいるのだろう。
『トロピカル・マラディ』の熱帯の森の中における激しく苛烈な変容、それは人が虎になるというまさしく変身であったが、『光りの墓』では緩やかな変容が描かれる。アピチャッポンが絶えず示し続けた「変容」というテーマが昇華され、否応ない、あまりに見事で完璧な形で示された。しかし眠り目覚めるその心地よい波の中、揺蕩い続ける優しい波として変容を描くアピチャッポンは、それゆえに残酷だ。絶えず変容するこの世界において、どこへも行けないせつなさと孤独を示し続ける。そしてさらに残酷なのは、そこに絶望がないことだ。世界に絶望なんてものはない。軽やかな音楽と鮮やかな色彩にのせ、絶望すらさせてくれない。世界は気怠く鮮やかで、何度も「今」を立ち現しながら続いていく。
眠り続け目覚めきらない男を女は静かに諦める。
あなたに起きていてほしい。
あなたは私の見えないものが見える。
世界は確かな場所じゃない。あなたが見ていてくれるから、世界は輪郭を持つ。
【作品情報】
『光りの墓』
(2015年/タイ、イギリス、フランス、ドイツ、マレーシア/122分/5.1surround / DCP)
3月26日、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
■公式サイト:
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製作・脚本・監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
原題:รักที่ขอนแก่น 英語題:CEMETERY OF SPLENDOUR
●キャスト
ジェン:ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー
イット:バンロップ・ロームノーイ
ケン:ジャリンパッタラー・ルアンラム
●スタッフ
撮影監督:ディエゴ・ガルシア
美術:エーカラット・ホームラオー
音響デザイン:アックリットチャルーム・カンラヤーナミット
編集:リー・チャータメーティークン
ライン・プロデューサー:スチャーダー・スワンナソーン
第1助監督:ソムポット・チットケーソーンポン
プロデューサー:キース・グリフィス、サイモン・フィールド、シャルル・ド・モー、ミヒャエル・ヴェーバー、ハンス・ガイセンデルファー
タイ語翻訳:福冨渉 日本語字幕:間渕康子
配給・宣伝:ムヴィオラ 宣伝協力:boid
【執筆者プロフィール】
長谷部友子 Tomoko Hasebe
何故か私の人生に関わる人は映画が好きなようです。多くの人の思惑が蠢く映画は私には刺激的すぎるので、一人静かに本を読んでいたいと思うのに、彼らが私の見たことのない景色の話ばかりするので、今日も映画を見てしまいます。映画に言葉で近づけたらいいなと思っています。