【Review】辺境からのささやかな贈り物『神聖なる一族24人の娘たち』 text 小林耕二

現代ロシアを代表する新鋭作家であるデニス・オソーキンの原案・脚本を同じくロシア映画界を代表する新進気鋭監督アレクセイ・フェドルチェンコが映画化した『神聖なる一族24人の娘たち』は、マリ人の信仰、習俗、慣習を豊かな自然を背景として、マリ・エル共和国内でおもに現地の人々を用いて撮影された映画だ。映画では38のエピソードから構成されたオソーキンの原作の中から23のエピソードが選ばれ、それぞれのエピソードで、すべて頭文字「O(オ)」で始まる女性たちの人生の途上で経験する(主として「性」の)物語が時にドキュメンタリー風に、時に幻想的に(24の「O」によって)数珠つなぎのように描かれる。 この映画の舞台であるマリ・エル共和国は、ロシアの中東部、ヴォルガ川流域に位置するロシア連邦内の共和国で、人口は約69万人。そのうちマリ人の人口は31万人と約半数。すでに5世紀頃からこの地域でのマリ人の居住が確認されているが、長らく他民族の支配する領土の一部となり、ロシア帝国時代からは、長年ロシアの支配を受けることになる。マリ人の独特の文化を形成させているのは、自然崇拝であり、その強い信仰心は彼らの心性に強く根を下ろしている。ロシア正教への改宗も部分的なものにとどまり、1991年のソ連邦崩壊以後は、マリ人独自の宗教も復活して、儀式も公に執り行われるようになったという。 23のすべてのエピソードには、マリ人の信仰心や習慣がいちじるしく反映されており、彼らが「森の民」であることに強く印象づけられる。樺の木の前で恋人と愛し合ったために身体に変調をきたしてしまうオドチャ。(この孫娘のために祖父母が呪術師に命じられて儀式に参加する場面では、マリ人に取って最も重要な儀式である、「聖なる原生林」での供犠祭を目にすることができる。)理想の夫を選ぶかのように収穫したきのこを品定めするオシュチレーチェ。自分の夫に思いを寄せる森の精霊に呪いをかけられ悲劇的な結末をむかえるオロブチー。 断片的な23の物語を見進めることによって次第に明らかになってくるのは、こうしたエピソードの底流にある、自然は人間に対し、不思議な作用を及ぼすものであり、その神聖な領域に人間が立ち入ることは決して許されないという、マリ人が持つ特異な自然崇拝である。そして、人間が自然に干渉しない限り、自然は最大限の恩恵を人間にもたらしてくれるという信仰がそこにはある。また、24人の女性主人公の生の物語ばかりに目を奪われがちだが、オペラ歌手になるために町を捨てるオシャリクにかつての恋人が墓場から死人を掘り起こして遣わすエピソード、そして、オシライの亡くなった父親が家に帰って妻と娘に歳化し、村人と一緒に一晩を過ごすエピソードには、マリ人の死生観の一端が垣間みることができて興味深い。 マリ人の自然崇拝に基づいて、習俗や習慣を描いたのであれば、これがすべて現実の物語かといえば事実はそうでもなさそうである。原作者のオソーキンによれば、「この物語はおとぎ話ではあるが、事実ともいえる。なぜなら全ての物語は、僕がヴォルガ川の中流域で実際に見たり聞いたりしたことや、今でも行われているマリ人の慣習だから。…全てはフィクションだけど、どこかノンフィクションの雰囲気が溢れている。少なくとも僕が見聞きしたものであることは事実だ。」ということだ。 かつて、1920年代にロシア・カルパチア地方のフォークロア研究を行った民族学者のボガトィリョーフが、いまこそこの地方(ロシア・カルパチア地方)の調査が必要であると力説し、写真家で映画監督のカロル・プリツカや作家のヴラディスラウ・ヴァンチュラといった人たちが後世に優れた映像作品を残した。フェドルチェンコとオソーキンが取った戦略はまったくこの逆をいくもので、フィクションの中に事実を散りばめたもの、あるいは事実を基に創作した作品と言ってよいだろう。世界中で、少数民族や地方独特な信仰、習俗、慣習といったものが急速に失われつつある今日、こうした手法でかつての貴重な記録を再構成し、作品化するという試みには大きな意義がある。こういった共同作業は民族学、映画の双方に豊かな結果をもたらすのではないだろうか。 実は、24のエピソード中、最後から2番目のエピソードには、主人公の女性が登場しない。オシャンヤイは、自作の詩の朗読会で男性が読み上げる詩の題名であり、その詩の中にだけ登場する女性の名前である。5分に満たないくらいの短いエピソードで、カメラがただ詩の朗読のシーンを淡々と捕えるだけの場面で映画全体の中では異色だが、それゆえに効果的なアクセントとなる心憎い演出がなされている。どこか懐かしい「神聖なる一族24人の娘たち」は、マリ・エル共和国という辺境から、硬直化された日常に暮す私たちに送られたささやかな贈り物であり、ラストの民族衣装を着た24人の女性の姿は見終わった後の幸福感をいやがおうにも増幅させてくれるはずだ。 【作品・上映情報】 『神聖なる一族24人の娘たち』 (2012年/ロシア/106分/カラー) 監督:アレクセイ・フェドルチェンコ 原作・脚本:デニス・オソーキン 出演:ユーリア・アウグ、ヤーナ・エシポビッチ、ダリヤ・エカマソワ 配給:ノーム 公式サイト http://24musume-movie.net/ 2016年9月24(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー 【執筆者プロフィール】 小林耕二(こばやし・こうじ) 広島生まれ。東京外国語大学大学院言語文化研究科博士前期課程(チェコ語専攻)修了。チェコのカレル大学で美学を学ぶ。2011年から岡山県総社市に移住。総社市でシンポジウム「回想のマヤ・デレン」を開催。2013年から総社土曜大学を主宰する。岡山映画祭2016実行委員。