【Review】里山で生まれたハイブリッドな関係-小林茂監督『風の波紋』text 佐藤奈緒子

http://webneo.org/wp-content/uploads/2016/04/kaze_no_hamon_small.jpg©カサマフィルム

 新潟県にある越後妻有(えちごつまり)。ここは日本有数の豪雪地帯であり、冬は多い時で4メートルを越える雪が積もる。しかし夏にもなると緑が生い茂り、朝夕には山際から差す日の光が棚田を照らす美しい光景が広がる。十年前、この地に点在する茅き葺屋根の古民家に東京から木暮さん夫妻が移住してきた。彼らは近くに住む仲間に協力してもらいながら、自宅の茅葺きの修繕をする。屋根の外側と内側で声を掛け合って針金を通し、切り茅を下から木槌で叩き込み、裾を刈り込み鋏でまっすぐに切りそろえる。先人の知恵が詰まった工法の心地よいリズムと力強さに、古の記憶が呼び覚まされるかのような思いがした。しかし、完成から間もない2011年3月12日。ちょうど東日本大震災の翌日に、この地を震源とする新潟・長野県境地震が起こり、皆で作り上げた茅葺きの家は半壊してしまう。解体する家も多い中、木暮さんの家の骨組みはどうにか無事だった。近くの仲間たちが再び駆けつけ、傾いた家屋をまっすぐに戻す作業をする。

 茅葺き屋根の維持には、地域の茅場で育てたススキを使い、隣近所の相互扶助システムである結(ゆい)の仲間で協同して取り組んできた歴史がある。一人ではこなせない茅葺きや農作業によって、お互いを必要とする濃密な人間関係が築かれてきた。木暮さんはホントか嘘か「田植えはハマる」と言って手植えの有機農法を続けている。農業も茅葺きも雪おろしも、大変でないはずがないのに、何事も気負わずいかにも楽しげだ。野良仕事の傍らにはいつも可愛がっているヤギたちの姿があるが、冬を前にした謝肉祭ではそのヤギ1頭を近隣の皆で食す。こうして仲間たちは共に大地の恵みを享受し、囲炉裏端で酒を酌み交わし、酔いつぶれ、自然な流れで歌合戦へと移行する。

 http://webneo.org/wp-content/uploads/2016/04/kaze_no_hamon_04.jpg ©カサマフィルム

 この地に魅せられる人は多い。木暮さんの仲間には草木染め職人の松本さん、即興詩人で旅館経営の長谷川さんなど移住組が何人もいる。かといって地元の人の知恵と経験なしには生活が成り立たない。ご近所の権兵衛さんは、雪おろしする木暮さんやボランティアの若者に遠くからフォームの指導をし、終わったら自宅の炬燵に招いて半纏を貸出し、ラーメンを振る舞い、自慢のカラオケで一曲披露して手厚く労をねぎらう。中でも印象的だったのは倉重さん夫妻だ。もう還暦はとうに過ぎたと思われる老夫婦の妻ノブさんは、若いころの白黒写真を見せながら、嫁にきたくなかった、東京でやりたい仕事があったと言う。顔は笑っているのに泣いている、鬼気迫る光景だった。倉重さんの家は地震の影響で解体を余儀なくされた。茅葺きの家をショベルカーが襲いかかる無惨な映像を見ながら、木暮さんの言葉を思い出す。「親から田んぼをやれって言われたら、ヤダって言うね。」 強制することなく伝統や家業を受けついでいくには、都会から田舎暮らしを選んだ人たちと共に生きていくことが必要だ。生え抜きであることよりも、その土地で生きる覚悟によってつながるハイブリッドな関係。それが全国の里山で起こっていることであり、求められていることだ。

 小林茂監督は『阿賀に生きる』(1992)で撮影監督を務め、数々のドキュメンタリーを監督、撮影してきた。この作品は、長年の持病に加え、佐藤真監督の急逝にショックを受けて鬱になり、友人である木暮さんを訪ねたことがきっかけで生まれたという。故郷の村や佐藤監督との思い出にも通じる新潟の里山で、生きることと直接つながる人間の営みと人の輪が生み出す熱に、彼自身が癒され再生する力を得たのだろう。そのせいだろうか、映画は見ているこちらも癒されるような、浄化されるような光景に満ちている。もっと言うと、どこか浮世離れした美しさを持っている。それは子供たちが狐のお面で読み上げる朗読劇や、劇団ハイロがトキに扮して反原発を訴える寸劇や、霧が立ち込める田んぼの中の獅子舞のような、意図的に挿入された寓話的世界観によってもたらされるとも言える。あるいは単に、都会暮らしの現代人に、自然と共存する暮らしが幻想のように見えるだけかもしれない。

 エンディングでは地元の歌い手である天野季子さんの透明感のある歌声をバックに、里山全体を見渡す引きのショットが映る。据え置きカメラの映像を早回しした1分半にもなるそのショットは、元々はNG素材だったそうだ。確かにNGのゆえんである露出オーバーのせいで、朝日が昇るにつれ山頂から山裾まで照らされていく緑の里山が、黄色く飛んでしまっている。しかし、それがなぜだか、山、田畑、家畜、そこで暮らす人間のすべてを祝福し黄金に輝いているかのように見えてくるのだ。木暮さん宅の壁にかかっていた言葉にはこうあった。「風の人と土の人 ふたつの人が調和して風土を織りなす。」 よそ者たちが吹き入れた風によって、新しい人の輪が絶えず生み出され、その土地の一部となっていく。それは全国にある過疎の里山に差す一条の光のようでもある。

http://webneo.org/wp-content/uploads/2016/04/kaze_no_hamon_03.jpg©カサマフィルム

【映画情報】

『風の波紋』
(2015年/カラー/99分)
監督:小林茂(『阿賀に生きる』撮影/『チョコラ!』)
撮影:松根広隆
製作:カサマフィルム
配給:東風
公式サイト→http://kazenohamon.com/

 3月19日(土)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー!

【執筆者プロフィール】

佐藤奈緒子(さとう・なおこ)

香川県生まれ。字幕制作にたずさわる。1〜2月に開催されたフィルムセンターの「キューバ映画特集 」をほぼコンプリートすることができ、ちょっと夢が叶う。

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