ニアン・カヴィッチ『どこに行く(Where I go)』の撮影風景
ニアン・カヴィッチの新作『White Building』に注がれる熱い注目
ニアン・カヴィッチは88年生まれ、デザインを専攻、ダンスや音楽活動をしていたが、やがてリティ・パン率いる「ボパナ視聴覚リソースセンター」でドキュメンタリーを学ぶことになった。2012年、内戦後初の選挙(92-93年)の為に国連軍兵士として駐在していた、顔を知らぬカメルーン人の父をもつ18才の青年の、自らの アイディンティティを探り、未来を探る格闘の日々を捉えた最初の中編 『どこに行く』(原題『Where I go』、山形国際ドキュメンタリー映画祭=以下YIDFF 2017で上映)を撮る。カヴィッチは続いて、釜山国際映画祭のアジアフィルムスクールの監督コースへ。2015年に撮った短編『三輪』(原題 『Three Wheels』TIFF2017で上映)が注目される。さらには自身が生まれ育ったプノンペンのランドマーク、ホワイトビルディングを舞台とした劇映画の企画『White Bulding』は、2016年10月の釜山国際映画祭のAPM(ASIAN PROJECT MARKET) で史上初のダブル受賞に輝いた。更に同じ年の11月には東京都や東京フィルメックスなどが主催する作家育成プログラムTalents Tokyo(「タレンツ・トーキョー」)にも参加している。
White Buildingとは、60年代のプノンペンで、のモダンな都市生活の象徴として建てられた中流層向けの集合住宅のことをさす。ちょうど日本の同潤会アパートと成立の経緯は似ている。芸術家や文化人も多く住み、クメール・ルージュ後地方に追いやられていた多くの住人が、政府の指揮により戻って来た。彫刻家であるカヴィッチの父もそんな一人だった。
昨年Talents Tokyoでの企画プレゼンテーションの後、カヴィッチと話した際、彼は「実際の住人のラップ歌手やダンサーなども起用するが、基本的に劇映画として企画を進めている」と語っていた。その当時、White Buildingの再開発・取り壊しの動向がプノンペンでは大きく関心を集め、住民との交渉は難航していていたが、今年5月、急転直下で日本企業による再開発と立ち退き条件の住民合意が成立、性急な住人立ち退き・移転を経て、7月は取り壊しが始まり、10月現在、ほぼ終了している。
カヴィッチ自身もWhite Buildingからの立ち退きを迫られる中、劇映画の企画とは別に、ドキュメンタリーとしてその経緯を撮り始める。そして早くも、毎年8月にバリ島で開催される東南アジア地域のドキュメンタリー企画フォーラム「Docs by the sea」に『Last days in White Building(仮)』で参加。自らの家族を含め、3組の住人の残された日々を記録する企画をプレゼンテーションした。そして10月~来年2月までカンヌ映画祭シネ・ファンダシォンのレジデンスでパリに滞在し、劇映画『White Buildng』の企画開発に引き続き取りくんでいる。
バリ島で行われたDocs by the sea の参加監督たち。(セイン・リャン・トゥン監督提供)
左からニアン・カビッチ、シャラフディン・シレガール、チャ・エスカラ 、セイン・リャン・トゥン
映画の卵は旅して育まれ、やがて羽ばたく・・・
こうしてここ最近のカンボジアや東南アジアの独立系映画界の動向をざっと目を通しても実に熱く、怒涛の速度で動いている事を知らされる。
夏から秋にかけては、ドキュメンタリー対象のDocs by the Sea(バリ島)はじめ、韓国のDMZ国際ドキュメンタリー映画祭や Docs Port Incheon (韓国・仁川)、そして11月には東京でもTokyo Docs、Talents Tokyoと映画企画会議が目白押しだ。
そこで気づくのは、一つのプロジェクトの進展に伴ったり、別個の複数のプロジェクトを携えて多くの企画会議を旅する映画人が多いこと。Docs by the Seaでも、昨年のTokyo Docs、Talents Tokyoの両方に参加したミャンマーのセイン・リャン・トゥン(Sein LyanTun)、フィリピンのチャ・エスカラ(Cha Escala)やTalents Tokyo参加のインドネシアのシャラフディン・シレガール(Shalahuddin Siregar)が参加。またタイの若手作家ノンタワット・ナムベンジャポン (Nontawat Numbenchapol、 1983年生まれ。YIDFF2013で『空低く 大地高し』を上映)も、ミャンマー国境に住むシャン族の青年を追ったドキュメンタリー『No Boys Land』の企画を新たに持ってきた。
ノンタワット・ナムベンジャポンは、タイ・チェンマイに住む同じシャン族の男妾が主人公の初の長編劇映画『Doy Boy』(2019年公開予定)も同時に手がけている。Anti-Archiveのスティーブ・チェンをプロデューサーに迎え、ノンタワット自身のプロダクション「Mobile Lab」との国際共同制作になるという。この企画は、バンコクで開催される8か月に及ぶシナリオ・ラボ「SEAFIC」で受賞作に選ばれた。彼はタイ・カンボジア・ミャンマー等国境地帯を舞台にした作品で知られているが、昨年タイ国内で劇場公開された最新作 『#BKKY』(2016)は、バンコクに住む今どきのティーンズ女子学生の、ジェンダーを含む赤裸々な生の声を捉え、大いに反響を呼んだ。
この例に限らず、東南アジア映画界の相互の協動、合作、人材交流はいまボーダーレスに進行しつつあるようだ。こういった活況は勿論、この10年ほどにわたる釜山・香港など各地の映画祭や企画会議などでの人材・人脈の構築、プサンアジアフィルムスクールや各地のラボ・ワークショップなどの映画教育システムと、参加した映画人達のトータルの成果であり状況だといえる。なにより直に話し合い、ともに議論し検討する事が、人の創る世界を映す映画という創造物には重要だ、という事だろう。
まさに先週閉幕した釜山映画祭では、カンヌで急逝したエクゼクティブ・プログラマー、故キム・ジソクの提唱による「Platform Busan」と呼ばれる、アジアの映画人同士によるネットワーク形成の為のプログラムがスタート。日本の「独立映画鍋」からも20人ものメンバーが参加した。どうも他のアジア映画人同士の交流や協働から距離感のある日本の若手映画人だが、これからはどんどん混ざっていって、いろいろ面白い作品を創っていって欲しいところである。
さる9/27に発表された、 過去のTalents Tokyo参加者を対象とするDevelopment Fund (企画開発助成)の受賞者9名のリストには、ニアン・カヴィッチの『White Bulding』はじめ、ラブ・ディアス作品はじめ今フィリピンで最も活躍するプロデューサー、ビアンカ・バルブエナの『Motel Acasia』、『鳥籠』(2002)『水の花』(2006)などで知られる木下雄介の『Synchronicity』、つい最近NHKの Japan Award で大賞を獲得し、今年のTokyo Docsでも新作を発表する セイン・リャン・トゥンの『White in Blood』などが含まれていた。彼らには、Talents Tokyo 参加後の開発成果に対する賞で100万円の賞金が贈られる。受賞者はこれまでの企画の制作開発進行、投資獲得、映画祭や企画会議・マーケット参加等で日々、独立系映画人の進むべき道を歩んでいると言えよう。
アート・独立系の映画制作状況に危機が叫ばれる日本映画界だが、クメール・ルージュ後に映画界自体が新たに再生されたカンボジアや、長らくの軍の圧政から急激に自由を得たミャンマーのような国々の独立系の監督たちの動向は頼もしく、また参考になるのでは?と思う。
今年の山形国際映画祭にも、そしてこれからも、アジアからたくさんの映画人の来日が続く。彼らの作品と生の声をまた紹介したいと思う。
ノンタワット・ナムベンジャポン『#BKKY』予告編(英語)
(つづく)
【上映情報】
東京国際映画祭 国際交流基金アジアセンター presents
CROSSCUT ASIA #04 ネクスト! 東南アジア
『カンボジア若手短編集』
10/26 19:10- 10/29 16:00-
リティ・パン監督が自ら主宰するボパナ視聴覚リソースセンター(プノンペン)のスタッフと共に推薦するカンボジアの“いま”を切り取る若手4作品。
『ABCなんて知らない』監督:ソク・チャンラド&ノム・パニット
『赤インク』監督:ポーレン・リー
『三輪』監督:ニアン・カヴィッチ
『20ドル』監督:サン・チャンヴィサル
『4月の終わりに霧雨が降る』
10/30 15:15- 10/31 21:00-
監督:ウィットチャーノン・ソムウムチャーン
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督推薦のヒューマンドラマドキュメンタリー
東北タイのイサーン地方を舞台に、失業して帰郷した男とともに進行するタイならではのユルくて実験的な作品。現実と虚構が絡み合い、映画を撮ることと撮られることが反転する。
「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」東京展は終了
11/3−12/25 福岡アジア美術館に巡回
【執筆者プロフィール】
宮崎 真子 Maco (Mali) studioscentcat
90年代初頭より日本・アジア間をせわしなく行きかい、撮影・ルポ・制作・コーディネート等々・・名目で基本人に会いに赴く。今日この頃は時空跨いで地球上のオンラインの皆さんと対話もできるけれど、今、大切なのはface to faceと誠実なアーカイブと検証なのではと感じています。その為の具体的なアクション・プラン思案中。