【Review】人権問題としての“慰安婦問題”がここにある『太陽がほしい』text 柴垣萌子

 

中国奥地の山西省、盂県にある石造りの小さな部屋。かつて、侵略戦争をしていた日本兵が、トーチカと呼ばれる防御陣地を村の山頂に築き、ふもとの民家で中国人女性を監禁。強姦を行った。
部屋の中は、ゴツゴツとした石がむき出し、とても暗い。1943年、当時まだ16歳だった少女は「太陽がほしい」と光を求め、乱暴で傷ついた身体を引きずり、小さな暗い部屋の中で屈辱に震えていた。

『太陽がほしい』の監督、班忠義は旧満州撫順市に生まれる。そこで中国に残った残留日本人の差別を目の当たりにし、その事に強い疑問を持ったという。
彼は日本に留学する機会を得て、さらに多くの日本人と交流を深めていく。

そして、留学中に出版した『曽おばさんの海』では、撫順市で実際に班忠義監督が経験した残留日本人との交流を語り、ノンフィクション朝日ジャーナル大賞を受賞。日本と中国を繋ぐ架け橋を築いた。

そんな班監督は、1992年に東京で開催された「日本の戦後補償に関する国際公聴会」で、本作の中でも登場する万愛花さんが被害を訴え、壇上で卒倒した場面をテレビのニュース番組で見て衝撃を受ける。これまで語られてこなかった中国人戦時性暴力被害者の存在が明らかにされたことをキッカケに、当時学生だった班監督自身の20年以上にも及ぶ調査がはじまったのだ。

そもそも、今もなお問題とされている「慰安婦」制度とは一体どんな目的で設置されたものなのか。吉見義明『日本軍「慰安婦」制度とはなにか』によると、日本軍が慰安婦制度を作る際には、強姦防止、性病蔓延防止、兵士のストレス緩和、スパイ防止の4つの目的があったとされている(*1)。 

しかし、1つ目の強姦防止は、本作でも取り上げられているように、中国などの侵略戦争の場に置いて、軍は慰安所を作るとそこに女性を無理矢理連れ込んでの性暴力を繰り返していた。また、2つ目も実際には効果は見られず、性病の新規感染者数は増え続けたというデータもあるとされている(*2)。

では、なぜ慰安所は作り続けられたのか。大きな理由としては、3つ目の兵士に対するストレス緩和のためだと考えられている(*3)。しかし、1つ目と2つ目の目的が果たされていなかった時点で、こうした慰安制度は、単なる戦争犯罪の理由づけに過ぎなかったのではないだろうか。

たとえ、緊迫した戦場下に長時間置かれ、極度のストレスに晒されていたとしても、だからといって、女性を乱暴に扱って良い理由にはならないだろう。

そもそも“慰安”とは何か。『三省堂国語辞典』によると、「なぐさめること。きばらし。」(*4)とある。ならば、吉見が言うように、スポーツ、映画、音楽などの健全な娯楽を提供することだって出来たはずだった(*5)。にも関わらず、なぜ女性が人権を無視され、モノのように扱われなければならなかったのだろうか。そこには、戦前の女性差別という大きな闇が横たわっている。

「慰安婦」問題と言うと、日本では韓国間での慰安婦像を巡る問題や、強制であったかどうかなどが議論の中心とされている。しかし、「慰安婦」問題は、韓国の他にも、中国、台湾、インドネシア、フィリピンなどでも数々の証言が挙げられており、その中には当時未成年者であった被害者も多くいたことが分かっている。

本作では、中国で日本軍の誘拐、強姦により、心にも身体にも傷を負った女性6名の証言が語られる。彼女たちは皆、日本軍によってトーチカと呼ばれる防御陣地に連れこまれ、強姦された。

劉面換さんは、自由を奪われただけでなく、病気になってもそのまま放っておかれたと言う。その事情を知った家族が劉面換さんを解放するために多額の金銭を渡したという証言から、日本の報道で耳にする“売娼婦さん”などという、ある程度の余裕を感じさせる言葉のイメージとはかけ離れていることがわかる。また、出演者のほとんどが当時未成年であったことにも驚いた。

さらに、彼女たちは被害にあった後も、村の人々から差別を受けるようになる。血の繋がりを重んじる中国では、子供の産めない身体になってしまった彼女たちへの風当たりは厳しく、養子をもらっても上手く行かないことも多かったと言う。
郭喜翠さんは、後遺症やトラウマに苦しみ、時には自分をうまくコントロール出来なくなることもあると語った。そうした様子がまた村の人々を遠ざけてしまい、さらなる孤独を生んでいったことは想像に難くない。

戦時中に人権を踏みにじられた上に、トラウマや後遺症、更には同じ村の人々からの差別に苦しむ彼女たちに一体なんの罪があると言うのだろうか。
証言の中で語られる言葉の一つ一つから、彼女たちの長年抱いてきた怒りや無念さが伝わった。

被害にあった女性からの証言だけでなく、日本人に雇われた現地の方や元日本兵の視点からのエピソードも語られる。
彼らの証言からは、日本人として、そして人間としての後悔と、反省とが読み取れた。なかでも鈴木良雄さんの「戦争があったために、戦場があったために生まれたことなんです」という言葉には、戦争というものに対する嫌悪と、もう二度と繰り返してはいけないのだという意志が感じられた。
そして、2001年に東京都立大学で行われた「侵略の過去と向き合う証言集会」の様子も収録されており、そこでは、日本軍による性暴力被害者の劉面煥さんと元日本軍兵士で、中国帰還者連絡会の金子安次さんが同じ壇上に上がり、当時の事を語った。
彼らが舞台の裏で涙ながらに握手を交わし、劉面煥さんが金子安次さんの謝罪を受け入れる姿が印象的だった。
また、2012年に戦争問題を考える日本のキリスト教グループが中国にいる万愛花さんの元を訪れ、謝罪する姿も記録されている。

万愛花さんは訪れた人に当時のことを語り、「あなた方に謝られると申し訳ない」と涙を流した。
こうした国民や国家という枠組みを超えて、1人の人間として歴史と向き合った人々が罪を償い、許しあう姿に私たちは希望を見ることが出来る。 

万愛花さんは2013年に亡くなった。『太陽がほしい』の中には、万愛花さんの遺言とも言える言葉もたくさん残されている。その中でも「国家はあてにならない」という言葉が重く響いた。

班忠義監督はこうした証言を映像に残すだけでなく、1995年に中国人元「慰安婦」を支援する会を立ち上げている。病気でも治療を行うことの出来なかった戦時性暴力被害女性を病院へと運んだ。政府も民間も手を差し伸べることのない暗闇の中で、そうした班忠義監督の行いは、被害者の方々、そしてその家族にとって、一筋の光として輝いて見えたに違いない

実際に映像に映る出演者の方々が、班忠義監督との再会を喜び、笑顔を見せる場面もある。慰安婦問題は、一見日本政府の責任に捉えられる部分もあるが、『太陽がほしい』では、そうした被害者の存在、および人生を無視し続ける中国政府の問題も浮かび上がって見えた。
「“辛い経験を無駄にしない”と国が言ってくれたら」「これは贅沢な望みでしょうか」と語った万愛花さんの言葉一つ一つに、私は出口のないトンネルを彷徨うような無力感を感じた。しかし、ここで思考停止してはいけない。私はこの事実を歴史として捉え、日本人として、そして何より1人の人間として見つめ続けなくてはならない。

ロングヒットとなった『主戦場』は、韓国の「慰安婦」問題をテーマに日本政府の裏側を照らした。『主戦場』でも暴かれたように、現代の「慰安婦」問題は国家間の問題のように語られているが、本来は、被害者の名誉と尊厳を回復することを目的とした人権問題である。
こうした問題のすり替えに対し、私達は客観的な視点を忘れてはいけない。
『太陽がほしい』には、そうした班忠義監督の見た歴史の真理が映されているのだ。

最後に監督から、若い世代へメッセージをいただきました。

 

班忠義監督から若い世代へメッセージ

歴史から逃げないでほしいです。
そのためにも、歴史について知ろうとすることが大切です。
その時、政府や権力者の発言を鵜呑みにするのではなく、ぜひ自分で調べてみて下さい。
もし、批判されたとしても恐れる必要はありません。
なぜなら、あなた達の先祖の犯した過ちは、あなた自身の罪ではないからです。
ですので心の距離をとり、もっと客観的に問題と向き合って見てください。
自分で調べ、自分で知識を身につければ、“新しい自分”へと変化出来るはずです。
自分だけの見方を持っていれば、今後訪れる様々な問題にも恐れずに向き合っていくことが出来るでしょう。
太陽がほしい』を見て、そうした勇気を与えられたら嬉しいです。


班忠義監督は全て日本語で対応して下さいました。戦争経験者の高齢化が進み、核家族で生の歴史に触れる機会の少ないわたし達ミレニアル世代、Z世代と呼ばれる若い世代にこそ、伝わってほしいメッセージです。

ご返答をいただき、ありがとうございました。

 

(*1)吉見義明『日本軍「慰安婦」制度とは何か』2010年、岩波書店、p.8-10
(*2)吉見、前掲書、p.9
(*3)
吉見、前掲書、p.9
(*4)『三省堂国語辞典 第3版』1960年、三省堂、p.39
(*5)吉見、前掲書、p.9

 

【上映情報】

『太陽がほしい』 
(2018年/中国・日本/108分/BD/ドキュメンタリー

監督・撮影:班忠義
ナレーション:有馬理恵  編集:秦岳志  
整音小川武  音楽WAYKIS
出演万愛花、尹林香、尹玉林、高銀娥、劉面換、郭喜翠、鈴木義雄、金子安次、近藤一、松本栄好、山本泉 など
製作:彩虹プロダクション
後援ドキュメンタリー映画舎「人間の手」、
   中国人元「慰安婦」を支援する会
配給・宣伝「太陽がほしい」を広める会

公開情報
東京|アップリンク渋谷(終了日未定)、
大阪|シネ・ヌーヴォ(〜23(金))、
愛知|シネマスコーレ(〜16(金))にて公開中!
ほか、神奈川、新潟、京都、兵庫、広島など全国順次。

https://human-hands.com/

 

【執筆者プロフィール】

柴垣 萌子(しばがき・もえこ)
多摩美術大学芸術学科3年生。小説執筆を趣味とし、現在映画脚本なども勉強中。ダンス・楽器などの経験や、さまざまなアートに触れることで磨いた感性、持ち前の好奇心を武器に精進していきます。