【Review】よどみのない抵抗の暗流――オリバー・ストーン監督『スノーデン』 text 早見瀬音

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オリバー・ストーン監督の新作の題材が2013年6月のスノーデンの告発だと知った時、ドキュメンタリーテレビ番組「オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史」(2012年)にて、NSA、国家安全保障局の監視について、すでに触れていたのを思い出した。

番組後半でブッシュジュニア元大統領が登場する。9.11同時多発テロ事件を大義に掲げアフガンに侵攻、2002年に愛国者法によりNSAに電話やメールを傍受する権限を与えた、というくだりだ。そして一般家庭に何台ものカメラが密かに設置され監視されている商業映画のワンシーンが引用された。

ブッシュはその後大量破壊兵器の存在を主張しイラクに侵攻、国防総省はイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、イランを標的に5か年の軍事計画を立てることになる。ここ数年の国際ニュースでこれらの地名が暗澹と踊ったのは記憶に新しい。

ブッシュジュニアを題材にした商業映画『ブッシュ』(2008)は、田舎の牧場で道に迷い途方にくれる大統領とその閣僚達をコミカルに描いて見せたりもする、元大統領の半生を基にしたブラックコメディだ。どの点がコメディかと言うと、なによりも、この映画が在職中に公開されたことである。若き日のブッシュジュニアに手を焼くブッシュシニアも登場する。スクリーンの中のブッシュジュニアが頼りなくなればなるほどに、おかしく、また、薄ら寒くそら恐ろしくなるのだ。

『JFK』(1991年)を見直すと、「もう一つのアメリカ史」と共通の、アメリカが介入した世界の紛争のニュース映像が数多く使われていること、に気づき驚かされた。ケネディ元大統領が狙撃され頭部が後ろに仰け反る映像が目を背けたくなるほどに反復される。弾は前から撃たれたのだ、と、見る者は刷り込まれるのである。暗殺された単独容疑者オズワルドがいた建物からは後方からしか撃てなかったはずであるのにもかかわらず、だ。

こうして誰もが知る『プラトーン』(1986年)や『7月4日に生まれて』(1989年)までを遡ると、幾つもの地下の水脈が一本につながる様子が可視化されるかのように、オリバー・ストーン監督作品を一貫しているものがありありと目に浮かぶ。スノーデン告発を題材にした映画に至る必然である。監督が警鐘を鳴らし続けたアメリカの歴史の延長にこそ、この事件があるからだ。

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オリバー・ストーン「スノーデン」を特徴づけるものは何か、スノーデンの告発を扱った他の作品と、また、オリバー・ストーンが手がけた他の作品との、比較を試みたい。

2014年に公開、2015年にアカデミー長編ドキュメンタリーを受賞、日本でも2016年に公開されたローラ・ポイトラス監督のドキュメンタリー映画『シチズンフォー スノーデンの暴露』は、スノーデンが告発にあたり、信用に足ると見込んだローラ・ポイトラス監督とグレン・グリーンウォルド氏に接触を図り、やっと実現し香港のホテルの一室でインタビューをして記事にし、発表する段取りを決め、実際にニュースとなってテレビで放映されるまでをビデオにおさめた記録そのものである。唯一無二の時間を記した純度の高いドキュメンタリーだ。役者は一切登場しない。

持ち出されたデータ、関わった有名企業、発表までの息詰まる経緯、スノーデン氏の思想、に関しては、映画にも登場した記者グレン・グリーンウォルドの書籍「No Place To Hide(日本語訳版「暴露 スノーデンが私に託したファイル」)」 が詳らかである。

映画『スノーデン』の原作にもクレジットされている、ルーク・ハーディングの書籍「The Snowden File(日本語訳版「スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実」)」では告発を発表したガーディアン誌から見たスノーデン、イギリス政府とガーディアン誌の攻防を知ることができる。

一方、オリバー・ストーンの『スノーデン』は特殊な状況でありながら地続きである所にいる身近なスノーデン氏を理解しやすく「演出」した商業映画である。演出を効果的に機能させるのは、大作でアカデミー受賞歴のある監督ならではの心憎いほどのそつのなさだ。拙文で取り上げてきた作品群にもそれは前述の通り遺憾なく発揮されている。

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『スノーデン』においては、例えば、スマートフォンやパソコンのカメラを通じてNSAがいとも簡単に監視できるという衝撃を、ある宗教のある性別のある民族衣装の奥にアクセスすることで、より効果的に印象付けている。また、例えば、付箋をある電化製品のある場所に貼る、その理由を恋人にも言えない。いつまでも頭のどこかにこびりついている二人の関係のしこり、ケンカの度に蒸し返される話題のように、画面に付箋が幾度もちらつくのだ。演出は派手ではないが、よりしたたかになっていて、見るものに密に危機感を抱かさせることに成功している。 

ドキュメンタリー番組「もう一つのアメリカ史」は歴史的なニュース映像、音声データ、ナレーションに加えて商業映画をも大胆に切り張る、虚実とジャンルを行き交うモンタージュが特徴だ。アメリカの歴史をつぶさに辿り、攻撃的なまでの自戒によってアメリカ軍需産業帝国の支配と惨劇を綴った。ドキュメンタリー番組の制作に、映画の引用によって現実の事件の機微に実感を足す手際が、突出したオリジナリティであり底知れない演出力の源となっている。 オリバー・ストーン製作総指揮、フレッド・ポーティ監督の『すべての政府は嘘をつく』(2016年)でもその方法は踏襲されている。

『スノーデン』について、オリバー・ストーンは、これはドキュメンタリーではなく、映画である、と、明言している。決して難解になることなく、前述した書籍やドキュメンタリーに内容は劣らず、要点は疎漏なく自然に詰めこまれている。フィクションとノンフィクションのどちらがリアルか、優劣ではない。虚を実により、実を虚により表しめる。オリバー・ストーンはどちらも軽々と使いこなすのだ。

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社会派の急先鋒の印象すらあるオリバー・ストーンだが、純粋なドキュメンタリーは意外に少ない。「もう一つのアメリカ史」はニュース映像や商業映画を切り貼りし、ドキュメンタリーだと銘打っているが他のどの商業映画よりも過激で、あえて劇的にしている印象すらある。どんなに俯瞰に徹するドキュメンタリーも、編集を含めた演出、作者の主観が全くないとは言えまいだろうが、『シチズンフォー』にはドキュメンタリーの体現というべき場面が随所に見られる。香港のホテルの一室で告発の打ち合わせをする最中に非常ベルが何度も響く。不審を感じ、フロントに電話をかけ定期点検だと確認しながらも不安は表情に色濃い。当局に踏み込まれる危険を遠くないざわめきのように感じながらも告発を実行に移すまさに直前をきりとった貴重な一瞬だ。

スノーデン氏はデータを持ち出した方法については口を閉ざしているというが、オリバー・ストーン「スノーデン」においては関連のある小道具を使い、想像と共感を得やすい状況をスノーデン氏の心中と共に見事に描き出した。オリバー・ストーンは映画の撮影前にスノーデン氏と実際に会っている。事実を反映させたのか、させていないのか興味深いところだが、虚実はどちらでも大差はないようにすら思えてくる。

スノーデンの告発によって、誰もが監視社会の支配に戦くに違いないだろうが、同時に顕になるのは、監視をする側の、ある種の勤勉にも似た性質、である。不必要なまでに執拗で、良識の体を為して正義を謳い、その行動の単純さゆえに、個の尊重と真逆の方向に淡々と暴走する、人の持つ一側面である。歴史をさかのぼれば近現代にすでに様々な国で枚挙に暇なく容易に例を挙げることができる。神や王に仕え支配された時代にはない、人が作りし国家や権利や主義や経済や社会や科学による、近現代ならではの事象かもしれない。人を大量に殺害する方法を科学技術の粋を尽くし発明した。共産主義者をリストアップし歴代大統領の醜聞を集めた。戦争相手国をしらみつぶしに爆撃し続けた。収容所の人員を具に管理し、効率的に処刑し続けた。国家により人体実験が行われた。簡単明快な熟語に結晶化させたロジックを膾炙せしめ、属さない階級を攻撃した。そして、情報収集のプログラム、世界中を無差別に通信監視するプログラムを作り上げ、秘密裏に巨大化していった。スノーデンのリークなくしては誰も知り得ずに進行していたことだ。そしてまた、かつて行われていたことが、いまは行われていないと誰が言い切れるだろうか。

 告発の内容は、ここに文章で羅列するよりも、映画で直に目の当たりにして衝撃として受け止めて頂きたい。オリバー・ストーンが投げかける作品という問いについてずっと考えさせられている。スノーデンが勇気をもって全てを投げ打って告発した抵抗のかけがえのなさを思う。
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【映画情報】

『スノーデン』
(2016年/アメリカ・ドイツ・フランス/135分/カラー/シネマスコープ/原題: SNOWDEN/PG-12)

監督:オリバー・ストーン
脚本:キーラン・フィッツジェラルド&オリバー・ストーン
原作:「Time of the Octopus」著:アナトリー・クチェレナ
原作:「スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実」著:ルーク・ハーディング(日経BP社)
製作:モーリッツ・ボーマン/フェルナンド・サリシン/フィリップ・シュルツ=ダイル/エリック・コペロフ
撮影:アンソニー・ドッド・マントル
美術:マーク・ディルデスリー
編集:アレックス・マルケス/リー・パーシー
衣装:ビナ・ダイヘレル
音楽:クレイグ・アームストロング

公式サイト http://www.snowden-movie.jp/
配給 : ショウゲート

シネマート新宿ほか、全国公開中
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【執筆者プロフィール】

早見 瀬音(はやみ・せお)
ライター。
音楽、映画、文学、コミックの豊富なバックグラウンドを基にしたエセーと批評を得意とする。
目下のテーマは「解像度」と「全能」。
電子音楽家「co_cu.」として楽曲制作、楽曲提供、ライブ、イベントオーガナイズ等を手がける。
原稿のご用命はtheohayami@gmail.comにて承ります。