【Report】Festival Film Dokumenter2019に参加して text 波田野州平

アンスティチュ・フランセ・インドネシア

私はフィールドワークをもとに土地の歴史を掘り起こし、そこで見聞きしたことをフィクションとドキュメンタリーが渾然となった手法で、個人の記憶から集合的記憶を導き出そうとする映画を制作しています。そのようにして制作した『影の由来』という短編は、鳥取県に滞在中に道を訪ねただけの老人が唐突に語り始めた特攻隊の思い出と、遺棄された所有者不明の写真や手紙を用いて物語を創作し、かつてこの町に生きた名もない死者たちの声を呼び起こそうと試みた作品でした。

その作品が東京ドキュメンタリー映画祭2018の短編コンペティションでグランプリを頂いたのをきっかけに、Festival Film Dokumenter(ジョグジャカルタ国際ドキュメンタリー映画祭:略称FFD)で上映されることになり、2019年12月2日から6日までの5日間、私ははじめての国際映画祭に参加することになりました。ジャカルタを経由してジョグジャカルタまで8時間のフライトの後で地上に降りると、湿気と甘い香りを含んだ夜風に迎えられ、私ははじめてのインドネシアに到着したことを体全体で実感しました。

翌日、2日後に自作が上映される会場のアンスティチュ・フランセ・インドネシアを訪れました。そこで驚いたのは、この映画祭はすべての上映が入場無料だということでした。そのせいか学生と思しき若者の姿がたくさんありました。そしてシアターに入るとそこに椅子はなく、カーペット敷きの広いひな壇があり、みな寝そべったり思い思いにくつろいで映画を観ていました(私はかつて高田馬場にあったACTミニ・シアターという、同じような造りの映画館を思い出していました)。

会場の様子

この日私が観たのは、『Tonotwiyat』というインドネシア映画で、男子禁制の森で漁をして暮らす女性たちが、近代化により伝統的な生活様式が失われていく様子を描いたものでした。もうひとつは『Sankara Is Not Dead』というフランスの映画で、ブルキナファソの詩人がアフリカのチェ・ゲバラと呼ばれたトーマス・サンカラという人物の足跡を追うもので、アフリカ移民の多いフランスらしい題材の映画でした。どちらも今の社会状況に向き合ったドキュメンタリーでした。

公式カタログ

FFDでは会期中に約90本の作品が上映され、そのすべてが公式カタログに写真と詳細が掲載されています。私が特に素晴らしいと思ったのは、監督のホームページとメールアドレスも記載されていて、作品に興味を持ったプログラマーや観客がコンタクトを取ることができることでした。また、映画祭を運営する学生スタッフもとても優秀で、特にSNSの使い方がうまく、Q&Aの様子をすぐに公開したり、授賞式の様子をIGTVで中継したりすることで、SNS上で活発にやり取りが行われ、映画祭がよりオープンなものになっていました。

感覚民族誌学ラボの展示風景

2日目は短編プログラムを観た後で、別会場のギャラリーで展示されている感覚民族誌学の映像を観ました。個人的には映画祭で観た作品の中で、ここで展示されているものが1番強く残りました。私が英語字幕を完全に理解できていないので、物語や感情や説明を排して、映像の強度だけで成立しているこれらの作品に引き込まれたのかもしれません。

夜はゲストとの交流パーティーに参加しました。私の隣には台湾国際ドキュメンタリー映画祭のプログラマーの女性がいて、私は彼女とお互いの国の政治状況について話しました。彼女は日本の政治について詳しく、様々な疑問を投げかけてきました。そこにスペイン人のディストリビューターの女性、そしてインドネシアの女性も加わり、政治からそれぞれの文化、飲みの場らしい艶のある話までいろいろなことを話しました。私はこのひとときをとても幸福な時間として記憶しています。全員国籍が違う人間が政治や文化について同じテーブルで意見を交わす場が、私の日本の生活では無いからでしょうか、私はこの場に開放感のようなものを感じていました(まるでオリベイラ監督『永遠の語らい』の船中の食堂でのシーンのようだとも感じていました)。

3日目はいよいよ自作の上映でした。『アルテの夏』と『KATSUO-BUSHI』という日本の作品との併映でした。上映後のティーチインでは、なぜ作品中に出てくる写真が誰の写真なのか明記しないのかという質問がありました。私は特定の人物を描くのではなく、土地の集合的記憶を描こうとしたと答えました。司会の方が映像と音声が同期しないこの映画の構造がユニークだと言われました。私は映画祭で一部の作品しか見てはいませんが、私の作品は毛色が違うというか、他のものからは浮いて見えるように思っていました。

ティーチインの様子

映画祭で観た作品は社会問題を描いたものがほとんどでした。翌日観た韓国の監督が東アジア反日武装戦線「狼」の今を描いた『East Asia Anti-Japan Armed Front』も、スロバキアの移民を描いた『Felvidek. Caught in Between』もそうでした。もちろんそれがドキュメンタリーの主流であり、今起きていることを(ことしか)撮る(撮れない)のが映像です。それに比べ私の作品は、今起こっていることではない過去をあの手この手で現在化し、社会状況について明確でも直接的でもなく含みに含んで描いています。国際的な舞台では、この方法はもしかすると馴染みのないものかもしれないと思いました。

上映後の記念撮影。後列左から4人目が筆者

はじめて国際映画祭に参加して、当然ですがすべてが新鮮で刺激的な毎日でした。そのなかで今後自分はどのような作品を作れるのだろうかと毎日自問していました。多くの作品のようにもっと社会問題と正面から向き合ったドキュメンタリーを作るのか、今までのように実験映画の要素を含んだアプローチなのか、それは題材にもよりけりだと思いますが、答えは今でもまだ出ていません。そのために他のたくさんの国際映画祭を訪れたいと思いました。そこで日本には紹介されない世界の最前線の作品をたくさん観たいと思うようになりました。やはり私は映画を観ないと映画は作れません。そして、またこういう舞台に戻ってこられるような作品を作れるように、日々励みたいと思いました。

最後に『影の由来』をFFDに紹介してくださった東京ドキュメンタリー映画祭の皆様、この滞在をコーディネートしてくださった国際交流基金ジャカルタの皆様にお礼を申し上げます。そしてたいして英語の通じない私を快く迎え入れ、手厚いサポートをしてくださったFFDの皆様にもお礼を申し上げます。terima kasih。

映画祭のモットーが書かれた物販

【映画祭情報】

Festival Film Dokumenter 2019

開催期間:2019年12月1日〜12月7日(7日間)

会場:インドネシア ジョグジャカルタの3会場

内容:東南アジアで最も古いドキュメンタリー映画祭。世界各国の作品が上映され、すべて入場無料。今回は約90本の作品が上映された。コンペティションは、国際部門、国内部門、短編部門、学生部門があり、各国のプログラマーを迎えての特集上映(今回は韓国特集とカナダ特集、感覚民族学誌特集)や、シンポジウムも多く開催するとても内容豊かな映画祭。学生スタッフがとても熱心なのが印象的。

詳細:https://ffd.or.id/en

【執筆者プロフィール】

波田野 州平(はたの・しゅうへい)
1980年、鳥取県生まれ、東京都在住。初長編映画『TRAIL』が劇場公開される。『影の由来』が第一回東京ドキュメンタリー映画祭で短編グランプリを受賞。
現地調査をもとに土地の歴史や風俗を掘り起こし、フィクションとドキュメンタリーが渾然となった手法で作品を制作。また、遺棄された写真や手紙など、個人的な記憶から集合的記憶を導き出す作品を制作。
http://shuheihatano.com