昨年からヒット中の映画『この世界の片隅に』(片渕須直監督)は不思議と希望を感じる作品だ。それは観客には、この後の顛末がネタバレしているが、先などわからない登場人物は、懸命に生き、希望を持とうとするところに、いい意味でのギャップが生まれるからだと思う。事の顛末が分っている方が効果的な場合もあるということだ。
このニューヨーク市長選密着のドキュメンタリーに登場するのは元夫婦、アラフィフ夫アンソニー・ウィーナーとアラフォー妻フーマ・アベディンの2人。ドナルド・トランプ大統領の誕生後の段階で、民主党の元下院議員の夫は度重なるセックススキャンダルでマスコミから締め出され 、ヒラリー・クリントン陣営の主要スタッフ(ナンバー3)だった妻は失意の中、姿を消しているようである。 現況を踏まえて観ると、人生の歯車が狂いながらも、へこたれずに、もがき続ける人たちの姿が克明で、実に興味深いのだ。
「お粗末」、これが、この作品のウィーナーを表す言葉だろう。彼は「セクスティング」という、SNSやショートメールで性的なメッセージや写真を送り合う性癖があった、無論、配偶者にではない。間違って写真をツイートして、当初は否定したが、結局事実と認めた。大人同士の行為で罪には問われないが、当時のオバマ大統領の見解に従い辞職、2011年、任期12年目だった。それまでウィーナーは、27歳でニューヨーク市議会議員、34歳でニューヨーク州選出下院議員と、弱者の味方として出世街道驀進中で、民主党の若きエースだった。なお、彼はブルックリン出身のユダヤ系で政治家の家系ではない。そして2010年結婚の伴侶はヒラリー側近のフーマ、彼女はアメリカ生まれだが父親がパキスタン、母親がインド出身とムスリムの家系でファッショナブルな出で立ちの女性だ。ユダヤとムスリムの新婚夫婦はまさに、民主党期待の星、次代を担う存在だった。そして辞職からわずか2年後の2013年5月、ニューヨーク市長選に3度目の出馬を表明、撮影時期はこの頃だ。選挙戦序盤までは驚くことに順調だったが、新たなセクスティングの事実が浮上して以降、潮目が変わってしまった。政治家としての彼は交渉上手、才気煥発に相手をまくし立てるパフォーマンスが際立つ。カードゲームの駆け引き等もうまいタイプだろうか。ただ、攻撃と防御が両方得意な人はそうはいない。
「不可解」、これがフーマを表す言葉だろう。ウィーナーは妻の人生を取り戻すためにも出馬したというが、どちらの意向かはっきりしてない。彼女はヒラリーが国務長官時代の元次長であり、選挙戦に集まったスタッフやボランティアは彼女とお近づきになりたかったようだ。結婚式はクリントン夫妻が仕切り、スピーチではヒラリーから「2人目の娘」と言われたほどなのだ。夫が議員を辞職した時は息子を身籠もっていた。2回目のスキャンダルが発覚後は困惑の表情しか映っていない。夫を支える姿をと促され、同席した記者会見では、自分にまで厳しい質問が及び、単なる犠牲者ではすまなくなった。選挙中は実に様々な騒動が起こり、そのたびに夫の政治家としての力量や人間性への疑いが膨らんでいるようだった。1回目はモニカ・ルインスキーの時のヒラリーを見習って夫を支えたのだろうが、2回目ともなると一蓮托生的に見られ始める。事ここに至り、別居すらしないのが不思議だ。
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ここからはドキュメンタリー後の展開である。大統領選の最中、2016年8月に3度目の事件が発生、ウィ-ナーが未成年者相手にセクスティングをしたことが発覚した。そしてその写真は4歳の息子の横で写したと判明、やっとこさクリントン陣営選対副部長のフーマは子供を連れ別居した。これでウィーナーはマスコミからも完全に締め出された。捜査の過程でFBIが押収したウィーナーの夫婦共有のラップトップにヒラリーからフーマ宛てのメールが多数あり、これもドメインがクリントン家所有の私用メールサーバーからかと、事件に再び火が付いた。実は元々フーマにも疑惑があって、親族のビジネスがアルカイダとの関係を指摘されており、それも捜査と無関係に思えない。大統領選の結果は他の要素、英国のEU離脱などの影響もあるだろうが、この件が投票行動に影響したことは言うまでもない。大統領選以降はフーマも姿を現しておらず、夫のみならず自身の逮捕まで取り沙汰される中、正式に離婚もせず失踪したかのようだ。すっかりヒラリー陣営の脇の甘さを露呈する展開になってしまった。
彼ら元夫婦がこのオファーを受けた理由は、やはりわからない。こんな結末になっては尚更のこと、作品のことは忘れてしまいたいだろう。一方、観客には「他人の不幸」こそ「蜜の味」となるのだ。苦々しいのはヒラリーも同様だろうか。しかし、アメリカ大統領選が誹謗中傷合戦になっているのは周知の中、この夫婦を抱えたまま選挙に突入したのは、くどいようだが、民主党も含めて理解に苦しむ。未だ上下両院で議席が過半数割れしているのも、さもありなんだ。米国でこの作品が公開されたのは2016年5月20日で、まだ何も結果は出ていない。日本の我々の方が肝心なことをネタバレで、明らかに作品を楽しめるアドバンテージがあるのだ。
【映画情報】
『ウィーナー 懲りない男の選挙ウォーズ』
(2016年/アメリカ/英語/96分/カラー)
http://www.transformer.co.jp/m/weiner/
シアター・イメージフォーラム他にて全国順次公開!
【執筆者プロフィール】
今泉 健
1966年生名古屋出身 東京在住、会社員。各種映画関連講座、シネマ・キャンプ等受講。現在はUPLINK配給サポートワークショップを受講中。映画冊子『ことばの映画館』のライターとしても活動。