【連載】開拓者(フロンティア)たちの肖像〜 中野理惠 すきな映画を仕事にして 第59話 第60話

開拓者(フロンティア)たちの肖像〜
中野理惠 すきな映画を仕事にして

第60話 ソクーロフの『ボヴァリー夫人』

<前回 第59回はこちら>

暫く前に、ロシアでソクーロフに会った時

「『ボヴァリー夫人』がもう少し短ければ」

と何気なく呟いたことがあった。すると、ある日突然、本編の上映素材がソクーロフから届いたのである。ちなみにオリジナルの上映時間は167分であり、受け取ったのは40分近く短縮されて128分だった。もちろん、契約は後追いである。

ソクーロフ版『ボヴァリー夫人』

すぐに見たのだが、かなり戸惑ったことは事実だ。原作を読んでいなかったこともあるのだが、医師の美しい妻が奔放に不倫する、と勝手に思い込んでいたからだ。恐らく世間に流布している『ボヴァリー夫人』のイメージは、私とさほど変わらないと思う。確かに内容は間違っていないし、主人公の女優セシル・ゼルヴダキの演技はみごとだったが、容貌は、ヨーロッパと聞いた時にイメージする優雅な雰囲気を想起させるのが困難だった。原作を読んでないことに気づき、読んだところ、見事なほど、原作に忠実に映画化されていることを発見した。」

『ボヴァリー夫人』パンフレットより
左:ボヴァリー夫人役のセシル・ゼルヴダキ 右:ソクーロフ

果たして観客の反応は・・

イメージフォーラムの山下支配人が『ボヴァリー夫人』のロードショー公開を受け入れてくれ、確か3週間の予定で開始したところ、公開初日は予想を上回る動員数だった。ところが、劇場入り口付近で、見終わって出てくるお客さんの様子を見ていたスタッフの一人が、「「だから、早く出ようって言ったじゃないの」なんてケンカしていますよ」と、知らせてくれた。だが、山下さんは初日の結果を見て、

「もっと延ばしましょう」と言う。

「イヤ、ダメ、絶対に落ちるから」

と、配給会社にあるまじき主張をして説得にかかったのである。劇場さんと配給会社との間に交わされる主張が逆であった。押したり引いたりのやり取りをしている間に、日を追うに従い、動員数が落ちる事、落ちる事。すさまじい勢いで減っていった。

ソクーロフ好みの容貌

ソクーロフの女優さんの選び方というか、演技の付け方は独特だと思う。『ボヴァリー夫人』だけではなく、『マザー、サン』の母親役のガドラン・ゲイヤーも、ちょっとコワイ容貌だ。だが、ガドラン・ゲイヤーその人を何かの折にチラッと見たことがあるのだが、容貌は映画とは異なり、やわらかい印象を受けた記憶が残っている。『ボヴァリー夫人』のゼルヴダキにしてもそうだが、撮影の際に、ソクーロフがメイクアップ担当者や女優さんたちに、「コワク!」と指示しているのだろうが、どのようにしてイメージが創られるのか、ノーミソの中を覗いてみたくなる。

新たな出会い  

「ボヴァリー夫人」の公開は2009年10月。それより前、確か前年だったと思うのだが、ある一人の日本人女性と知り合った。知り合ったのは、確か共通の友人の紹介だったと思うのだが、どういう動機なのかは覚えていない。都内に住まいのあるその方は、亡くなった夫の方が、カメラマンとして手広く仕事をしていた時代に建てたという別荘を、下田の近くに持っていたので、気軽な気持ちで訪ねた。別荘は海岸から急峻な山道を登ったところにあり、周囲に民家がなかったと思う。すると問わず語りに、彼女は1960年代に夫が開始したまま完成させてない映画があると、話し始めたのである。

(つづく。次は61話と62話を12/15に掲載します。3年にわたって連載してきましたが、62話で完結します。)


中野理惠 近況
2008年に上映した『ご縁玉 パリから大分へ』の故山田泉さんの遺児である一貴さん(今はNHKのディレクター)の演出番組『熱き島を撮る 沖縄の写真家 石川真生』を見る。時間をかけてしっかり製作してあり、見ごたえのある内容でした。

ところで、この連載も12月掲載分が最終回です。