まず始めに触れておくと、本作「放射線を浴びたX年後」は、今年1月に「NNNドキュメント」で全国放送された地方局・南海放送のTVドキュメンタリーの映画版だ。チラシに“TV放送されたものに新たな映像を加えた”と書かれているのだが、こうなるとおそらく劇映画のディレクターズ・カット版のような、ある登場人物のカットされたシーンが追加されたといったものを想像するに違いない。作品の基本線は変わらず、いくつか未公開テイクを追加したぐらいなのではと。でも、本作に関してはまったく違う。同じ素材を使ってはいるのだが、TV版と映画版はまったく別作品といっていい。さらに言ってしまうと作品の出来自体に雲泥の差がある。
すでにTV版を観た人はけっこうおられると思う。果たして、どんな感想をもたれただろう? 率直にいって、私はなにも心に残らなかった。
本作は1954年、アメリカが行ったビキニ水爆実験の隠された真実を告発している。
ビキニ水爆実験の犠牲者というと日本では第五福竜丸がすぐあがるが、実は当時同じエリアで操業していた日本船は多く、それらの船と乗組員が同様に被爆していたこと。また、水爆実験により海がかなり広範囲に汚染されたが、そのエリアで獲れた魚が日本の食卓に上がっていたこと。さらに水爆によって生じた放射能の死の灰が日本本土にも降り注いでいたこと。そして、これらがすべて日本政府とアメリカ政府の密約で隠蔽されたこと。いずれも知られざる真実といっていいだろう。
これだけのスクープをモノにできたのは地道な取材があったからこそ。そこは大いにスタッフ一同に敬意を表す。また、いま、福島で起きていることを考えると、ここでこの事実を世に放つのは大いに意義があるとともに、大きな問いを投げかける。
でも、いかんせんTV版に関しては、制作者が何をみつめて、何を伝えようとしたのか、さっぱり解らなかった。厳しいことを言うが、脈絡に欠けているように感じてならなかった。
あるワンシーン、あるワンカットで提示される事実や証言は、それぞれスクープ性のあるものだったり、重要な言葉であったりと強度がある。でも、それがあくまで点で終わってしまっていて、ラインになっていない。例えば本作には、当時、マグロ漁船にのって被爆した有藤照雄さん、全国で初の被災船員の会を発足させた岡本清美さんの妻、岡本豊子さん、ビキニ水爆でおきた事実の究明を今も続ける山下正寿さんという重要な登場人物がいる。お三方ともに単独で追ってもドキュメンタリーの被写体として作品になりそうなぐらいの存在だ。ところが、TV版では、そういう大きな存在にみえない。作品の核を担うべき存在なのに、これは作る側がワン・ピースぐらいにしか彼らの存在感を出せていない。
簡単に言ってしまうと、TV版は事実の羅列をダイジェストとして矢継ぎ早にみせられているようだ。なにかのリサーチ・リポートのように数字とデータが文字または図表で列挙されているとでもいったらいいだろうか。だから、見た後は情報がめぐりめぐって頭はおなかいっぱいのような状態。でも、心には何も残らない。何かしらの心を動かされるような実感がわかないのだ。
一方、映画版はどうだろう? こちらは一転してどっしりと構えた王道のドキュメンタリー。TV版とは似ても似つかないほど大きな変化を遂げている。
まず、各章にパート分けする仕立てにしたのが大正解。良い意味で理路整然と「放射線を浴びたX年後」というタイトルが意味することが、ひとつの章を経るごとに解き明かされ、隠された真実が少しずつ見えてくる。ミステリーとまではいかないが、順序立ててひとつひとつ事実を解明していく。そこには驚き、怒り、悲しみ、喜びといった様々な人間の感情がきちんと作り手と被写体がむきあった映像で刻まれている。さきほど触れた映画の核となる3人の被写体、有藤さん、岡本さん、山下さんも見事なぐらい適材適所に配置。その表情と言葉からは、彼らの立場から考え、想いが映像に滲み出る。また、それらからは局の丹念で地道な取材力、TVマン以前に人間として制作者の声が垣間見える。
よく練られた上での筋道の立てられた映画版は、実際に起きた放射能汚染が何も知らされず、ないがしろにされようとしている事実を告発した、実に骨太のドキュメンタリーに仕上がったといっていい。
今回、両作品を観て思ったのは構成の重要性にほかならない。当たり前のことで重々承知してきたことだけれども、ちょっとした構成の違い、編集のつなぎひとつで作品はまったく別の顔をみせてくることを改めて思い知った。同時に思ったのは、TVドキュメンタリーの映画化について。いまはTVドキュメンタリーが形をかえて劇場公開するケースが増えている。でも、見る立場としては、先に触れたようにTV版にちょっとした未収録映像を足しただけぐらいに思っている人がほとんどではなかろうか? でも、今回のケースのように一概にTVで観たものがダメだからといって、映画版もダメとは限らない。逆にTVでよくても、劇場版はいまいちということだってありえるわけだ。これも肝に銘じていることだけれども、TVドキュメンタリーか劇場ドキュメンタリーかを、観る際の良し悪しのものさしにしてはいけないと改めて思った次第である。その一方で、制作サイドにも望みたい。ほんとうにその作品は劇場公開に値するものなのか。意味のない安易な映画化はやめてほしいと。
【映画版・作品情報】
『放射線を浴びたX年後』
南海放送(愛媛県松山市)では約8年にわたり、これまであまり知られる ことのなかった「もうひとつのビキニ事件」の実態を描いてきた。地元の被災漁民に 聞き取りをする高知県の調査団との出会いがきっかけだった。制作した番組は「地方の 時代映像祭 グランプリ」「民間放送連盟賞 優秀賞」「早稲田ジャーナリズム大賞 大賞」 など、多数受賞。2012年1月に「NNNドキュメント」(日本テレビ系列)で全国放送 され反響を呼んだ『放射線を浴びたX年後』に新たな映像を加えた映画化。
2012年/83分/HDCAM/16:9/カラー/日本/ドキュメンタリー/
URL:http://x311.info
ナレーション 鈴木省吾/朗読 保持 卓一郎/撮影 三本靖二 向井真澄/録音 山内登美子/ミキサー 山口誠/音響効果 番匠祐司/宣伝配給協力 ウッキー・プロダクション/宣伝美術 成瀬慧/企画 口羽則夫 宮部選/特別協賛 大一ガス株式会社/協力 日本テレビ系列「NNNドキュメント」/Special Thanks 日笠 昭彦/プロデューサー 大西康司/監督 伊東英朗/製作著作 南海放送
【上映情報】
9/15(土)~【東京×愛媛】同時公開
東京・ポレポレ東中野 http://www.mmjp.or.jp/pole2/ 03-3371-0088
愛媛・シネマ ルナティック http://movie.geocities.jp/cine_luna/
tel・fax:089-933-9240
【執筆者プロフィール】
水上賢治 みずかみ・けんじ
映画ライター。日本映画専門ブログ「ホウガホリック」、ガイド誌「月刊スカパー!」などで執筆中。