【Review】クリエイティヴへの指針「ヴィヴィアン・ウェストウッド 最強のエレガンス」をみよ text 吉田悠樹彦

斬新なファッション、パンク誕生、気になる日々はこのように生まれた

英国はファッションの大国である。“ダンディズム”のボー・ブランメルは良く知られている。男性でもスーツはイタリア物よりは英国物という意見が強いぐらいだ。

ヴィヴィアン・ウェストウッドは、パンクの創成期と重なることもあり、日本でもファッションのみならず幅広いジャンルから注目されてきた。それまでネオ・エドワーディアンとされたエドワード7世時代のオーバー・コートにアメリカのズート・スーツの要素を含むファッションに対してニューウェーブを生み出した。

映画はその生い立ちからはじまる。ヴィヴィアン・ウェストウッドは幼少のころから創作に目覚めた。そしてキリストの磔の図をみたことをきっかけに次第に自分に目覚めえる。そのベースは人目を引くこと、そして物事に関わることだった。

若き日にアートスクールで学んだが、英国は良く知られているように階級社会の国家であり、彼女は労働者階級だったことから、1学期のみの在籍となった。しかし教員養成学校から美術を目指すことになる。そんな彼女は客室乗務員と結婚するがやがて目が覚め離婚をする。彼のダンスに魅せられたという逸話が登場する。

そしてパンクを生みだしていくことになるマルコム・マクラーレンが現れる。最初は彼の子どもを看病していたが、やがて彼と恋に落ちる。マクラーレンと店を始めその名も原点の「LET IT ROCK」から「Too Fast to Live, Too Young to Die」を経て伝説の「SEX」になり、よく知られているセックス・ピストルズのスタートへと話題が向いていく。サクセス・ストーリーのようにもみえるが様々な思い出や記憶が交差し本人は語りたがらない下りでもある。だが彼女の送りだしてきた服の中でもこの時代の重要なものが紹介されていく。

やがてマクラーレンとの関係が破綻、そして現れる3人目の男のアンドレアスとの関係が描かれる。そしてマクラーレンが彼女の成功を妬み、彼女の足を引っ張ったエピソードも登場する。アルマーニが資本を支援してくれたが、それもこれで不可能になってしまった。そこでどん底からの復活劇がはじまる。

ウェストウッドの福は男女ともに使うことができ、わかりやすいメッセージをもっている。その創作のポエジーと面白さがふんだんに描かれる。

独立を保ちクリエイティヴでありつづけた

自分の会社を運営していくウェストウッドのポリシーも描かれる。“自分の会社を大きくしようとするのではなく、注目をあつめるようにしていくこと”、“ほとんどの多くのファッション・ブランドのように大手グループの傘下になるのではなく、独立をまもるようにすること”、いずれもそのエネルギッシュなクリエーションと対比させてみると納得がいく選択だ。

当時、マクラーレンらが読んでいたとされるのが社会学者のギ―・デゥボール「スペクタクルの社会」だ。デゥボールは自身でも映像作品を発表し話題をまいた。物質の崇高さを重んじ、芸術を消費しないという姿勢がアーティストたちにインスピレーションを与え今日のフラッシュモブに通じるハプニングやパフォーマンスなどの背景となった。これはウェストウッドの創作や活動にも通じるものがあるといえる。

ボードレールの「悪の華」やラブレーの「ガルガンチュワ物語」など様々なイラストや絵画で知られるルイ・イカールのような耽美主義と比べてみるとウェストウッドはポップで大衆性がある。また歴史や伝統を重んじる地域にありがちな教養主義・復古主義には陥っていない。シンプルでメッセージがある作風で、現代演劇やダンスの舞台などにも使える服が可能になった。

やがてウェストウッドは無視できない存在になる。テレビ番組で徹底的に笑いものにされるという憂き目にもあい、デザイナー・オブ・ザ・イヤーも20年無視されとうとう評価を受けた。

ロンドン出身のスーパーモデル、ケイト・モスやナオミ・キャンベルとの仕事、ショーの仕事の映像などインスピレーションあふれるシーンも登場する。

そんなアーティストはガイア理論で知られる科学者のジェイムス・ラブロックの著作とであい、環境問題とも取り組むようになる。デモのための横断幕をデザインしたり、有名な戦車を持ちだして話題になったデモ映像がでてくる。このアーティストの目を引くメッセージが政治的なプロパガンダになる下りも見逃せない。

21世紀のモードへ

モードはブランメルやボードレールの「パリの憂鬱」にはじまり、スキャンダラスな人生で話題になった舞姫ローラ・モンテスのファッション論「The Arts of Beauty, Or, Secrets of a Lady’s Toilet」などモダン文化の中でも大きな位置を占める。その表現やダイナミックな変遷を考察することは批評や研究を通じて長年試みられてきた。ロラン・バルトは服の型紙から「モードの体系」を考察している。現代ではそのパターンを分析することもプリントメディア上の記号論からデジタルメディアのAIに託される時代になってきている。

20世紀は視覚文化の時代であり、写真や動画などドキュメント性を伴うメディアがそれを記録してきた。ウェストウッドはその生き方から興味関心を持たれたため、多くのメディア化された資料がある。本作の監督はこのアーティストと仕事をしてきたローナ・タッカー、編集はポール・カーリンだ。それらを通じ1つの鮮やかなドキュメントに束ねてみせた。色彩感を大切にしながら演出が見事な映像美の世界だが、同時に歴史的資料やインタビューもふんだんに盛り込んでいる。

無数のヒントがいたるところに

山本耀司を描いたヴィム・ヴェンダースの「都市とモードのビデオノート」は古典だが、このところ優れたファッションに関するコンテンツが話題をまいている。私も関わった東京都現代美術館で様々なジャンルに足跡を残したモデルの展覧会の「山口小夜子 未来を着る人」がアパレル業界を経験している藪前知子のキュレーションで開催された。彼女を描いた『氷の花火〜山口小夜子』(松本貴子監督)がリリースされている。書籍ではメイクアップをアートにした「シュウ・ウエムラ」(七月堂)がその師の及川廣信によって刊行された。

日本のシーンからも優れたメディアコンテンツが出てきて欲しい。現代日本では過去の権威や象徴は不必要だ。教養主義ではなく、新しい時代を考えるときに、彼女の方法論は創作の上でも、経営の上でもヒントになるだろう。様々なジャンルの日本のクリエーションで新しいものが必要だ。ファッションに隣接する現代美術でいえば90年代からシーンを牽引してきた村上隆や中村政人といった大家以後が求められている。反逆精神あふれ新しい文化の紡ぎ手となる若者たちにクリエーション、生き方から経営までヒントになる世界が無限に詰まった名作だ。


参考文献:
リンダ・ワトソン,鈴木宏子訳,「VOGUE ON ヴィヴィアン・ウェストウッド」,ガイアブックス,2015
ヴィヴィアン・ウェストウッド,イアン・ケリー,桜井真砂美訳,「ヴィヴィアン・ウェストウッド自伝」,DU BOOKS,2016
ロラン・バルト,佐藤信夫訳,「モードの体系」,みすず書房,1972
ギ―・デゥボール,木下誠訳,「スペクタクルの社会」,平凡社,1993

 写真は全て© Dogwoof

【映画情報】

『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』
(2018年/イギリス/84分/原題:Westwood:Punk,Icon,Activist)

12/28(金)より角川シネマ有楽町、新宿バルト9他全国ロードショー

https://www.kadokawa-pictures.jp/official/westwood/index.shtml

監督: ローナ・タッカー 
出演:ヴィヴィアン・ウエストウッド、アンドレアス・クロンターラー、ケイト・モス、ナオミ・キャンベル ほか
字幕翻訳:古田由紀子
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:KADOKAWA

【執筆者プロフィール】

吉田悠樹彦(メディア研究、上演芸術研究、ファッション論)
戦前・戦後と今日でも愛好家がいる竹製の編み棒(岩国竹材)を発案し海外でも販売した一家をルーツもつ。若き日に我妻マリや平川武治らと交流。ファッションでの仕事も多く、協力した展覧会に東京都現代美術館「山口小夜子 未来を着る人」(2015)がある。シュウ・ウエムラの師である及川廣信と交流しそのメソッドを国際的に紹介。及川論を「Routledge Companion to Butoh Performance」(2018)に寄稿している。日本のファッションモデルのプロデュースに関わった伊藤道郎に関する仕事も。国内外で映像(メディアアート、写真・映画)や上演芸術を論じる。

協力ドキュメンタリー作品に米国の音楽家・俳優のルーツを描いたPBS「Finding Your Roots Fred Armisen」(2017)。ドキュメンタリー映像史上に残るリーフェンシュタールも論じた著作も日英である。